孫が小さい時は、おかあさんと一緒の番組の歌を一緒に聞いて歌った。

今はもう一緒に見ていたアンパンマンやドラえもんモ、懐かしいだけだ。

 

今一人で見るのは、懐かしの昭和の歌番組だ。昭和の曲は覚えやすく、歌いやすい。

そして、歌詞は情景が頭に浮かぶし情緒が溢れている。

 

私の青春の頃、父親に

『歌ばかり聞いてないで、もっと社会を知るための番組を見なさい』

と言われた。

 

そう言われても、その頃の私は、父の言う事には全く興味がない。

何を言われても、毎日歌番組を見ていた。

 

歌うのも好きな私。お風呂場で歌うとエコーが効いて上手く聞こえた。

 

私は歌手になれるかもと勘違いをしていた時期だ。


私の歌声は隣近所に聞こえていたんじゃないかなと思う。

今思い返してみて、近所迷惑だったと思うと恥ずかしすぎる。

 

 

夫は言った。「お母さん、歌うのは喉の筋肉や肺と腹筋を使うから体に、とてもいいんだよ。」

 

私 「じゃあカラオケは、健康にとてもいいんだね。

そう言えば、私達最近カラオケに行ってないね。楽しいのに行けないね。」

 

その頃は、コロナが流行りだして、カラオケ店には、みんな行かなくなった。


みんな、外出せず家の中で、楽しみ方を見つけたのではないかと思う。


外出しなければ、流行しているコロナになる事は無いと家で好きな歌を二人で聞いていた。

 

そして、今は、夫が亡くなって一人暮らしだ。下手な歌も気がねなく歌える。

いやいや、今までも気にしないで歌っていたわ。

 

夫は歌手の中で、ちあきなおみさんが一番上手いと言った。それを思い出して聞いてみた。

 

愛の暮らしは何度も聞いた。


夫と私の若かったあの頃を、懐かしく思い出す歌詞を歌っているからだ。

 


あの時 私は窓を開けて、外を見ながら夫の帰るのを待った。

窓から姿が見えると、笑って手をふって迎えた。

手をつなぎ楽しくおしゃべりをした。イヤな事があっても、忘れて明日に希望を持った。

そして、あの頃の貴方の温もりが今も優しく私を包む。

 


歌の歌詞は人によっては、自分と重ね合わせて聞く事がある。

私にとってその歌が、ちあきなおみさんが歌う愛の暮らしなのだ。

 

でも、この歌詞と違う所がたった1つある。


夫からの愛してるよの言葉だ。


シワが出て来たり、白髪になったり中年太りになってたるんでも、私を愛妻と言ってくれた。


その言葉は嬉しかった。


 

 

そんな夫を、すい臓がんと闘っていたあの時に、私は悔いが残らない様に精一杯お世話をした。



だけど夫が天国へ行った今、ああもしてやればよかった こうもしてやればよかったと言う思いが入り交じってしまうのだ。。


心も身体も弱って冷えきっている夫に温もりを 私の温もりをもっと与えてあげれば良かった。


生きようと頑張ってる夫を、優しく抱き締めてあげれば良かったと今になって思う。

 


「お母さん愛してるよ。」


「うん、ありがとう。」


のやり取りを昨日の事のように思い出す。

 

 

そして、今も玄関のドアが開いて、帰って来るんじゃないかと、妄想してしまうのだ。

 


「お母さん、ただいま 帰って来たよ。」


「ああ、お父さん お帰りなさい。疲れたでしょ」


と言って笑って迎えるのだ。

 


窓から空を見上げると、青空に広がる流れゆく雲。 

その中に、夫とよく似た雲を見つけた。


ありがとうと言ってるような気がした。


「ありがとう」 

私は小さな声でつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

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