§地上15Mの遠距離恋愛 9
「新開さんのあの眼は絶対『いけ』の合図だとばかり・・・」
本日の営業を終えたリストランテの中で、今日の出来事を振り返った光がブツブツとぼやきながらテーブルクロスを綺麗に畳んでいた。
ランチに来た蓮のことを誤解した光が、キョーコを守ろうと割って入る前にフロア主任の新開に同意を得るように振り返ったのだ。
それに新開は笑顔で答えてくれた。
だからこそ間に入れたのに・・・
「ええ~?勝手に困るな~俺は『見守れ』のつもりだったのに~」
「えええ~!?ひどいよ・・・」
落ち込む光に新開がにこにこしているのを、黒崎は顔を引きつらせていた。
(いや、絶対面白いから笑ってただけだと思う・・・)
そう思いながらも、黒崎はこちらに火の粉がこないようにするためあえて黙っておいた。
「でも、黒崎の方だよね~意外なのは」
「・・・・・は?」
黙っていても飛んできた火の粉の形が違うため、黒崎は首を傾げて新開を見た。
「何がだ?」
「何って・・・キョーコちゃんを早めに帰しちゃうとか・・さ?」
少し意味ありげに見てくる新開に、黒崎は素知らぬふりをした。
「アイツ病み上がりだろうが・・」
「でも、また『あの彼』と深夜までロミオとジュリエットみたいなことするんじゃない?」
「また風邪ぶり返さないといいがな?」
新開の言いたいことをわざと気付かないようにかわすと、新開はカウンターを乗り越えてきた。
「それこそ『俺の部屋にくれば?』という口実がつけるんじゃない?」
「・・・・・・・・」
ガシガシと鍋を洗っている黒崎に、新開はなおも意地悪く囁いてきた。
「これでキョーコちゃんもようやく新しい恋に迎えるかな~?ずっと見守っていたのにね?」
少しでもハッパをかけたつもりだった新開に対して、黒崎は笑って見せた。
「確かに見守ってきたけど、アイツが幸せになればいいという俺のエゴだ・・・」
「まだ・・気にしてるの?キョーコちゃんを振ったのが、黒崎の知り合いだっていうこと・・・もうそろそろ・・・」
「気にしてねーよ!」
洗い終わった鍋を、ドンと置くと事務所に怒りながら戻っていく黒崎に新開は小さくため息をついた。
「気にしてんじゃん・・・」
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「えっと・・・こんな風に会うのは初めてで緊張するね?」
蓮は、向かいに座るキョーコに笑顔を向けた。
すると、キョーコは飲みかけていた水をゴフッとむせた。
「ごめっ・・大丈夫?」
おしぼりを渡す蓮に、顔を真っ赤にしたキョーコが頷いた。
ランチでのやり取りではきちんと自己紹介もできなかったキョーコは、帰り際の蓮と連絡先を交換したのだ。
自分でも信じられないくらい行動的だったと、今この場にいても思うキョーコは緊張しすぎていた。
「ごほ・・だ・・じょうぶ・・・ごほ・・・です・・」
蓮に渡されたおしぼりを使いながら、キョーコはそうかろうじて返事した。
二人がいるのは、自宅近くのファミレスだった。
すでに深夜1時近くのため、空いているお店など限られている。
自宅に招く間柄にしてはまだぎこちないため、蓮の提案でここに来ていた。
「忙しそうだね?こんな遅くまで・・」
「敦賀さんこそ・・・モー・・奏江ちゃんからとても忙しい人だと聞いていたんですよ?」
「まあ・・仕事以外することもなかったから・・・・」
「そう・・ですよね・・私もそうです・・・」
ベランダ越しなら、あの高低差があれば会話が弾むのに声も聴けて目の前にいるのに会話がまた止まってしまった。
気まずさに、キョーコはドリンクバーに紅茶を取りに行った。
(はああ・・・なんでこんなに緊張するんだ・・・)
今までとは違う、自分が自分ではない感覚に蓮は戸惑っていた。
「俺も取ってくるね・・」
「あ、はい・・・」
キョーコが戻ってくると入れ替わりで蓮が席を立った。
キョーコは砂糖を入れてカチャカチャとスプーンで混ぜている間に、頭の中もグルグルと回った。
(いやああ~!もうダメだわ・・きっと会話してみて面白くない女だとばれてしまったのよ・・・きっと早く帰りたくて・・このまま戻ってこないとか・・)
すると、蓮はキョーコの予想を反して戻ってきた。
「なにか注文しようか?仕事終わりだからお腹すいてるよね?」
「いえ・・あの・・・」
「あ・・そうか、深夜だから・・」
蓮の気遣いに、キョーコは申し訳なくなって首を振った。
(そうよ・・この人はとてもいい人なんだわ・・・嫌でも置いていくことなんてできないよね・・ここは、早く帰らなくちゃ・・)
「あ、明日も早いですよね?私は9時に出ればいいので・・」
暗にもう帰ろうという意思表示をしたつもりだったが、蓮はキョーコの意思をくみ取れなかったのか笑顔で大丈夫だと言った。
「いつもならまだ君と話している時間だし、大丈夫だよ」
「そう・・・ですか・・・」
「・・・もしかして・・もう、帰りたい?」
「へ!?」
キョーコは、蓮に気を使って早く帰ってもらおうと思っていたのにそう聞かれて戸惑った。
「いえ・・その・・・敦賀さんが・・・もう、帰られたいかな?って・・」
「俺?どうして?・・・やっと君と直接話せる時間ができたのに・・・」
「でも・・・」
気まずそうな顔をしたりする先ほどの蓮を思い出し、キョーコは言いよどんだ。
「・・・まあ・・その・・緊張して言葉が出なくて・・・つまんない思いはさせているかな・・と思ったけど・・・」
「え・・・」
自分と同じように緊張しているなど思えなかったので、キョーコは驚いて目を丸くした。
「あ、そうだ!いつもみたいにしようか?」
「いつも・・みたい?」
すると蓮はチャイムを押して、店員を呼んだ。
「すみません、ビール一つ・・あ、グラス二つください・・あと・・・この枝豆とソーセージ盛り合わせも」
「敦賀さん!?」
「いつもみたいなら話も弾むかなって?」
まるで悪戯っ子のような表情になった蓮に、キョーコはただただ目を丸くするしかなかった。
「お待たせいたしました」
ビールとともにおつまみもそろい、蓮にビールを注いでもらったキョーコはおずおずと蓮と乾杯をした。
「くっは~・・うまっ」
「・・・・っぷは・・おいしい・・・」
いつもよりずっと上品にコップに注いで飲んでいるのに、いつもよりもおいしく感じたキョーコはようやく表情を崩して微笑んだ。
「よかった・・・やっと笑ってくれた」
「へ?」
「お店であってから、ずっと顔が強張っていたから・・・急に現れて驚かせちゃったな・・って実は少しショックだったんだ・・・」
「そんなっ・・驚きはしましたが・・嫌だったわけじゃ・・」
「うん、だから帰り際に連絡先を一生懸命聞いてきてくれて嬉しかったんだ・・・だから、早くちゃんと話がしたくてここに来てもらったんだけど・・・ちょっと強引だった気もしていたから・・・やっぱり、いつものアイテムのおかげかな?」
ウィンクしながらビールのコップをあげる蓮に、キョーコは思わず笑ってしまった。
「ですね?」
キョーコも同じようにコップをあげると、再度乾杯をした。
その後二人は、先ほどまでの気まずい雰囲気はどこへやら。
楽しく会話を弾ませるのだった。
ちゃんと声のある。
つづく