§心の天秤   9 | なんてことない非日常

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§心の天秤   9





 「っつ!!お前!!敦賀さんとまとまったんじゃないのか!!?」


蓮に連れて行かれてしまった奏江の背中を口惜しそうに睨みつけていた飛鷹は、昇華できない苛立ちをキョーコに向けた。


「そ、そういうわけじゃ・・・・」


「ああ!?」


歯切れの悪いキョーコの返事に、飛鷹はさらに目を吊り上げた。


「つ・・付き合うとか・・まだ、考えられないし・・・・・」


ごにょごにょと指と指を突き合わせながら、顔を真っ赤にして言いよどむキョーコを飛鷹はじと・・・っと見つめた。


「どういうことだ?」


「だ・・・だから・・・・」


キョーコは、先ほどした蓮とのやり取りを飛鷹に話し始めた。



*************



「傾いた天秤同士をくっつけない?」


告白された後でその言葉の意味がわからないほど、鈍くは無い。
しかし、直ぐに反応できなかったのはキョーコの脳が半分機能停止していたからだ。


「・・・・最上さん?」


「っは!?そ、そのっわ、私っ」


はわわわわっと口をへにゃへにゃにしながら、キョーコを伺う蓮になんと返していいのか迷っていると蓮はそれがわかっていたのかフワリと微笑んだ。


「!?」


「うん、意識してくれただけでもすごい進歩だから・・君の答えが今は聞けなくてもいい」


スッ・・・と、蓮の手がキョーコに伸びてくるとキョーコは目を瞑り体を強張らせ首をちぢ込めた。


「ただ、逃げないで・・・少しずつでいいから・・俺を受け入れて」


髪の先だけをクン・・と引っ張られた感覚に、キョーコは瞑った目をゆっくりと開いて蓮を見上げた。


「君の・・その気持ちを受け入れて・・そして俺も受け入れてくれると嬉しいよ」


少し寂しそうに見える笑顔に、答えを口に出来ない自分が情けなく思えた。


「・・そろそろ戻ろう、さすがにこれ以上は待たせるわけにはいかないからね?」


「・・・・・・はい・・」


頷いたキョーコに、蓮は手を差し伸べてくれたがキョーコはそれを取ることが出来なかった。




**************



(・・・まさか・・モー子さんがあの手を取って一緒に行っちゃうなんて・・・・・)


シュン・・・と項垂れるキョーコに飛鷹は折角セットされている頭をガシガシと掻いた。


「・・・お前・・なんでそんなに拒むんだ?俺の目から見てもお前の気持ちなんてバレバレ・・」


「今は!!・・・・・・・今は・・・とにかくこの役に集中したいから・・・」


眉間に皺を寄せ今にも泣きそうな表情でそう小さく叫んだキョーコの迫力に飛鷹は圧倒され、それ以上何も言えなくなった。


「この話は終わり!・・私たちもスタンバイ・・・行こう?」


少し無理をしたように見せる笑顔は、役のせいなのかキョーコの心情からだったのか飛鷹が計り知ることなど出来ないのだった。




+++++++++++++++



「・・・・さんっ・・・小崎さん?!」


「え?・・・・あっ!ごめんっ・・・なんだったけ?」


「・・・・・・・・・・・」


ようやくお互いの想いが通じ合って始めてのデートなのに、先ほどから蓮は上の空だった。

その様子に奏江は、きゅっと唇を引き締めると無理に微笑んだ。


「あの・・・なにか用事があるのでしたら、今日はもう・・」


「え・・」


奏江の提案に、蓮は驚きの表情を見せた。
なぜなら、先ほど待ち合わせ場所で落ち合い街中を歩き始めたばかりだったからだ。


「・・・小崎さん、さっきから上の空ですし・・それとも・・私とじゃ、やっぱり退屈・・ですよね?」


寂しそうに微笑む奏江に、蓮は先ほどまでの自分を内心叱りつけながら何度も首を振った。


「違う!違うんだ・・・」


いつもは冷静沈着で仕事をこなす姿しか見てこなかった奏江にとって、今の蓮の表情は初めてみる素のもので寂しさを吹き飛ばすほどの驚きを得た。


「・・そうじゃ・・なくて・・・」


しかし、蓮はまた押し黙ってしまい事の真相を聞けぬまま二人は重い空気を抱えしばらく一緒に過ごした。





「・・・はあ・・・・・」


思ったようなデートになることもなく、送ると言ってくれた蓮を断り早々に家の近くまで帰ってきた奏江は大きくため息をついた。


「あれ?・・・・」


その顔を上げた先に、見覚えのある人影が自宅アパート近くにいるのに気が付いて慌てて駆け寄った。


「海斗くん?!どうしたの!?」


奏江は飛鷹の姿に驚きながら駆け寄った。
いつも奏江とキョーコが雑談に使っている喫茶店のウェイターで、実は小崎の弟だった飛鷹はいつの間にかキョーコがいない時に相談に乗ったり乗られたりしてくれる頼もしい友人になっていた。


「・・・・有理さん・・・」


「何か用だった?」


いつもなら携帯に連絡を入れてくれるのに、何も連絡をしてこないで待っていることなど初めてで奏江は途惑った。


「・・・・兄貴と付き合うことにしたって・・・本当?」


いつもの明るい笑顔は何処に行ってしまったのか・・・。
仄暗い表情は、薄暗くなってきた周りの空気まで巻き込んで少し恐ろしい気配を帯びさせたため奏江は思わず後ずさった。


「う・・うん・・・・」


それでも一応頷いたが、頭の中に先ほどのデートがフラッシュバックして飛鷹の目の前で俯いてしまった。


「有理さん・・兄貴といつから付き合い始めたかわからないけど・・・アイツ、他の女と会ってるよ?昨日も会ってた・・・」


「え・・・」


心の中にあった小さな黒い種は、海斗の言葉によってあっという間に育ってしまった。


「アイツ・・面倒見いい兄貴だし俺も尊敬してる・・・けど・・・有理さんには合わないよ・・・だって・・その一緒に会っていた女の人は・・・」




「あ!小崎主任・・お呼びだてしてしまってすみません」


「いや・・・いいよ、それより急ごう」


「はい!」


蓮は奏江と別れたその足で、そのまま会社前で待っていたキョーコの元に来ていた。
そして、二人は慌しく社内に入っていくのだった。

そうやって会っていることを、奏江が飛鷹から聞かされているとは知らない蓮はマナーモードにしたまま放置してしまった携帯を後々恨むのだった。


乾いたコール音が奏江の耳に何度も届くうちに、黒く歪んだ花が胸の中を埋め尽くすまでそう時間はかからないのだった・・・。



++++++++++


「よし!オッケイだ!!」


監督からの映像チェックも終わり一同がほっと胸を撫で下ろすと同時に、蓮はサクサクとキョーコの元にやってきた。


「最上さん、今度のシーンで相談があるんだけど・・」


「あ、はいっ・・モー子さん待っててね?」


奏江と雑談していたキョーコが蓮に呼ばれて去っていくのを、奏江は安堵の息を付いて見送った。


(今度はあの子に切り替えたのかしら・・・・というより元に戻った感じね?)


話し声は聞こえないが、何か無理難題を言われたのだろう蓮と話しているキョーコの顔が見る見る赤くなっていっている。


(・・・・またおかしな方向に話を持っていかないで、素直に全部話せばいいのい・・・)


告白はしたと言っていた蓮だが、肝心なことはまだ話してなさそうだと直感が訴えていた。


(どれぐらい前から見ていたとか、あの手この手であの子を掴まえようとしていたとか・・・・・・知ったら逆に逃げ出すかしら・・)


そう考えていた時、不意に先ほどの必死に何かを訴えようとしていた飛鷹の顔がフラッシュバックした。

お前のこと・・・他の誰よりわかってると思う・・わかりたいと思うし・・いつも・・・見てるから・・・


「・・・・・・・・・・」


奏江はマネージャーの松田さんを叱り付けている飛鷹をこっそり覗き見た。

あの時、最後なにを言おうとしていたのか、奏江はまだ計り知れていないでいる。
しかし、勝手に心臓が大きく鼓動を打ち顔も耳も熱くなってくるのを止められないのに少々途惑い始めるのだった



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