熊本市議会の議場に乳幼児を連れ込んで賛否両論ある件に関して
冷静に判断出来なくなりそうで、忸怩たる思いがある理由をここに徒然と記しておく私は、所謂きょうだい児で、
姉は寝たきりで全介助だ
父は遠洋マグロの漁師で一年のうち11ヶ月家にいなかった
しかも飲んだくれに加えて、私の目の前で母から私の給食費を取り上げパチンコに行く人だった
4番目の長男と結婚した母は小姑と折り合いが悪く、しかもその長女が障害児ということで親戚とは疎遠だった。
母は一人で妹を含む3人の子育てをしなければならず、
私は、母のストレスの捌け口となり虐待を受けた。
体に痣を作ったまま学校に行ったこともある。
加えて母基準で立派に育てようとするあまり、私の意志は一切通らなかった。
習い事、部活、進路に至るまで、私の意志は通らなかった。
それこそ小学生にして、死ぬことを考える子供だった。
姉の事を作文で書いて県レベルまで審査が行ったり、弁論大会で学校代表になったり生徒会に入ったりして、賞状を貰うため何度もステージに上がる姿を見てきた周囲は、私が家に火をつけようかとか、親を殺して自分も死のうかとか、いやいや人殺しで捕まって人生ふいにするだけの価値のある親でもないとかと、夜な夜な考えていた事など夢にも思わなかっただろう。
障害のあるきょうだいがいるから、要するにお姉ちゃんがいるからグレたのねと言われるのが嫌で、グレる事は許されないと思っていた私が、いい意味で目立つようにしていたのはいじめから身を守るための手段だったことを誰が想像出来ただろう。
スカートを短くしたり髪を染めてみたりして先生に追っかけまわされる同級生を横目で見ながら、私の心は孤独だった。
それでも
それでも
社会に出て躓いて引きこもる時期があったりしても
最後の最後で人間を信じることが出来たのは
どんな状況でも自分さえしっかりしていれば、必ず周囲が助けてくれると信じれたのは
自分はダメ人間だと自分で責め立てながら、最後の最後で時分を諦めきれなかったのは
姉の病院やリハビリに付いていく過程で、沢山の大人に見守って貰った記憶があるからだ
幼稚園の先生とか職業でやってるとかではなく
ただ、そこに私がいたから見ていてくれた大人たち
名前すら聞けるはずもなくどこの誰かも知らない
でも、その記憶がなければ、私は今、こうやっていられないと思うから。
もし、私が社会で成功することがあるとしたら、その恩恵は社会に還元させていこうと思う
私と姉の事を知る人とも多く繋がっているFacebookに、最初は載せようとした。
打ち込んでから、投稿出来ず、Evernoteにコピペしてた。
ふと、読むためだけにアカウント作って一件も投稿してないここに上げることを思い立った。
何にもしてないのに、確か数名、読者さんがついていた気がする。
炎上させたい訳ではない
でも、スマホの中だけに仕舞っておくだけでは昇華出来ない
誰かに聞いて欲しいという我儘を、どうかここで果たさせて欲しい
聞いて欲しいと思えるようになっただけでも、私にとっては進歩なのだ
以下、Facebookに上げようとした内容をコピペ
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(熊本市議会のニュースのリンクと共に)
ここで繋がってる人の中にはさ、
私の事を多少なりとも知ってくれている人もいる。
私は、社会に育てられたと思っている。
もう、どうしようもなくて、誰が悪いわけでもなく、あんよもままならない年頃なのに病院の待合室に置いていかれる。
一部始終を見ていた大人が、母と姉が消えて行った手術室の扉を見つめる私を、見るともなく見てくれている。
子供ながらに覚えている。今でも。
親でもない人に絵本を読んでもらい
親でもない人にお金の数え方を教えてもらい
それを握って売店に行き
親でもない人に見守られながら
ジュースやお菓子を買ってまたリハビリ室に戻る
毎回自分が行くのを待っていてくれる大人がいて
姉のリハビリが終わるまでウロウロしている私を
不器用全開にアメで釣ろうとして失敗して、おばさん達に叩かれているおじさんがいる
色々触ったり登ったりするのを見守ってくれて
危ないよ、と、親でもない人が親より先に気付く
リハビリで使う重りを運ぶのを頑張ると、皆に誉めて貰える
私がどんな状況でも最後の最後で人を信じることが出来る人間になれたのは
紛れもなく社会が私を見守っていてくれたからだ
きっと、だからなのだろう。
この話題が妙に気になるのは。
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前フリが長い割りに以外と短かったな……(汗)
だから、たぶん、私は、あの人が拒否された事よりあの子が拒否されたような感覚になって
自分だったらあの環境で私が大人たちに拒否されたらどうなっていただろうと思うと涙が出るんだ。
二十歳過ぎてから偶然行った歯医者さんで
「あんた、苦労したね」
と言われた。
骨の柔らかい成長期に歯を食いしばる事が多かったでしょう。歯茎の骨が隆起してるよ、と。
人の口の中なんか見ないから、こんなもんだと思っていた。
どおりで舌の収まる場所が狭いような気はしてた。
三十越えてようやく少しずつ自分の思いを吐露できるようになった私が、
その過程のひとつとしてここでの初投稿を記す。
何らかのご縁でこの駄文長文に行き当たり、最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
