今日は同じ境遇にある方と、私自身に向けてのエールのつもりで書かせていただきます。
事情があって、ここのところ本業(看護師)としての勤務がふえました。
新しい仕事内容もあり、今少しずつ勉強しているところです。
大変ものおぼえの悪い私ですがスタッフのみなさんは親切に教えてくださり、とても感謝しています。
ただ、次の展示に向けて刺繍家としての活動ができないのが悩みです。
時間がないのもですが、年齢を重ねたからだには仕事のあとの細かい作業がつらいというのも正直なところです。
ものづくりや表現活動をなさるみなさんの中にも同じ悩みを抱えておられる方はいらっしゃるのではないでしょうか。
仕事に育児、家族の介護、ご本人の体調不良、家庭内の問題…
色んなご事情があって活動ができずにいる、という方もおられると思います。
そういう時、みなさんはどんなふうに心を保っておられるのでしょう。
私は前述のとおり、ものおぼえが悪く何ひとつうまくできません。
昔から他人の3倍は努力しないと人並みに勉強も仕事もできませんでした。
「天然ボケ」と愛情を込めて言ってくださる方もいますが、私自身としてはそういう自分がなかなか好きになれません。
けれど刺繍をしている時だけは自分を許せる気がします。刺繍だけが私が私でいていいと思える世界です。
制作活動ができなくなるということは自分の居場所がなくなるような気分です。
他のクリエイターの方に溝をあけられるという焦りも感じます。
そして
「制作できないのは時間をつくる努力が足りないのだ」
「きついくらいなんだ」
「眠たいのがなんだ」
と、自分を責めはじめます。
焦りを感じた時、どのように対処したら良いでしょうか。
色々調べてみました。
日経Gooddayさんのネット記事
ズバリそのこたえを教えてくださるこちらの記事によりますと、まず自分が何に焦りを感じているのかを書き出す、ということでした。
実際に書きだしてみると、できていないことや足りないことがさほどたいそうでないことが分ったり、100くらいあると思っていた不足(自分ができていないと感じること)がほんの少しだけだと気づいたりします。
そして比較することをやめる、ということ。
私は起床後SNSを開くのが日課になっていたのですが、しばらくこれをやめてみました。
ものづくりをする皆さんの投稿にいつもやる気と元気をいただいていたのですが、逆境の中では自分を焦らせることにきづいたのです。
そしてそれを眺める時間を制作にあてることにしました。ほんの2~30分ですが、少しづつでも自分を前に進めていけているという安心感につながります。
ここからは私のみつけたやり方になりますが、たとえなにひとつできてなかったとしても、身体がきつくて眠たかったらさっさと寝てしまう、ということです。この場合、寝入りばなにダラダラ携帯電話やテレビをみたりせずに、休むのです。
明日の自分のために、今日自分が何かをしてあげたことを大切にするのです。
そして、かつて出会ったアーティストの方の言葉を思い出します。
この方は自治体の補助金を受けてすばらしいアートプロジェクトをくり広げられている方ですが、天候や条例などでうまくことが進まないことも多々あるそうです。
『何かのトラブルや不都合でプロジェクトが進められない時には、再び動き出せる時に体も心もベストな状態でリスタートできるよう、自分を整えることも“プロジェクトの一部”だと考えます』
私はいつもこの言葉に励まされます。
そしてもうひとつ、
『待つことも祭りのうち』
この言葉を思い出すと、胸に小さな灯がともるような気がします。
待つことも、進んでいることの一部。
休むことも、作品の一部。
そう思うと、何もしていないように見える時間にも意味があるような気がします。
刺繍をしていなくても、私はきっと糸を見ています。
動けない時期にも、心のどこかで次の色や形を探しています。
そして、またじっくりと腰をすえて糸を手に取る日、その時間のすべてが作品の中に静かに流れ込んでいくはずです。
そんなことを考えながら、今は目の前の仕事をひとつひとつこなす毎日です。
思うように制作ができない、というみなさんも、焦り苦しんだ時間はかならずご自身の血肉となることを頭のかたすみにおいてくださると幸いです。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
ナース刺繍は脳神経内科看護師刺繍家として人体や医療画像をモチーフに
「今、生きていること」
「内観」
をテーマに制作をしています。
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