※
※プロフィール用のカバー写真に、「雨引観音からみた筑波山、関東平野の集村」があります。
カテゴリー別のタイトル。
協力団体。
著作権、リンク許可していただいた方の一覧があります。
<内容です。>---------------------
ふるさと
ふるさとにもどりたい。
大地がある限りふるさとはいつでも待っている。
そこに土がある限りふるさとはいつでも見捨てない。
ひとりでいても、仕事をしていても、結婚していても、
ふるさとはいつでも見捨てない。
戻ってみたい。帰ってみたい。
故郷、ふるさとはなつかしい。
誰もがそう思っている。
誰もが知っている。故郷のありがたさ。
でも戻れない。帰れない。
そういう事情が多くなってきた。
すべてが許せば帰りたい。一度は姿を見てみたい。
遠い、近いじゃないんだけれど。
近けりゃ見過ごすふるさともある。
遠けりゃなおさら見えないが、
なぜか見えるようなふるさと。
見えないふるさとはいつも温かさがある。
それは分かっているのだけれど。
裸足で海を歩いてみたら、暖かかった。
ズボンをまくって入ってみたら冷たさと温かさが余計に身にしみた。
これまでの生き方はよかったのかとー。
わくわくどきどき、からだが年甲斐もなくはずんだ。
遠いふるさとはいつも思い出ばかり。
いつも見上げて空に浮かべる。
雲と重ねる。
夜は枕元。布団の中で、
「あー、きょうも寝ましょう。」
アルバムをあっちこっちめくっている。
昔描いた水彩画。
昔削った版画。
昔落書きに使ったクレヨンとBの鉛筆。
草で紙にこすり描いた草原。
花を絞り何かわからず模様を描いた。
色も、風も、匂いもなつかしい。
怖くても通った、あの時の細かった坂道。
踏むと柔らかくて壊れそうなたんぼのあぜ道。
親に叱られたっけ。
電車土手。「カコッ、カコッ。もう来るか」と線路と枕木に耳をあてた。
学校に呼び出されたっけ。
もう触れることのできないあの時の土と雑草(葉っぱ)。
祖父母の柔らか過ぎた手にも似た、
縁側の西日の陽だまり。
親の頑固さにも似た、どうしようもない気持ち。
一気に行きたいふるさとへ。
一気に駆けたい里山の坂道。
でも戻りにくい。帰りにくい。
仕事があると。
家庭を持つと。
子どもができると。
年をとると。
一気に行きたい、すべって転んだあの坂道。
--------------------
早生まれだとやはり、差があるようで、いろいろと、茨城県の言葉で、「ごじゃっぺ」
でしたね。
かなり、危ない冒険をしたものです。
遊ぶ物がなかったですから。自分たちで見つけるほかなかったですね。
そこは、やはり友だちがいたからできたことでしょうね。
でも皆、似たようなことはあったのでは。
常磐線、恋瀬川からの筑波山が一番美しいと私は思います。
スケッチが難しく、PCのペンでこういう描き方になりました。
いや自分で納得してしまいました。
きりがありません。
雨引観音(楽法寺)からの筑波山
(プロフィールカバー写真にあります)
手前は水戸。筑波山の向こう側はつくば市、下妻市。東京方面。
左は、土浦市、石岡市、霞ヶ浦方面。
:



