世の中には、クリスチャンと称する方々が数多く存在しておりますが、聖えりか様ほど聖書をよく読み、その教義を理解し実践しておられるお方が少ないことに気づき、世の中にどうしてこれほどクリスチャンを自称する人々で溢れているのか、またその方々は一体どのようになるのかを疑問に思いました。というのは、クリスチャンを自称している方でさえ、聖書を読んでいるとすれば、考えられないような行動をしている方々があまりにも多いと感じているからです。
すると、聖えりか様は、いつものように戸棚から聖書を取り出すとまるでマグダラのマリアのような微笑みを浮かべて語り始められました。
コニタンは、キリスト教が世界の三大宗教であることを、もちろんご存知ですね。
ローマ帝国がキリスト教を国教としてから、キリスト教は飛躍的に信者を獲得していきました。しかし、その拡大の過程で、異教の教義を取り入れたり、教会そのものが世俗の権力と結びついたりして、聖書本来の教えをそらしてきたことは悲しいけど、歴史的な事実なのです!
興味深い聖書の御言葉がありますから、ご一緒にご覧ください。
「狭い門を通って入りなさい。滅びに至る道は広くて大きく、それを通って入って行く人は多いからです。一方、命に至る門は狭く、その道は狭められており、それを見いだす人は少ないのです。
羊の覆いを付けてあなた方のもとに来る偽預言者たちに警戒していなさい。内側では、彼らは貪り食う狼です。あなた方は、その実によって彼らを見分けるでしょう。いばらからぶどうを、あざみからいちじくを集めることはことなどないではありませんか。同じように、良い木はみなりっぱな実を生み出し、腐った木は無価値な実を生み出すのです。良い木は無価値な実を結ぶことはできず、腐った木がりっぱな実を生み出すこともできません。りっぱな実を生み出していない木はみな切り倒されて火の中に投げ込まれます。それで本当にそれら人々を見分けるのです。
わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく、天におられるわたしの父のご意志を行う者が入るのです。その日には、多くの人がわたしに向かって、『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名において預言し、あなたの名において悪霊たちを追い出し、あなたの名において強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか。』と言うでしょう。しかしその時、わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない。不法を働く者たちよ、わたしから離れ去れ、と。
それゆえ、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者はみな、思慮深い人に例えられるでしょう。それは、岩塊の上に家を建てた人です。そして、雨が土砂降りに降って洪水が来、風が吹いて打ちつけても、その家は崩れ落ちません。岩塊の上に土台が据えられていたからです。そしてまた、わたしのこれら言葉を聞いてもそれを行わない者はみな、愚かな人に例えられるでしょう。それは、砂の上に家を建てた人です。そして、雨が土砂降りに降って洪水が来、風が吹いて打ちあたると、その家は崩れ落ち、その崩壊はひどいものでした。
さて、イイススがこれらの言葉を語り終えられると、群衆は教え方に驚き入っていた。権威のある方のように教えておられ、彼らの書士たちのようではなかったからである。」
この聖書の御言葉にあるように、多くの方々が御子イイスス・ハリストスのお名前を口にしていますが、その信仰において実質を伴わない不法を働いている自称クリスチャンなのです。真のクリスチャンとしての道は狭く、この例えのように、岩塊の上に家を建てる、すなわち、全き信仰心により主なる天の父の御言葉聖書を実践しなければ命に至る門を通ることはできません。
コニタンも狭き門を通るために、これからも、私と聖書を学んでいきましょう!
本日コニタンは主なる天の父、あなたの御言葉聖書を学んで、あなたからの過分のご親切にあずかる道がなんと狭き門を通らねばならないか、王国に入るためにどうすればよいかを学びました。コニタンが今後思慮深い人となり、真実の教えに忠実であることを誓い真のクリスチャンを目指すことを決意しましたから、あなたの聖霊のお力でどうかコニタンを導いてくださいますように、御子イイスス・ハリストスのお名前を通してお祈りいたします。
アーメン