12/17は義父のお誕生日でした

仕事から帰ったダンナと子供達と 車で15分の義実家へ

義父が好きだった”最中”持って行きました


義父は先月半ばに体調を崩し 入院

でも幸い大したことなく一週間で退院しました

今まで大きな病気や怪我もなく元気だった義父

退院の説明を聞くのもビクビクあせる 

悪いこと言われるんじゃないかって心配していて

それはもう 子供のように怖がっていて

とても可愛らしかったです(;^_^A

でも大したことなくて これで退院と聞いて

心の底から喜んでいて ニコニコ嬉しそうで

その笑顔が目に焼きついています


退院して三日目 調子悪くなり再び入院

しかし今回も大したことない そういう見立てでした


「前回よりちょっと強いお薬にしましょう」と主治医


家族の誰もが またあの可愛らしい笑顔で

退院できると信じていました


二回目の入院後 発熱 肺炎との診断

息苦しさを訴え 酸素マスクをするようになりました

二日後には トイレや食事など酸素マスクを外すと

低酸素状態で倒れてしまうほど症状が悪化


家族はここで初めて おかしい 何が起こってるの?と

主治医に説明を迫りました


「肺炎の影響です。でもレントゲンを見ると良くなりつつあります。」

「肺炎の原因ですか?・・・薬の可能性がありますね」

「だから 今はあの強い薬はやめてます」

「そんなに心配ならICUにでも入れますか?」


転倒を防ぐためトイレの時ナースコールを押すのですが

中々来ない・・・我慢して我慢してそれでも来ない

義父は仕方なく 自分で行こうと立ち上がり

しかし低酸素でよろよろと倒れてしまったようです

12/7 明け方のことです

義父は苦しい中 家族に電話して来ました

義母と義兄があわてて駆けつけ(車で20分)

病院に着いた時には 息苦しさも少し落ち着いて

ベッドに横になっていたそうです


家族で相談し 今日から交代で付き添うことにしよう

何が完全看護だと 全く当てにならないと

病院に対しての不信感を募らせていました


しかしその日のうちに HCU に入ることになって

酸素マスク→人工呼吸器 に変わりました

麻酔をかけるため 反応も鈍く話すことも出来ず

心電図・血圧・酸素・呼吸のモニターがつけられて・・・


そんな急展開に 家族は気持ちがついていかず

ただただ信じられない それだけでした

肺炎の状態は日に日に悪化 それに伴い心臓が弱り

12/9 医師から「大変難しい状態」と説明がありました


12/10 朝 病院から急変したと連絡あり

家族が駆けつけたところ 一時状態を持ち直しましたが

昼前に ついに心臓の鼓動が停止しました

77歳 あと一週間で78歳・・・


先週末にお通夜・葬儀があり

日曜日は次女の幼稚園の発表会

そして17日 義父の誕生日会


義父が肺炎になってからの三週間

嫁の私でさえ ちょっと不安定な落ち着かない状態

義母・義兄・義兄嫁・義姉・ダンナ・・・

結婚して20年 初めてダンナが涙するのを見ました 


そんな状況の中でも日常は容赦なくやってきて

子供の発表会やマラソン大会、個人面談と

淡々とこなしているところです


11月はじめに柿を届けてくれた義父を思い出し

三年前に亡くなった実母のことを思い出し

涙しながら子供達のクリスマスの準備とか

世間はお正月の準備もはじまるし

年が明けると 長女の誕生日もあって

四十九日の間に 様々なことがあって


まだまだしばらく 心は不安定のまま

家族が寄り添い 生きていく感じです