・・まだ、時々、咳が出ます。
本当にしつこい咳の風邪![]()
昨日の夕食後で、処方された薬は飲み終わりました。
あとは気力と体力で治すしかない。
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11月13日に入院した義父。
医師から、検査の結果、肺がんステージⅣ
それもかなり悪い状態で、抗がん剤治療は難しく・・
1種類だけ”使えるかもしれない薬”があるけれど
治療しても余命は1年くらい、このままなら
余命1〜3ヶ月、と言われたそうです。
いつ何があっても、おかしくない状態、とも。
延命はせず、緩和治療のみの方針で、家に帰れる方法を
検討することにしましたが・・
その時から、医師にはわかっていたのかもしれないです。
入院9日目。
夜11時頃、病院から義母に電話があり
「急変して危篤状態」とのこと。
義母から連絡を受けて、夫が義妹に連絡し、
夫は義母を迎えに行って病院へ。
義妹夫婦と義叔母も夜中に駆けつけて
みんなで義父の手を握って声をかけてあげて・・・
その時は、小康状態に。
夫がひとり病室に残って徹夜することにして
みんなは義実家に帰って休息。
夫はずっと様子を見ながら、時々話しかけていたそう。
義父も目を開いて、酸素マスクの下で、
何か言いたそうだったとか。
親父の額にキスしてやったよ、と夫。
翌朝、みんなが再び集まって、見守っているなかで
義父は静かに息を引き取ったそうです。
その瞬間が分かった、と夫。
私は風邪で寝込んでいたので
夫からの実況報告みたいなLINEで様子を知りました。
家族がゆっくりお別れできて
義父はみんなに見送られて
穏やかな良いお別れだったと思います。
義父と対面したのは
エンゼルケアを終えて、病院から義実家に帰ったとき。
リビングの隣の部屋で、布団に横たわる義父は
とても穏やかな良い顔をしていました![]()
葬儀屋さんとの打ち合わせで、葬儀の日程を決めたり
カタログから祭壇や棺、お料理を選んだり
親戚に連絡、出席者の確認、その他諸々の手続きなど
義母や義妹と相談しながら
夫は忙しく動き回っていました。
義妹夫婦は、ずっと義実家に泊まり込んでくれて
棺に入れる品物や遺影を選んだり
買い物に行ってくれたりしました。
11月末に、7名参列の家族葬を無事に終えました。
当日、位牌を喪主の義母、骨壷を夫が持ち
私は遺影を持つ担当をしました。
遺影は、義妹が持ちたいのではないかと思いましたが、
「お義姉さんには色々お世話になって、下の世話まで
してくれたって聞いているから、是非お願いします」
と、義妹が言ってくれたので、
お見舞いに行った時に、義父から
『最期まで面倒みてくれよーー』と言われたけれど
肝心な時に風邪引いて、お役に立てなかったのが
申し訳なくて、と話し、
最後に遺影を持つ担当をさせてもらうことにしました。
葬儀前、ナレーション担当さんがエピソード聞き取り中
義母と夫
頸椎カラーをつけた義叔母と 会場風景
次は四十九日法要です。
実家の両親は無宗教で樹木葬にしたので法事は無く、
結婚直後に義祖母の「7回忌法要」に出席しましたが、
「四十九日法要」は、人生で初めてです。


