就職活動がまさに始まろうとしている。いや、正確には真っ只中だ。どこの会社にエントリーしようとも、立ちふさがるのは「この会社を志望する理由は」の文章を書く壁だ。

私はこういう、思考とか内面のことを文章にするのがすこぶる苦手だ。行動に至った理由なんて、「わかりやすい読みやすい文章」とかいった、そんなフローチャートみたいなもので表せるもんじゃないと思う。(正確には、それを書き表すだけの文章力がないからだけど。小説家みたいに、そういう広がりのある文章をかける人は全然違うと思う)

大学に入学して、合気道部に入った時もそうだった。周囲から「なんで合気道部に入ろうと思ったの?」というのは何回も何回も聞かれたけれど、それにピンとくる答えを会話の中で返すことはついぞできなかった。袴がかっこいいと思った、先輩が優しかった、稽古の締まりの良さが気に入った、上下関係をきっちりするのが性に合っていた…諸々。潜在意識にあるやつも掘り起こしたら多分50個くらいこういう理由があると思う。なんか、そういった細々とした要員たちが、どれか一つが飛び抜けることなく、全員揃って私の背中を押した、それが入部という行動につながったと思っている。だから、「コレコレこういう理由(1,2個)が「きっかけ」で入部しました」なーんていう「相手が理解しやすい会話」のテンプレートにうまく収められなかった。

今思えば、そう伝えればよかったんだね。
内面を表現する技術が上がっていることを感じる。やはり何事も訓練だ。

上みたいなモヤモヤを抱えていたから、周りの人が、自分の内面をそういったテンプレートにのせてスラスラ語れることが信じられなかった。
そんなあなたの内面はわかりやすいものじゃないでしょ?って。
なんか、言葉にしているフローチャートが、そのまま自分の内面だと信じているように、堂々としているのが本当に信じられなかった。
そんなにあなたの内面は整備されてるの?って。私の内面、散らかり放題だし、何がどこにどれだけ存在して、どこまで広がっているのか皆目見当もつかないから。

まあきっと、みんな同じだと思うけどなぁ…本当は。

世界はわからないことだらけだと思う。本当に。
けど、、、なんだろ

「無限」っていう概念を習うことができたのは幸福だと思う。
無限を知らなかったら、この皆目見当もつかない広がりを、終わりのあるものだと誤って認識して、理解できず苦しんでいたと思う。
「無限」という世界をありのまま受け入れることができたから、それのことを穏やかに見つめていられるんだな、と感じる、

概念を言語化するというのは、その対象を受け入れやすくする効果があるのだな。