†お客様は神様です。   16 | なんてことない非日常

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† お客様は神様です。   16





 「・・・何・・その顔・・」


少しだけ赤く腫れ上がったように見えるキョーコの頬を見つけた奏江は、目を丸くした。


「あ・・ちょっと眠気が襲ってきたから・・気合?」


「まったく・・・接客業なのに・・いくら一般のお客様がいないからってそんな腫れるまで叩かなくったて・・」


「あはは・・気合入れすぎちゃった」


「まったく・・・いくら本格的にオープンしていないからって・・今夜は一応のお客様がお泊りになってるんでしょう?」


「一応って・・・ちゃんとお客様です・・・それに、百瀬さんも異常はなかったそうだから今夜はいつもの通りに静かだと思うし明日の朝にはちゃんと治っているわよ」


「へえ・・・あの二人、泊まる事になったんですか?」


奏江にらしくないいい訳をしているキョーコの話に、千織が突然姿を現し首を突っ込んできた。


「天宮さん!?・・・」


「フロアーチェック、23階はしなくていいって・・・そういうことだったんですね?」


いつも全部屋のフロアーチェックと、抜き打ちで部屋内のメンテチェックをプレオープンからしていたのだが先程客室清掃係りに蓮たちの泊まっているフロアーはしなくていいと通達したのだ。
その確認に千織が事務所まで来たらしい。


「ごめんなさい、急だったから事情が伝わらなくて・・」


「今後気をつければいいわよ・・・でも・・・単なる部下のために一緒に泊まっちゃうなんて・・・敦賀さんとその部下さんって・・・」


そういいながら千織は、意味深な笑顔を絡ませ奏江を伺った。


「こら!例え正規のお客様じゃなくても、プライバシーを詮索しちゃダメ!」


奏江に二人の関係をこっそり聞こうとしたのだが、それをキョーコにしっかりと釘を刺され千織は「はあ~い」と回れ右をして自分の持ち場に戻って行った。


「・・・まあ・・敦賀さんもプレオープンの時に泊まってもらっているから、ここ2週間で改善したところで気になる箇所を教えてくれるといいわね?」


「え?・・・・うん・・・・」


奏江の言葉にキョーコは段々曖昧な返事になってきていた。
先程の千織の言葉に、先程の光景が思い出されてしまったからだ。


(・・・・ただの・・・部下なら・・・)


『・・・・私・・・敦賀主任のことが・・・好きです!・・・・きっと・・・敦賀主任がお礼を言って下さった時から・・・だから・・・そんな苦しそうにあの人を想っているなら・・・私っ』


そう、あの時の会話はキョーコに聞こえていた。

あの時、従業員用の扉を出たところで人の声が聞こえてきたのだ。
百瀬の声に目が覚めたのだと急いで話し声がする方に向かった。
その瞬間、はっきり聞こえた言葉がアレだった。


(苦しそうに・・・)


一途に想いを伝えてくる蓮から逃れるしか頭になかったキョーコに、百瀬の言葉が突き刺さった。

キョーコには苦しい表情など微塵もしない。
どちらかというと、少し寂しそうに微笑んでくれる。
でも、もし自分のせいで蓮が苦しんでいるとしたら。


(こんな私なんかを好きにならないで、百瀬さんを好きになれば全部丸く収まるのに・・・・)


そんなこと言えばまた蓮は寂しそうな顔をしてしまうだろう・・とキョーコが小さな重いため息をついた瞬間、奏江に片耳を引っ張られた。


「聞いてるの!?キョーコ!!」


「!?」


「さっきから呼んでるんだけど?!敦賀さんから内線。部屋に今すぐ来て欲しいいって」


「え!?」


頭の中にまだ奏江の声が響いて、目を回していたがそう伝えられグリンと頭を奏江の方に向けた。


「何でも、旅行企画を新しく思いついたらしくて確認したいことがあるから至急来て欲しいって」


つい、今しがた考えていた蓮の事を口に出されキョーコがワタワタと動揺している姿に奏江はため息をつきながら内容を話した。


「わ、わかりました・・・行ってきます・・」


動揺を隠せないまま、ヨロヨロと引っ張られた耳をさすりながら蓮の元へ向かうキョーコの後姿を見つめ帰ってきたら何があったか聞き出してやろうと奏江は密かに心に決めたのだった。




***********



部屋の呼び鈴を鳴らすと、直ぐにドアが開きキョーコは笑顔で出てきた蓮に部屋の中へ招き入れられた。


「ごめんね?急に呼び出して・・」


「いえ・・・それで・・思いついた企画とは何ですか?」


既に蓮の格好はバスローブではなく、きちんとアイロンを施されたワイシャツを身につけていた。
しかし、ジャケットは着ておらずネクタイも外し襟元を開いてすっかりリラックスモードだったのか着崩していた。

その姿に、濡れたシャツを脱いだときに垣間見てしまった筋肉質な身体を思い出してしまいキョーコは視線を反らしながら早くここから出たいがために話を先に進めさせた。


「こっちきて?」


すると蓮は、窓際にキョーコを呼んだ。
窓には遮光カーテンがしてあるのだが、今は蓮によって全部綺麗に開かれている。
そのため、窓に映るのは眩い夜景だった。


「この夜景もお客様には喜ばれるだろうけど・・・あそこ見て?」


蓮が指差したのは丸い円を描く様に虹色の光を放つ一角だった。


「・・・観・・・覧車?」


形状と、忙しなく様々な色を放っていることを推察してそう答えると蓮は頷いてくれた。


「この近くに新しく出来た、アミューズメントパークにある観覧車なんだ」


「よくご存知ですね・・・」


「・・・・実は、百瀬さんに誘われて下調べに行っていたところなんだ・・・そこで百瀬さんが気分悪くなってしまって・・・」


「・・・・・・・・・デート・・・ですか・・・・」


苦笑いをしながら小さくぼやいたキョーコの言葉に蓮は目を丸くした。


「違うよ!?あくまでもこのホテル近隣のレジャー施設の下調べで・・・」


しかし、先程思い出してしまった小さな棘から滲み出すモヤがキョーコの口をさらに動かした。


「いいんです・・敦賀さんが誰と何処で何をしていようが、私にはなんの関係もありませんから・・百瀬さんの方がずっとお似合い・・・」


そこまで言ってからキョーコは慌てて口をつぐんだ。
今しがたこんなことを口にすれば、蓮がまた寂しそうな顔をすると考えていたばかりだったのに・・・。

しかし、蓮は笑顔も・・困った顔も・・寂しそうな顔も・・苦しい顔もしなかった。


「最上さん!」


少し怒ったような声に、キョーコの小さな肩がびくりと揺れた。


「俺は、君がもう一度恋が出来るようになるまで待つって言ったけど・・・君から離れてあげるとも、君以外の誰かと過ごして待つとも言ってないよ?」


蓮の怒った声と雰囲気に、キョーコは顔を上げられなくなった。


「だ・・だって・・・・こんな私を待っているなんて無駄な時間を使わせているのに・・・さらに苦しめているなんて・・・」


予想以上に怒って返してきた蓮にキョーコは俯いたままそう言いつのった。
そんなキョーコの旋毛をじっと見つめていた蓮は、少し考えた後小さく息を吐いて口を開いた。


「・・・・やっぱり・・・あの時、聞こえてたんだ・・・・」


「す・・すみません・・・」


「いいよ・・・でも・・心外だな・・・」


諭すように落ち着きを取り戻した蓮の声に、キョーコはそろっと顔を上げた。


「?」


「君を好きになったのは俺だから・・・ふとした表情を周りに苦しいと思われても、それは本当じゃない・・・本当に苦しいのは、君に俺の想いを否定されることだから」


真剣な蓮の眼差しにキョーコは慌てて頭を下げた。


「!!・・・・すみま・・せん・・・」


「うん・・わかってもらえればそれでいいよ・・・ただ・・・・・・・・」


「ただ?」


顔を上げたキョーコは、続きを言わない蓮に首を傾げた。


「・・・・あ・・いや・・・いいや・・・」


「?・・なんですか?」


「いや・・いいよ・・・」


「なんですか?!そうやって途中で止められると気に・・なるんですが・・・」


「じゃあ言うけど・・・・ただ・・・キス・・・したくなっちゃたんだけど?」


「・・・はあ!?」


「だって・・・そういう風に思うって言う事は、さっき確認した・・ちょこっとだけ俺のことが気になっている・・・だけじゃ・・ないっていうことだよね?」


「!?」


図星を指されたのか、キョーコがビキッと体を固まらせた。


「だから、俺の気持ちが君に近づいているような気がして・・キス、したくなっちゃたんだ・・・責任、とってもらおうかな?」


イタズラっぽくキョーコに視線を合わせるように、屈むとキョーコは一歩後ずさりした。


「せ、責任っ!?」


「クスクス・・冗談だよ・・・そうそう、企画なんだけど」


一人アタフタしているキョーコから、蓮はあっさり身を引いてまた窓の外に視線を向け企画の説明をし始めた。

しかし、冗談にされてしまったことがなんだか悔しいような気がしてキョーコは少し憮然としない顔で蓮をみつめていた。


「・・・・・なに?」


その様子に気づいた蓮が振り返りキョーコの顔を覗き込もうとすると、ふい・・と顔をそらされてしまった。


「何でもありません」


「・・・なにかな?俺だってそんな態度とられると気になるんだけど?」


「・・・何でもありません!・・・ただ・・」


「ただ?」


「・・・・やっぱり私の事、子ども扱いのまま・・なんですね?」


「え?」


百瀬さんは部屋に入れないようにされていたみたいなのに・・・私はあっさり入れて、私が過剰反応することがわかっててワザと意地悪いってみたり・・・。

ブツブツと文句を言うキョーコの顔は、愛らしくほんのり朱色に染まっていた。

その横顔に蓮は、大きなため息をついた。


「・・・本当に子供だな」


「な!?」


蓮の冷たい一言に、キョーコは一気に頭に血を上らせて顔を振り上げると瞳に暗い光を宿し見下ろしてくる蓮に息を飲んだ。


「・・・じゃあ・・・やっぱり、しようか?・・・キス・・・・」


目を見開いて固まっているキョーコの頬に、蓮の大きく温かな掌がそっと添えられると夜景の光を薄っすらと浴びた端正な顔がゆっくりと近づいてくるのだった。






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