先週の病院から、安定剤を服用している。
薬を飲んでいると、はっきりした効果というのはよくわからないけれども
心の中で叫んでいたライオンの周りをまるで割れることのないガラス玉が囲って
ライオンを閉じ込めている
そんな感覚になる
感情が動いても、どこかそれを俯瞰していられる
いつもなら、仕事でひどく感情が動くものも、
落ち着いて対処できる状況だと思う。
先週の日曜日
夫婦で高木正勝さんのコンサートに行って来た。
高木さんのmarginalia@さくらホール
高木さんの音楽は10年以上憧れていて、でも大人になるにつれコンサートに行く回数も減り
前回のコンサート(ピアノエラ)からは3年ぶりとなる。
当日までチケットを開けていなかったのだけど、会場前で妻にチケットを開けてもらったら
前から2列目だというのを知った。
座席に着いたら、目の前にピアノ
音楽から離れた僕への神様からのいきなギフトなのだろうか
なんてことまで考えてしまった。
高木さんのことはコンサートに限らず、イベントなど参加される時にも追いかけるようにトークを聞きに行った。
8年以上前にはデビッドシルヴィアン(元JAPANのボーカル)のドキュメント映画のトークショーに
当時高木さんが所属されていたレーベルの代表と、高木さんがトークするのを知って
吉祥寺のバウンスシアターに駆け込んだのを覚えている。
参加者は10人程度と空席ばかりの中、目の前に憧れの高木さんがいることにひどく興奮していたことを覚えている。
7年前には、どうしても高木さんという人がなぜあのような音楽や世界観が作れるのかを知りたくて
京都の亀岡に一人旅をした。
亀岡、何にもなくて、駅の観光案内所の人に高木さんのことを聞いても知らないと言われた(くるりならここ出身で有名ですよ?)と別の情報をもらえたりもするくらい若い人だったんだけど。
小さなイオン以外何もない田舎を雨の中散策。
一人、亀岡の出雲大神宮を雨の中回った。裏手にある御神体の山にも雨の中一人で登った。
誰もいない。だけど、不思議と寂しさはなく、なんとなくだけど、こうした空気が高木さんの音楽に影響を与えたのかもしれないなと思った。
それから帰って数ヶ月後に、東京で伊勢神宮に関する講演会のようなものを新宿で行うのを目にした。
ゲストに高木さんが参加されるということでもちろん、申し込んだ。
講演会の前に行った高木さんのコンサートでは1000人以上の会場が満席だったのに
講演会はたった20人前後の小さなものだった。
高木さんのお話は相変わらず不思議だった(こといづに書かれている通り)。
でも、そこで高木さんが出雲大神宮によく一人で遊びに行って不思議な感覚を感じていた話を聞いてとても嬉しくなった。
当時は僕も本気で音楽をやっていたから、少なからず憧れの人に同じ音楽をする人間として近づいてるんじゃないかと期待した。
それから7年。
会場の規模は相変わらず大きく、渋谷のさくらホールでのコンサート。
目の前で高木さんの演奏をきく。
こんな席を用意してくれた神様は何を伝えたいんだろうと、どうでもいいことさえ感じてしまった。
コンサートは、いうまでもなくとても良かった。
どちらかというとかつて演奏で描かれていた「人や感情」よりも
7〜8割りが高木さんの感じる自然(大きな広いたくさんの存在)によって奏でられていると感じた。
どちらかというと昔のYmeneの方が個人的には好きだけど、それでも今回も泣いてしまうくらい良かった。
一緒につれて行った妻も、自然と涙を流していた。
曲によっては、あぁこれは高木さんの大切な人との曲なんだろうなと感じるものもあった。
終演後、本を妻に買ってもらい高木さんにサインをしてもらった。
可愛いサイン。
出雲大神宮の話をしたけど
あまり乗ってこられなかった(時間も限られたからもあるけど)
ちょっとがっかりしたけど、それでも言葉を交わせただけでも嬉しかった。
僕は昔の高木さんの音楽や、キースジャレットのthe melody at night with youなどの
もう少し人に寄り添ったような、音楽が好きなのだなと改めて思った。
自分もまた、そうした音楽を作る日が来るのだろうか。
どうだろう。。
今は胸の中のライオンは、クスリの効果もあってか眠っている。
そんなライオンが、どこか愛おしくてたまらなくて
涙が出そうになる。
本当の思いは
そこにあるのかもしれない。




