もうずいぶん昔の話になってしまったけど
俺が大学生の頃、母が突然入院した。

どうやら癌らしくて、余命宣告も受けたって
母の口から直接聞いた。

あまりにもあっさり言うもんだから、最初は冗談かと思ったんだ。

母は芯の強い人で、だれからも好かれる自慢の母だった。


俺は大学を卒業して、就職して、それで給料をもらえるようになれば
母にやっと恩返しが少しずつだができるようになるって、
勉強も俺なりにがんばっていた。

愛情を注いでくれた母になんとかお礼がしたかった。

でも、このままだと俺が卒業する前に
母はきっと死んでしまう。

いっぱい恩があるのに、何一つ返せない…。
きっとこのまま母が死んでしまったら俺は一生後悔する、
そう思うと、「ごめんっ」て言いながら
母の前で一度だけ大泣きした。


その時、母はあっけらかんとして俺にこう言った。


「あんた、どれだけお金持ちになるつもりか知らないけど、
産んで育ててもらった恩を 
お母さんが生きてる間に返せるわけないでしょ。」

「お母さんもあんたのおばあちゃんとおじいちゃんが
生きてる間に恩返しできたなんて思ってない」

「あんたが健康に育ってくれた、
それで半分恩返ししてもらった。」

「あとの半分は、いつかあんたに子供ができた時、
その子に返してあげなさい。」

「お母さんは今やっとおばあちゃんとおじいちゃんに
恩返しできたと思ってるよ。」



そう母が言ってくれたとき、なんだか救われた気がした。
もう長くないだろう母に、何かしてやりたいのに
何もできないって毎日モヤモヤしてたから。


結局、俺が大学を卒業する前に、母は逝ってしまった。



今俺はやっと一人前に働いて、結婚して、
そして嫁が妊娠中です。

今年の秋には母の言っていた「残りの半分」を
少しずつだけど返していけるようになる予定だ。
絶対に世界で一番幸せな子供にしてやろうって思う。

そうすることは、俺が母に愛されていたことの証で、
我が家に代々伝わってきた愛情のリレーなんだと思う。