平成26年6月2日おじいちゃんが他界しました。
やっと気持ちの整理もついてきて、おじいちゃんのことを書き記しておきたくて、書きます。


おじいちゃんが亡くなって、
悲しくて悲しくて、今でもまだなんとなく信じられないな~って思います。
今日四十九日が終わってとうとうお墓に入ってしまいました。
おばあちゃんちからお墓に入れられちゃうのは、やっぱり寂しい。

おじいちゃんは私にとって1番仲の良い、とゆーか、相性が良い家族でした。
家族で誰が1番好き?って聞かれたらまっさきにおじいちゃんと答えられるくらい。それは家族のみんなもわかってました。
私が小さい頃、お母さんが毎日お父さんの仕事を手伝いに会社に行っていたのでおじいちゃんが毎日家に私の子守りをしに来てくれていました。
お父さんのウイスキーを勝手に飲んでそのまま車で帰ってたな~笑
ほんとにお酒大好きだったおじいちゃん。2年前のお正月にはすごく飲まされたな笑
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でも私は家族とお酒飲まないので、おじいちゃんとお酒を飲んだのはこれが最初で最後。
退院したら、一緒にまたお酒飲みたいって思ってたんだけど、、。
でも一回でも一緒にお酒飲めてよかった。
最初に転んじゃったとき歩けなくなって車椅子だったんだけど、その時に最後に一緒にバラ園へお花を見に行った。
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2回目に転んじゃったときは骨盤を折ってしまって寝たきりになってしまった。
おじいちゃんはこの春に桜が見たいと行っていた。来年はよくなって一緒に見たいねって思ってたけど、どうしても今年見せてあげたくて、写真を送った。
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おじいちゃんだからすっぴんでいいやって思ってとったやつ。笑

私にできることはなんでもしようと思った。
お見舞いに行ける時には行こうと思った。
いつ会えなくなるかわからないって思ったから。
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最後に一緒に撮った写真。寝てるけど笑

私はおじいちゃんが好きすぎて、でもたくさんしてもらったのになにもおじいちゃん孝行してあげられなかったな。
おじいちゃんはいつも、まりはおじいちゃんの友達だからなって言ってた。
だから私も友達だと思ってる。
おじいちゃんが息を引き取るその瞬間まで一緒にいられて、私はほんとに幸せでした。悲しくて悲しくてずっと泣いて、一ヶ月以上たった今でもまだ涙が出てくる時はあるけど、寝たきりで辛そうだったから、楽になれたのかな?って思う。

私がボランティアで施設で踊りたいって思ったのも、おじいちゃんのおかげ。それまで全くボランティアって興味もなかったんだけど、おじいちゃんが老人ホームにはいって、本当につまらなそうで、楽しませてあげたくて。
おじいちゃんの前で踊ることはできなかったけど、これからなるべくいろんな施設にいって楽しませてあげられたらなって思います。

四十九日の最中私は貧血で倒れてしまったけど、おじいちゃんがのりうつったんだって勝手に解釈してます。笑
お棺に一緒に入れた手紙とお酒のんでくれたかな?


この一ヶ月おじいちゃんが亡くなって、身内が亡くなるって初めての経験。
お葬式でたくさん涙を流して、
お坊さんにたくさんの言葉をもらった。
火葬場では、おじいちゃんがオーブンみたいなのに入れられて、焼かれてしまうのが辛くて、やだってだだをこねた。おじいちゃんがやかれてる間にご飯なんか食べられなくて、食べてるみんなが信じられなかった。
骨になってしまったおじいちゃんを見て信じられなかった。
熱かっただろうに、頑張ったんだな。
次の日おばあちゃんちにいって、ずっとおじいちゃんのことを何時間も2人で暗くなるまだ話した。
その日はおばあちゃんの隣で寝た。
その次の日くらいにショーにでて、おじいちゃんのために踊った。
そのまた次の日くらいから新しい仕事がはじまって、めまぐるしく今日まで。

おじいちゃんが亡くなってたくさんの人に支えてもらって、ありがとうとしかいいようがないです。
お母さんや叔父さん、お父さん、お姉ちゃん。家族みんな悲しいのに支えてくれました。
彼氏や、チームメイト、彼氏のお母さん。
心配してくれてありがとうございました。

今日またお坊さんが、言ってくれました。ありがとうってたくさん言ったら必ず自分にかえってくる。
たくさんありがとうっていいなさいって。私が落ち込みすぎて、すっかりお坊さんに助言を言われるようになりました。笑


おじいちゃんが他界したのが、
平成26年6月2日
おばあちゃんとの結婚生活62年
何か意味のある数字なのかな?
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おじいちゃん本当にありがとう。
いつまでも忘れません。
自慢のおじいちゃん。




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