4月5日(木曜日)
4日の旧近衛邸跡の糸桜を見に行った
【近衛家】
五摂家のひとつ。
藤原忠通の長男の藤原基実が祖。子の基通が、京都近衛の北、室町の東の邸宅を「近衛殿」と称したことが由来。家紋は近衛牡丹。江戸時代には家領2862石を拝す。菩提寺は京都の大徳寺。
鎌倉時代中期には近衛家実の四男兼平により鷹司家が分かれた。
江戸時代初期には後陽成天皇の皇子信尋が養嗣子となる(皇別摂家)。
昭和初期の内閣総理大臣近衛文麿は嫡流。指揮者・作曲家の近衛秀麿は文麿の異母弟。現近衛家当主近衛忠煇は細川護貞の次男で、文麿の子文隆夫人の養子となって近衛家を継いだ。
近衛邸の邸内は江戸時代から糸桜の名所として知られ、幕末の孝明天皇はこのような歌を詠みました。「昔より 名にはきけども今日みれば むへめかれせぬ糸さくらかな」。
現在の糸桜は明治以降に改めて植えられたものです
こんな感じ・・・花芽の数が少ないかも・・・