感覚情報処理の第二弾!
今日は体性感覚の情報処理です。体性感覚と言うと、触覚、圧覚、温度覚、痛覚、深部感覚とありますが、その情報処理の座といえば、頭頂葉ですよ。一旦視床の後外側腹側核で情報を経由し、頭頂葉、中心後回の一次体性感覚野へと送られるわけです。ここでポイントなのが、学校では視床は感覚の中継点、頭頂葉は体性感覚処理の座として教えられました。しかし、体性感覚に関与するのは、視床では後外側腹側核というちんまい所、頭頂葉では中心後回という所で処理をされます。視床、頭頂葉のどの部分がやられても感覚障害がでる!というわけではないんですね。特に視床は、大脳全体や小脳とも連絡を持ち、損傷部位によっては多種多様な障害が出現するのです。そういった意味でも脳画像から障害像を読み解き、臨床症状と照らし合わせ、リーズにングを行うということが重要となってきます。
さて、頭頂葉の中心後回に送られてきた情報は、ブロードマンの3、1、2野に入ります。また3野は3aと3bにわかれ、3aには深部感覚情報、3b野が表在感覚の情報がまず送られ、そこから1、2野へと情報が改装的に処理されていきます。こういう言い方をするとちょっと小難しいですが、自動車を作るときに例えると、3野は部品屋さんといった感じで、こまかーいネジとか部品とかを一生懸命しているようなところで、2野、1野へと向かうに連れて徐々に車の形ができて行く、というような感じです。そういった情報が、頭頂連合野と言われる部分に運ばれます。頭頂間溝より上を上頭頂小葉、下を下頭頂小葉といいます。上頭頂小葉は、312で統合された情報を元に、自己の身体図式を形成し、触覚情報による空間的位置の把握や運動の識別、自分の姿勢を全体として捉えます。ですからこの部分が障害を受けると、姿勢定位の問題(pushing)や半側空間無視が出現する可能性があります。そして下頭頂小葉では、異種感覚統合が行われ、特に視覚と体性感覚両方に働く、バイモーダルニューロンというものの働きによって、視覚的イメージを伴った身体像の形成に関与します。また、道具の操作時に強く働き、例えばペンを操作するときなんかに、ペン先に意識を集中させてまるでペンを体の一部のごとく使うことが出来るように、ペン先に身体図式を延長させることによって、この道具操作を円滑にしていると考えられます。ですから、この部分の障害で、ソマトパラフレニア(自分の手足を自分のものと思わない)や病態失認というものが出てきてしまったり、失行症状を呈してしまいます。
感覚は、実はいろんなことの処理に関わっていたんですね。車も、小さな部品がないときちんと動いてくれないのと同じです。大きな問題の裏に、実は小さな問題も潜んでいるかもしれないということを常に考えなくてはなりません。特に、社会性という部分。ミラーニューロンシステム(他社の動きを観察しただけで活動を示す脳領域)というものがありますが、その一つが下頭頂小葉にあります。ミラーニューロンは、相手の動きを読み、そのものが何をしているのか、どういう意図を持っているのかということを読み取るのに重要とされ、社会的行動の基盤であるとされています。人の運動を読み取るには、まず自分がどのような体をしていて、どのような動きをしているか、ということが重要です。その基盤が形成されていないとしたら、社会性は育たないわけです。そういった場合、社会性を伸ばすためには、まず自己身体の認識、すなわち運動と感覚、という部分が必要になってくるのではないでしょうか。
またまたざっくりとなってしまいました。いつかコアな部分をやれたらと思います。
ありがとうございました。
参考資料:
brain and NERVE、2014・4,特集タッチ・ビジョン・アクション
brain and NERVE、2014.6,特集ミラーニューロン
カンデル神経科学4th
病気が見える、脳神経
畿央大学ニューロリハビリテーションセミナー資料
※記述に関して、間違い等ありましたらご指摘ください。
ブログ再開、なるか?
かなり久々の投稿になります。仕事と家庭が忙しくて、、、というのはただの言い訳です。継続というものが一番難しく、一番大事です。そう改めて感じています。
今日はあさっての院内定例勉強会の内容をさらっとまとめようと思います。お題は、「感覚情報処理の神経機構」と題して、視覚と体性感覚情報の脳内処理を中心にしゃべります。
まず視覚です。今日は視覚についてとりあえず。
視覚は網膜からの情報が視神経→視床(外側膝状体)→視放線となって後頭葉一次視覚野に入ります。そこからの処理は二手に分かれるんですね。背側経路(where経路)と腹側経路(what経路)です。背側whereは頭頂葉に向かい、腹側whatは側頭葉に向かいます。
まずwhat経路から。whatと名のつく通り、側頭葉ではその目で見た情報が「何」であるのかという事を処理しています。そのものの色、形、大きさというものから、どんな物体なのか、どんな動物なのか、どんな人なのかという情報を処理します。側頭葉の内側面には、海馬傍回場所領域や紡錘状回顔領域と呼ばれる、場所や顔の認知に関わる部分も存在し、ここの障害によるものが場所失認であったり相貌失認であったりと言われているわけです。
一方where経路。頭頂葉ではその見たものが自分の体に対して「どこ」にあるのかという情報を処理します。主に上頭頂小葉ですね。その情報に合わせて、どこに手を伸ばしたら良いのかという「到達運動」を制御しているんですね。また、最近ではそれにプラスして腹側-背側経路というものがあるとされ、下頭頂小葉に向かう経路、俗に「how」の経路と呼ばれます。つまりその見えているものをどのように使うのか、ということを処理するわけです。これには、what経路からのその物の記憶としての情報や概念、意図、物品使用における文脈などのオフライン情報が関係しますし、where経路からのそのものが今どこにあってどういう状態にあるのか、自己身体をどのように操作すれば良いのかという、リアルタイムなオンライン情報の両方が関与して、どのように使用したらいいかという「把握操作運動」を可能にしているわけです。この部分はバイモーダルニューロンと言われる視覚と体性感覚両方に関与するニューロンや、ミラーニューロンと呼ばれる他社の動きに反応してその他社の動作の意図や思いを読み取るのに役立つニューロンも発見されており、視覚情報が単に外界からの情報をそのまま受け取るだけでは無く、人間を人間たらしめるようなさまざまな情報も処理しているんだということがわかると思います。
なぜ頭頂葉がwhereの経路なのか、体に対して物体がどこにあるということはどういうことなのか?そもそも自己の身体とはどのように脳内で表象されているのか、ということはまた次回。
無理をしないようにします。だけどあんまり更新がないようなら誰かケツを叩いてください。
ありがとうございました。
参考資料:
brain and NERVE、2014・4,特集タッチ・ビジョン・アクション
brain and NERVE、2014.6,特集ミラーニューロン
カンデル神経科学4th
病気が見える、脳神経
畿央大学ニューロリハビリテーションセミナー資料
※記述に関して、間違い等ありましたらご指摘ください。
かなり放置してました(´Д` )
今日は高知県ではよさこいをやっています(^^)私も一昨年まで踊って踊って、踊り狂っていました笑
よさこいといえば、最近は全国的にYOSAKOIソーランが有名なようですが、よさこいは高知が本家、発祥です。今年で60回目の節目を迎えます。そんなにかなり歴史があるわけでもないですが、高知県民にとっては夏の風物詩になっているわけです。
よさこいも、始めは政調と言われる「元祖」よさこい節と踊りがあったわけで、今でも高知市役所チームなど、一部のチームが踊り継いでいるわけですが、多くのチームはそれにかなりアレンジを加えて、独特の音楽や振り付けで踊っています。なので毎年違うし、毎年新しい音楽、ダンスが見れます。これがよさこいのいいところであると私は思っています。
なんでも脳に絡めるのが私の趣味なんで、今回も脳に絡めてこの件について考察をしてみます笑
人間の脳は、猿人類の時代からかなりの進化を遂げています。特に言語野、下頭頂小葉、前帯状回皮質、前頭前野などが特に発達をして、大きくなったと言われているようです。
とくにその中でも前頭前野の働きは大きく、運動の計画やプログラミングに関わるだけでなく、行動を抑制したり、GOを出したり、はたまた問題解決に関わっていたり、社会的な人間活動を送る上で重要な部分と言えるでしょう。
この部分の発達により(脳の発達が先か、行動などの変化が先かはわかりませんが)、人間の祖先は、狩猟生活を続けていてはいつか滅んでしまうことを察知し、全く新しい採集という生活様式を獲得するわけです。栽培や農業、畜産と言ったものを営み、またそれに伴いコミュニティも拡大して行ったわけですね。
このように問題解決というか、変化をしていくことが人間が得た脳の力だと考えられるわけです。それが進化です。
よさこいも同じ。古き良きを守っていくことも大事だけど、祭り自体を衰退させて行ってはいけない、つまりマンネリしていってはいけないと考え、今のようにいくつかのルールを残しながら、多様化をして行ったのであると思います。これも進化と言えるでしょう。
また、人間にとってコミュニティを形成し、多くの人と関わる、というのは人間を成長させる上で重要で、コミュニティの大きさが大脳皮質の大きさに関連するという報告もあるそうです。
特に20歳までの若いものにとっては、前頭前野を成長させるのに重要です。
感覚野や運動野は、生後間も無く神経繊維の過剰生成と刈り込みが行われ、だいたい4歳?だったかな?くらいに完成をされるそうです。しかし前頭前野は青年期までそれが続くそうで、いかに前頭前野が環境に左右されやすい、外界との関わりで形成されていくものであるかがわかると思います。
若いうちには、こうやってコミュニティに入り、コミュニケーションや集団行動の規律などを教わる、学ぶ必要があると思います。そのことに、よさこいは役立つのではと思います。ぜひ大人の方にはそういう視点で、若者を育てて頂きたいし、模範となって頂きたいなと思っているところです。
大人にとっては(子供にとってもですが)、この非日常というか、人に見られて拍手をもらえたり、メダルがもらえたりと、報酬が与えられるわけですね。報酬により腹側被蓋野や黒質からドーパミンが放出、それを側坐核が受け取り快刺激になるわけですね。人間はその快刺激を最大化しようとする生き物ですから、今年が終わってもまた来年、その次も!となるわけですね。そして夏が近づいてくると、報酬予測に基づいてドーパミンが放出され、ワクワクするわけだと思います。逆に僕みたいに、そうやって報酬予測が与えられたにも関わらず、実際に報酬が与えられなかった、踊れなかった場合というのは、ドーパミンの量がかなり減ってしまうわけですね。しょぼんとなってしまうわけです。
まぁしかし、よさこいの他にも、子供や嫁さんと過ごす日々でドーパミンを受け取っていますので、大丈夫ですが、またいつか踊りたいもんです。ドーパミンのシャワーを浴びたいもんです。
と、まとまりのない久々のブログでしたが、今日はこんな感じで、失礼します(^^)
ありがとうございました!
追伸、院内勉強会を開催しました。その内容について近々UPしていきたいと思っています。いつになるかわかりませんが、よろしくお願いします笑
iPhoneからの投稿
今日は高知県ではよさこいをやっています(^^)私も一昨年まで踊って踊って、踊り狂っていました笑
よさこいといえば、最近は全国的にYOSAKOIソーランが有名なようですが、よさこいは高知が本家、発祥です。今年で60回目の節目を迎えます。そんなにかなり歴史があるわけでもないですが、高知県民にとっては夏の風物詩になっているわけです。
よさこいも、始めは政調と言われる「元祖」よさこい節と踊りがあったわけで、今でも高知市役所チームなど、一部のチームが踊り継いでいるわけですが、多くのチームはそれにかなりアレンジを加えて、独特の音楽や振り付けで踊っています。なので毎年違うし、毎年新しい音楽、ダンスが見れます。これがよさこいのいいところであると私は思っています。
なんでも脳に絡めるのが私の趣味なんで、今回も脳に絡めてこの件について考察をしてみます笑
人間の脳は、猿人類の時代からかなりの進化を遂げています。特に言語野、下頭頂小葉、前帯状回皮質、前頭前野などが特に発達をして、大きくなったと言われているようです。
とくにその中でも前頭前野の働きは大きく、運動の計画やプログラミングに関わるだけでなく、行動を抑制したり、GOを出したり、はたまた問題解決に関わっていたり、社会的な人間活動を送る上で重要な部分と言えるでしょう。
この部分の発達により(脳の発達が先か、行動などの変化が先かはわかりませんが)、人間の祖先は、狩猟生活を続けていてはいつか滅んでしまうことを察知し、全く新しい採集という生活様式を獲得するわけです。栽培や農業、畜産と言ったものを営み、またそれに伴いコミュニティも拡大して行ったわけですね。
このように問題解決というか、変化をしていくことが人間が得た脳の力だと考えられるわけです。それが進化です。
よさこいも同じ。古き良きを守っていくことも大事だけど、祭り自体を衰退させて行ってはいけない、つまりマンネリしていってはいけないと考え、今のようにいくつかのルールを残しながら、多様化をして行ったのであると思います。これも進化と言えるでしょう。
また、人間にとってコミュニティを形成し、多くの人と関わる、というのは人間を成長させる上で重要で、コミュニティの大きさが大脳皮質の大きさに関連するという報告もあるそうです。
特に20歳までの若いものにとっては、前頭前野を成長させるのに重要です。
感覚野や運動野は、生後間も無く神経繊維の過剰生成と刈り込みが行われ、だいたい4歳?だったかな?くらいに完成をされるそうです。しかし前頭前野は青年期までそれが続くそうで、いかに前頭前野が環境に左右されやすい、外界との関わりで形成されていくものであるかがわかると思います。
若いうちには、こうやってコミュニティに入り、コミュニケーションや集団行動の規律などを教わる、学ぶ必要があると思います。そのことに、よさこいは役立つのではと思います。ぜひ大人の方にはそういう視点で、若者を育てて頂きたいし、模範となって頂きたいなと思っているところです。
大人にとっては(子供にとってもですが)、この非日常というか、人に見られて拍手をもらえたり、メダルがもらえたりと、報酬が与えられるわけですね。報酬により腹側被蓋野や黒質からドーパミンが放出、それを側坐核が受け取り快刺激になるわけですね。人間はその快刺激を最大化しようとする生き物ですから、今年が終わってもまた来年、その次も!となるわけですね。そして夏が近づいてくると、報酬予測に基づいてドーパミンが放出され、ワクワクするわけだと思います。逆に僕みたいに、そうやって報酬予測が与えられたにも関わらず、実際に報酬が与えられなかった、踊れなかった場合というのは、ドーパミンの量がかなり減ってしまうわけですね。しょぼんとなってしまうわけです。
まぁしかし、よさこいの他にも、子供や嫁さんと過ごす日々でドーパミンを受け取っていますので、大丈夫ですが、またいつか踊りたいもんです。ドーパミンのシャワーを浴びたいもんです。
と、まとまりのない久々のブログでしたが、今日はこんな感じで、失礼します(^^)
ありがとうございました!
追伸、院内勉強会を開催しました。その内容について近々UPしていきたいと思っています。いつになるかわかりませんが、よろしくお願いします笑
iPhoneからの投稿
先月の話題になりますが、院内で勉強会をさせていただきました。2日間に分けて、1日目に「歩行の神経機構」、2日目に「上肢運動制御の神経機構」をお話させてもらいました。
歩行は、前にも何回か話をしていて、全然大丈夫だろうとたかをくくっていました。しかし、念には念をと思ってカンペを用意して行ったんです。これがダメでした。
カンペを見てしまうことに集中してしまって、また途中でどこを読んだらいいのかわからなくなったりして、途中で頭が混乱してしまったんです。その結果、1時間の予定が40分で終了してしまうという、時間的には嬉しいけど内容的にはモヤっと、みたいな結果になりました。
見て、それをしゃべるというのはいわいる外発的なもので、しゃべるというよりは読むという行動ですね。視覚情報という外界の情報から得たものを左の下頭頂小葉の角回に送り、視覚情報を言語情報として変換し、それがブローカーの言語中枢を経て、言語表出、とざっくり言うとそうなっていくと思うんですが、発表という形をとる場合、やはり「読む」のではいけませんね。自分の記憶情報から、その時々の状況に応じた内容を引き出し、装飾したり省いたりして、また前後の文脈なんかを考えながらしゃべらないといけません。つまり内発的な、もともと自分の中にある記憶や判断力なんかを使っていかないと、うまく伝えることはできないんだなと思いました。
その反省を生かして、上肢ではカンペを作りませんでした。はじめてしゃべる上肢でしたが、自分なりにはまずまず話せたんじゃないかなと思います。いろんなジョークなんかを交えてたっっぷり1時間。時間的には、ウゲーだったかもしれませんが。
今回の勉強会から、自分のフィードバックのために、アンケートと、ビデオ録画を行ってみました。アンケートは、各項目ごとにどの程度理解したかをVAS(視覚的アナログメモリ法)を用いて評価してもらいます。また、具体的にわからなかったとこなんかを記入してもらえるスペースも用意しました。
すると、結構いろいろ意見がもらえるもので、反省しなければいけないなと思うものもあれば、自分への正の報酬となる意見もあります。
一番注目すべきはやはり、みなさんの理解度ですね。かなり理解してくれてる人もいれば、全然理解できなかったという人もいる。この違いはなんだろう?と思ってみるんですが、無記名のアンケートではなかなかそこまで読み取れません。
自分なりに思うことは、「言ってることが難しい」んだと思います。脳のことを嫁さんに一方的に話す時、嫁さんにもいつも、「日本語でしゃべって?」といわれます。
以前、ある方に、脳を勉強して行く上で大事なことは、それを講義なんかでアウトプットして行くとき、「ひらがなで話す」ことだと教えてくれました。難しくて、勉強してないとわからないような言葉じゃなくて、誰にでもわかるような言葉を選んで伝えなさいと。
自分の中で、もっとその言葉たちを消化できれば、簡単なわかりやすい言葉に解体出来るようになるかなぁと思っている、今日この頃です。わからないから、脳は機能を停止して、考えることをやめちゃうんですよね。
このブログでも、もっとわかりやすく、書いていけるように頑張ります。
嫁さんが、このブログを理解できるようになってくれれば、僕も少しは成長したってことになるかもしれないですね。
ありがとうございました。
歩行は、前にも何回か話をしていて、全然大丈夫だろうとたかをくくっていました。しかし、念には念をと思ってカンペを用意して行ったんです。これがダメでした。
カンペを見てしまうことに集中してしまって、また途中でどこを読んだらいいのかわからなくなったりして、途中で頭が混乱してしまったんです。その結果、1時間の予定が40分で終了してしまうという、時間的には嬉しいけど内容的にはモヤっと、みたいな結果になりました。
見て、それをしゃべるというのはいわいる外発的なもので、しゃべるというよりは読むという行動ですね。視覚情報という外界の情報から得たものを左の下頭頂小葉の角回に送り、視覚情報を言語情報として変換し、それがブローカーの言語中枢を経て、言語表出、とざっくり言うとそうなっていくと思うんですが、発表という形をとる場合、やはり「読む」のではいけませんね。自分の記憶情報から、その時々の状況に応じた内容を引き出し、装飾したり省いたりして、また前後の文脈なんかを考えながらしゃべらないといけません。つまり内発的な、もともと自分の中にある記憶や判断力なんかを使っていかないと、うまく伝えることはできないんだなと思いました。
その反省を生かして、上肢ではカンペを作りませんでした。はじめてしゃべる上肢でしたが、自分なりにはまずまず話せたんじゃないかなと思います。いろんなジョークなんかを交えてたっっぷり1時間。時間的には、ウゲーだったかもしれませんが。
今回の勉強会から、自分のフィードバックのために、アンケートと、ビデオ録画を行ってみました。アンケートは、各項目ごとにどの程度理解したかをVAS(視覚的アナログメモリ法)を用いて評価してもらいます。また、具体的にわからなかったとこなんかを記入してもらえるスペースも用意しました。
すると、結構いろいろ意見がもらえるもので、反省しなければいけないなと思うものもあれば、自分への正の報酬となる意見もあります。
一番注目すべきはやはり、みなさんの理解度ですね。かなり理解してくれてる人もいれば、全然理解できなかったという人もいる。この違いはなんだろう?と思ってみるんですが、無記名のアンケートではなかなかそこまで読み取れません。
自分なりに思うことは、「言ってることが難しい」んだと思います。脳のことを嫁さんに一方的に話す時、嫁さんにもいつも、「日本語でしゃべって?」といわれます。
以前、ある方に、脳を勉強して行く上で大事なことは、それを講義なんかでアウトプットして行くとき、「ひらがなで話す」ことだと教えてくれました。難しくて、勉強してないとわからないような言葉じゃなくて、誰にでもわかるような言葉を選んで伝えなさいと。
自分の中で、もっとその言葉たちを消化できれば、簡単なわかりやすい言葉に解体出来るようになるかなぁと思っている、今日この頃です。わからないから、脳は機能を停止して、考えることをやめちゃうんですよね。
このブログでも、もっとわかりやすく、書いていけるように頑張ります。
嫁さんが、このブログを理解できるようになってくれれば、僕も少しは成長したってことになるかもしれないですね。
ありがとうございました。
少しひと段落したので、歩行シリーズ第二弾。
今日は、前回に引き続き、CPGの話題です。おさらいになりますが、CPGとは、中枢パターン発生器という歩行の際の下肢の交互運動を引き起こす神経メカニズムのことです。CPGというメカニズムは歩行だけに限らず、上肢運動などにもあると言われているようです。
このCPGというものをどのように臨床で応用していくか、ということなんですが、CPG発火にはある程度の条件があります。
それは、
①下肢への荷重情報
②股関節の伸展
一番の理想型というのは、よく勉強会なんかでも言われている、免荷型トレッドミルで歩かせるというのをよく聞きます。しかし、そんな機械どこが持っとんねんという話になりますね。
そこで大事になってくるのが我々セラピストの身体ですね。
歩行訓練をさせる際に、股関節の伸展を意識すればいいんです。
簡単に言いましたが、実は結構難しいんですよね。こういった歩行訓練というのは、平行棒内ではうまくいかないんです。重心をうまく誘導できないというのもありますが、一番の理由は、半球間のバランスにあります。左右の半球は常にお互いでバランスを取り合っていて、片方が機能が上がるともう片方は下がる、というふうになっていると言われています。つまり、脳卒中で半球が損傷すると、非損傷半球の機能が上がります。つまり、非麻痺側の機能が上がり、麻痺側の機能は下がるということになります。そこに、平行棒や、杖なんかを非麻痺側で使用すると、さらに非損傷側の機能を高めることになりますよね。これでは本末転倒なわけです。
こういった理由から、平行棒の外で、歩行訓練を行うことを私は推奨しています。これにはもちろん、麻痺が重度な方なんかは長下肢装具等が必要になってきますが。
やっていただくとわかるかもしれないですが、私は最初、かなり怖かったのを覚えています。結構小柄なおばあちゃんが、最初の患者さんだったと思いますが、それでも怖かったです。股関節の伸展を起こすということは、重心を前に持っていくということです。自分の体が前に持っていかれて、こけそうになるんですよね。あとは、患者さんを支えきれなくて、こかしそうになるとか。とにかく、最初は怖かったので、近くにいたセラピストに見守りを頼んでいました。
とにかく大事なことは、身体を密着させて、自分自身の体重移動の感覚を、患者さんに身体を通して伝えること。そして、麻痺した足をあまり意識させないこと。非麻痺則の足をしっかり前に出すように促します。こうすることで麻痺則の股関節の伸展が生まれ、着地した非麻痺則の下肢へ重心を移動させると、麻痺則が勝手に出てくれます。これはCPGの作用ではなくバイオメカニクス的なことです。CPGが関わるのはこれ以降、リズムにのった歩行をしている時です。つまり、これをどんどん繰り返していくということですね。
はじめはかなりぎこちないと思います。患者さんが、じゃなくて、セラピストが、です。なので新人にはいつもこうアドバイスします。「鏡をちょっと遠くにおいてみて。患者さんのためじゃなくて、自分のために」と。
トレッドミルと同じような効果を出そうと思ったら、ちょっと無理かもしれませんが、それでもやらないよりはましだと思います。そして、ちょっとやっただけでもダメです。時にはまるまる1時間、歩きどおした時もありました。もちろん、これには患者さんの体力、自分の体力も必要なわけですが。
この歩行を通して、重心移動の方法や、下肢の近位筋の促通を行うわけです。麻痺が軽度な方にも、「ちょっと騙されたと思って、手伝わしてください」とか言って、少し力を貸してあげるだけで、収縮のタイミングや出力の仕方などが変わる方もいます。
なにより、これを実践していて一番嬉しいのは、患者さんの喜ぶ顔です。
こんな方がいました。いつも仏頂面で歩行練習をしている慢性期の患者さんが、「このサッカー足を何とかしてくれ」と言ってきました。無理やり足を出して、歩行をするのが気にいらないようでいた。そこで、歩行訓練をしていた学生に変わって、少し中臀筋あたりの補助と、体幹の保持を手伝って、「左足じゃなくって、右足を思いっきりだしてみて」とだけ言い、歩いてもらうと、その患者さんは、「あははははは、これこれ、この感じ!!」と言いながら、満面の笑みで歩いてくれました。
この方法が必ずしも正解、というわけではなく、もちろん、病期にあわせたリハビリテーションの展開があり、また積み上げられてきたものもありますので、一概には言えないと思います。
ですが、歩行というのは、移動とは違います。ヒトの直立二足歩行とは、ただの移動手段ではなく、大切なもののため、守るべきもののため、上肢でものを家族に運ぶために進化して行った、とも言われています。患者さんの、全人間的復権を考えるならば、歩行は、移動で終わってはいけません。効率性、自動性をもち、その方のニーズに答えていかなければならないのではないかな、と、そう思います。理想論かもしれません、ときにぶつかる時もあります。しかし私は、経験論だけでもいけないと思います。挑戦して行くことは、どんな時にも必要なことであると感じます。
最後、少し話がずれてしまいましたが、今日は、CPGの利用方法について、歩行介助の方法論について触れました。
ありがとうございました!
今日は、前回に引き続き、CPGの話題です。おさらいになりますが、CPGとは、中枢パターン発生器という歩行の際の下肢の交互運動を引き起こす神経メカニズムのことです。CPGというメカニズムは歩行だけに限らず、上肢運動などにもあると言われているようです。
このCPGというものをどのように臨床で応用していくか、ということなんですが、CPG発火にはある程度の条件があります。
それは、
①下肢への荷重情報
②股関節の伸展
一番の理想型というのは、よく勉強会なんかでも言われている、免荷型トレッドミルで歩かせるというのをよく聞きます。しかし、そんな機械どこが持っとんねんという話になりますね。
そこで大事になってくるのが我々セラピストの身体ですね。
歩行訓練をさせる際に、股関節の伸展を意識すればいいんです。
簡単に言いましたが、実は結構難しいんですよね。こういった歩行訓練というのは、平行棒内ではうまくいかないんです。重心をうまく誘導できないというのもありますが、一番の理由は、半球間のバランスにあります。左右の半球は常にお互いでバランスを取り合っていて、片方が機能が上がるともう片方は下がる、というふうになっていると言われています。つまり、脳卒中で半球が損傷すると、非損傷半球の機能が上がります。つまり、非麻痺側の機能が上がり、麻痺側の機能は下がるということになります。そこに、平行棒や、杖なんかを非麻痺側で使用すると、さらに非損傷側の機能を高めることになりますよね。これでは本末転倒なわけです。
こういった理由から、平行棒の外で、歩行訓練を行うことを私は推奨しています。これにはもちろん、麻痺が重度な方なんかは長下肢装具等が必要になってきますが。
やっていただくとわかるかもしれないですが、私は最初、かなり怖かったのを覚えています。結構小柄なおばあちゃんが、最初の患者さんだったと思いますが、それでも怖かったです。股関節の伸展を起こすということは、重心を前に持っていくということです。自分の体が前に持っていかれて、こけそうになるんですよね。あとは、患者さんを支えきれなくて、こかしそうになるとか。とにかく、最初は怖かったので、近くにいたセラピストに見守りを頼んでいました。
とにかく大事なことは、身体を密着させて、自分自身の体重移動の感覚を、患者さんに身体を通して伝えること。そして、麻痺した足をあまり意識させないこと。非麻痺則の足をしっかり前に出すように促します。こうすることで麻痺則の股関節の伸展が生まれ、着地した非麻痺則の下肢へ重心を移動させると、麻痺則が勝手に出てくれます。これはCPGの作用ではなくバイオメカニクス的なことです。CPGが関わるのはこれ以降、リズムにのった歩行をしている時です。つまり、これをどんどん繰り返していくということですね。
はじめはかなりぎこちないと思います。患者さんが、じゃなくて、セラピストが、です。なので新人にはいつもこうアドバイスします。「鏡をちょっと遠くにおいてみて。患者さんのためじゃなくて、自分のために」と。
トレッドミルと同じような効果を出そうと思ったら、ちょっと無理かもしれませんが、それでもやらないよりはましだと思います。そして、ちょっとやっただけでもダメです。時にはまるまる1時間、歩きどおした時もありました。もちろん、これには患者さんの体力、自分の体力も必要なわけですが。
この歩行を通して、重心移動の方法や、下肢の近位筋の促通を行うわけです。麻痺が軽度な方にも、「ちょっと騙されたと思って、手伝わしてください」とか言って、少し力を貸してあげるだけで、収縮のタイミングや出力の仕方などが変わる方もいます。
なにより、これを実践していて一番嬉しいのは、患者さんの喜ぶ顔です。
こんな方がいました。いつも仏頂面で歩行練習をしている慢性期の患者さんが、「このサッカー足を何とかしてくれ」と言ってきました。無理やり足を出して、歩行をするのが気にいらないようでいた。そこで、歩行訓練をしていた学生に変わって、少し中臀筋あたりの補助と、体幹の保持を手伝って、「左足じゃなくって、右足を思いっきりだしてみて」とだけ言い、歩いてもらうと、その患者さんは、「あははははは、これこれ、この感じ!!」と言いながら、満面の笑みで歩いてくれました。
この方法が必ずしも正解、というわけではなく、もちろん、病期にあわせたリハビリテーションの展開があり、また積み上げられてきたものもありますので、一概には言えないと思います。
ですが、歩行というのは、移動とは違います。ヒトの直立二足歩行とは、ただの移動手段ではなく、大切なもののため、守るべきもののため、上肢でものを家族に運ぶために進化して行った、とも言われています。患者さんの、全人間的復権を考えるならば、歩行は、移動で終わってはいけません。効率性、自動性をもち、その方のニーズに答えていかなければならないのではないかな、と、そう思います。理想論かもしれません、ときにぶつかる時もあります。しかし私は、経験論だけでもいけないと思います。挑戦して行くことは、どんな時にも必要なことであると感じます。
最後、少し話がずれてしまいましたが、今日は、CPGの利用方法について、歩行介助の方法論について触れました。
ありがとうございました!
