二年前の今頃、
もしかしたら私は生きてなかったかもしれない。

本気で死のうと思ったのは、あの時が初めてだった。

ガラケーのお気に入りには、未だに
首吊り自殺のブクマが消せないまま。

あの頃の私は、父の死もあり、
生きる事が本当に辛くて、死ぬことばかりを考えてた。

でも、死ぬって凄く痛くて苦しくて、
私には出来なくて、
でも、死ぬ方法は分かったから、何時でも死ねる。
死にたくなったら、また死のう。

そう思って、生きてた。

その年、大切な出会いが複数あった。

一つは、ギルガメッシュ
一つは、岡まことさん
一つは、長トラ

どの出会いも、凄く大切。

だけど私は、どうしようもなく彼の方が好きで、大切で、
重くても気持ち悪くてもいい。
彼の方には自分が思いつく限りの恩返しをしたくて、生きてる。

私は、冷たい人間でだし、
人見知りで口下手で面白い事も言えないし、つまらない人間だけど、
生きてる、それこそが、彼の方への恩返し。
もう、自分で命を絶つことはしない。
約束したわけじゃないし
彼の方は知らないけど、

心からありがとうと言いたい。
あなたの存在がどれだけ私の励みになっているか
感謝してもしてもしきれない

大好きです。
ありがとう。
需要と供給ってのは、
何時も、何というか、平等でないっての?

そもそもその需要と供給が、人によって様々で、
本当に求めてる人に供給されず、
本当に求められているのに需要がない

と、される。


何故なんだろう。

こんなにも求めてるのに供給されない

あんなにも求めてるのに需要がない


おかしいなぁ。



大多数の意見しか求められないのも
大多数の意見しか求めてないのも

おかしいな


確かに求め合っているのに


というのは矛盾してて

分かってはいるんだけど、
納得は出来ないわけで。


あの日のトマトをかじりながら思うわけで



結局、さよならしかないのだろうか

どれだけ求めても、最後には終わりしかないんだろうか


終わりを目指してはじめた訳ではないだろうに

何で終わりへ、終わりへ向かっていくんだろう

むかしむかしあるところに
おじいさんとおばあさんがいました
おじいさんは山へ(シンバル)に
おばあさんは川へ(説教)をしに行きました。
おばあさんが川で(説教)をしてると
大きな(物凄い)が(ドラム)(ドラム)と流れてきました。
おばあさんは(物凄い)を家に持ち帰り
おじいさんが割ってみると
なんと中から(アレ)が出てきました。
二人は(アレ)を(桃太郎)太郎と名付け立派に育て上げました。
そして(桃太郎)太郎はおばあさんの(曲)団子を手に旅立ち
道中家来にした(生熊)(サイケデリック)(客席)と共に(オフホワイト)を退治して
(材料)を持ち帰って幸せに暮らしましたとさ…
(めちゃくちゃ)(めちゃくちゃ)…


奇跡が起きたけどwwwwww