毎日決まった時間に会社に行き、PCに向かい、誰でもできる仕事をする。

気まぐれな世界はすぐに風向きが変わり、損をしたやつらが風邪をこじらせる。いつまでも同じ仕事があるかわからないし、給料なんていつまでもらえるかわからない。

思い通りにならない、延々と生きるために労働の再生産と消費を繰り替えすだけの意味のない、疎外された、現実感のない暮らし。

 

痛みや、苦しみ。消費できない生きている実感を感じられるもの。リアルに生きている感情が欲しい。

 

ものぐさな僕はファイトクラブには入らないので薪を集める。

 

木の伐採は危険だ。命の危険が伴う重労働である。

丸太は重いし、薪割りは、体力的に重労働で辛い作業だ。常に体が骨がどこかキリキリ痛む。キツク危険な作業である。

腰や肩が痛みぎて、エンジン式薪割り機を買うことも考えたが、体が元気なうちはその考えはやめた。力で割るのだ。

 

うちにあるのは斧と楔とハンマー、手動式薪割り機。

動力を使わない薪割りは体力勝負だ。ただひたすらに薪に斧や楔を叩きつけ、薪割り機の場合はレバーを漕ぎ、薪を割っていく。

すべて割り終えるまでただひたすら、フラフラになりながら、力を打ち付けて薪を割り続ける。

終わった後はくたくただ。

痛みで腰が動かない。肩が回らない。立ち上がる事も出来ないほどに疲れていることもある。

 

今日の夕方、仕事を終えて駅に子供を迎えに行く車の運転中にふと、薪割りはなんだかプロレスみたいだ、と思った。

 

それはなんだか相手がノックダウンするまでひたすら叩きつけ、投げ続け、押さえつけ、叩きつけあうプロレスみたいだ。

打ち合いの末、フラフラになったところにアトミックドロップやパイルドライバー、バックドロップをするような感じがした。

 

私は自分の体力を使い薪割りをしていることでどうやらリアルな生を感じ、消費することで退屈を紛らわすしかない現代社会をただ、生き延びているようだ。

 

 

人間は動物の中で唯一、時、過去現在未来の概念をもつ。

そのため、か弱い人類は最悪の未来を予想し心配することで今まで生き延びてこられた。

人類がアフリカから極東の島に辿り着く迄、長い時間がかかったはずだが、その間に私のご先祖は様々な命の危険にさらされ、慎重にならざるを得なかったんだろう。

現代の何不自由ない暮らしをしている平和な我々にはこういったご先祖の思考回路が遺伝しており、それはごくまともな、生存には欠かせない本能だ。

日本人に慎重で心配性な性格が多いのは、地震に津波、台風、洪水、飢饉など災害の多い上に資源の少ない島国に住む民族の国民性だろう。

将来への不安は、人類の誰もが抱く、健全な思考なのだ。

その不安が世界を支配している。

ロシアが戦争を始めたのもその不安が原因だろう。戦争を始めて一年経つが、ロシア経済はデフォルトしていないし、する気配もない。西側諸国の経済制裁はマスコミが大騒ぎしたほど効果はなかったようだ。土地も広いし、資源がたくさんあるから豊かな輸出大国だ。物理的な不満から略奪を始める理由はロシアにない。歴史的地理的には色々昔から不満があったんだろうが西側諸国に対する将来への心理的な不安で軍事侵攻を始めたのは間違いないだろう。

我々はそれほど過剰なまでに、不安に支配されている。

そんな日々の漠然とした不安を紛らわす、ギターソロを私は毎日練習している。今の課題曲はクイーンのBorn to love youだ。一弦の下降スケールの速弾きに指がついてこず、とても難しく感じている。フレディマーキュリーの力強い歌声を聴きながら、日々の安寧を願いつつ、ただ弦を掻きむしるだけである。