ドラマーかつなりのエモ街道 -4ページ目

よしきたっ!博士!吉北博士!?

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あははのは。
タイトルは気まぐれなんで気にしないで下さいよ。


昨日はバレンタインやから地元の友達のK君とその彼女Mちゃんカップルの邪魔をしてきました(今「K君とその彼氏」って書こうとした)。

Mちゃんは昨日誕生日でした。
もともと仲良かった2人やから、バレンタインなんて忘れてMちゃんの誕生日を祝おうぜーみたいな感じで。

だから高速で岐阜まで行って、焼肉屋さんと銭湯行ってきました。

焼肉屋さんと銭湯行ってきました。

豚肉屋さんと銭湯行ってきました。

よーしきたっ!博士っ!



あっ、紹介します。

写真の彼がK君です。

またの名を吉北博士と言います。
はい、完全に今つけた名前です。

らしく

高校の卒業アルバムを見ていて何の中身もなかったあの頃の日々を思い出していました。

半年前くらいに、郷ひろみのバックで昔ベースをプレイしてた人と対談できる機会があって、話の中で「俺は本気で音楽をしたかったから大学には行かなかった。でも周りの奴らに勉強からの逃げだと思われるのが嫌だったから、勉強は思いっきりやって、テストや成績はいつもトップだった」と言っておられました。
ちなみに彼は日本でもトップクラスの私立進学校、洛南高校出身でした。

俺はどうやったかな。
ダメダメパッパラパやったな。
情けない話やけど、現実の怖さから逃げ回って、易しい方へ易しい方へと走り続けてました。
音楽は確かに大好きでホンマに真剣にやりたいなんて自分勝手に思ってた時期なんかもあって、大学なんか行かない、行っても絶対続かないって親と大喧嘩したこともあったけど、何せ自分には芯が通っていなかった。親が納得しなかったことが何よりの証拠だと思った。

僕は殻を破るのが苦手な人間だったし、今でもそうです。

結果論として、今大学を辞めて音楽をしています。今フリーターをしていて、バイト先でも4年の大学を卒業してフリーターになった人達、いろんな人と出会うようになりました。

じゃあ自分は何としてでも高校2年生のあの時に必死で親に想いをぶつけて、最初から大学行くなよって話ですよね。自分と一番内接している殻さえも破れなかった。

でもね、ほんの少しの期間やったけど大学に行って、いつもと違う生活をしていくなかで出会ったかけがえのない人達も確かにいて、いろんな刺激も与えてもらえたし、与え合うことのできる友達もできたし。もんすごい嬉しいです。

最初からそう腹くくってフリーターやってろよって思い出したらきりないくらい過去と現実の自分を責めてしまうんやけど、それはやっぱり今やから言える後付けの話であって、あの時の自分では情けないけど、何も言えませんでした。

かと言って「今はあの時とは見違えるくらい変わった」なんてセリフ恥ずかしくて言えたもんじゃないし、根本はなーんも変わってませんただのバカです、はい。

ただここ1年で沢山の人に沢山与えてもらったなーって。

俺も与えなきゃ、今自分が立っている境遇に説明がつかねーなーって。

「らしく」ありたいです。



もうあと少しで初ライブですよ。

もう何もいらねぇ

良い意味で壊していく。

音楽しかないんだ。



音楽しかないのさぁ~~~♪
(大西ライオン風)



大西ライオンに凛として時雨の曲歌わしたら案外良かったりするかもね(笑)