声優になるという夢を捨てて高校に進学した僕は、奨学金を2社からもらい、アルバイトをしながら昼間の公立高校に通いました。

 

そのころから父は、会社の退職金(中卒の学歴だったのに、大企業に勤めていた)を元手に、母と二人でスナックをオープンしていたんですが、父の具合が悪くなるにつれ、接客ができない母が店を回していくことになり、どんどんと経営が悪化していきました。

 

僕が高校を卒業する頃になると、経営はかなり厳しい状態に陥り、父も僕も店を守るために外に働きに行くという、わけのわからない状態になっていました。

 

仕事とは、自分の時間を提供した対価である。

 

仕事に対して思い入れのない僕は、自分の時間というものを企業に売った結果が給料だと思っていました。

 

当然、そんな考え方の人間が仕事に対して真面目に努力するわけもなく、高校を卒業してすぐについた職場をわずか3ヶ月で放り出し、家を飛び出します。

 

親を養う重圧に、ロボットの様に働いてお金を得る人生に、嫌気が差したのです。

 

とにかくどこでもいいから逃げ出したい。

誰も知らない土地に行けば、新しい自分に出会える気がしたんです。

 

でも、お金もない、寝るところもない、仕事もない、これからどうするというビジョンもない。

あっという間に食べられなくなり、10日あまりの家出は終了します。

 

貧乏は待ってくれない

 

家に帰ってきた僕を、心配してくれたのは帰ったときだけで、3日もすれば『働かずもの食うべからず』の仕打ちが待っていました。

 

家にいても肩身が狭い。

かといって、外出など許されるはずもなく、未成年のくせにお店を手伝ったりしていました。

ある時、常連のお客さんから派遣の仕事を紹介してもらって、家から出ることに成功します。

 

リゾートホテルの皿洗いの仕事だったので、寮生活になったんです。

 

寮生活は、親の監視のもとからは解放してはくれましたが、環境的には劣悪としか言いようがありませんでした。

畳敷きで20畳ほどの広さの広い部屋に、数畳ほどのスペースが与えられますが、そこに仕切りなどはなく、無造作にひかれた布団と、その周りに置かれた自分の私物があるだけで、繁忙期には8人ほどで生活をします。

 

当時の自分からはおじいちゃんにしか見えなかった50過ぎのおじさん、酔っ払って常に絡んでくる40代のジジイ、たまによその部屋からもチンピラのような怖いお兄さんが博打をしにやってきました。

 

朝8時から夜11時くらいまで仕事の時間だったので、寝るぐらいにしか部屋には帰らないのですが、こんな環境が嫌だった僕は、仕事が終わると明け方まで遊びに行ってました。

 

金銭感覚の崩壊

 

ここの職場は、前の職場に比べて給料は倍くらいになっていました。

家を出るときの取り決めで、給料の半分は家に収めるとなっていたのですが、それでも多い時には手元に10万円以上のお金が残ることがあり、しかも寮生活で飯もついていたので出費はほとんどなく、当時30万円もした最新高級コンポなどをポーンと買ったりしていました。

 

また、子供のころから親に付き添ってパチンコ屋に行っていたので、ギャンブルなどにもどんどん手を出していきました。

 

 

最初の頃は、寮生活をしていても子供扱いをしてくれていた怖いお兄さんたちも、1年も勤めていると、カモとして見始めます。

とんでもないレートのマージャンやポーカーなどのギャンブルに頻繁に誘われるようになっていきました。

このままではまともな人間にならないと思った僕は、逃げるように仕事を辞めました。

 

この時に手に入れたものは、中古車、運転免許、コンポ、テレビ、ゲームソフト等とともに、壊れた金銭感覚でした。

 

子供の頃、歩いてしか移動できない行動範囲から、自転車を手に入れ広がっていく行動範囲のように、手に入れるお金の量の増加によって出ていくお金の量も変わっていったのです。

 

 

 

 

 

いつもご購読ありがとうございます。

 

 

 

初めまして。

カリーと言います。

 

1967年生まれです。

早いもので生まれてから半世紀が過ぎてしまいました。

人生100年時代と世間で言われるようになり、まだまだ半分!と強がる一方で、あと50年生きていけるのか?という不安を漠然と抱いていました。

 

  • 死ぬまでの収入は?いったいいくら必要?

  • 今の仕事はいくつまでできる?いくら貯金ができる?

  • いったいいくつまで健康でいられる?

  • たくさんできる時間をどう使う?

 

こんなことは、今まで考えたこともありませんでした。

 

それというのも、僕の父は67歳で亡くなっています。

父方の祖父母も、母方の祖父母ももう30年も前に亡くなっています。

 

「きっと自分も、そんなに長くは生きない。」

 

なんとなくそれが当たり前のように思っていたんです。

だから、老後の心配なんてバカらしい。

と思い、考えてもいませんでした。

 

会社に長年勤めていれば安心

 

 

会社の中でもリーダー的な存在で発言力があり、自分の予定よりも会社の予定を優先するような人材。

自分で書くのもなんですが、そんな存在になっていると思っていました。

しかしある時、いきなり部署替えしろと言われ、下っ端の手伝いのような立場に追いやられるという、安いドラマのような現実が待っていたんです。

 

「これはさすがに今後のことを考えないとマズイな・・・。」

 

100年どころか、数年も生きられなくなってしまうかもしれない。

こう思い、老後に必要なお金はどのくらい必要なんだろう?と調べたんです。

結果はいろいろありましたが、約25万円くらいという答えが多かったです。

 

それに対して、収入は・・・やばい。

将来のことなんて全く考えていなかった僕は、年金なんてロクに収めていなかった期間が長かったので、年6万円というとんでもない数字をたたき出していました。

しかも、借金はあれど貯金は0円・・・。

 

もし、万が一会社で「クビ!!」とかになったら、すぐにでも生活できないことになってしまいます。

 

「これはマズイ、マズ過ぎる・・・。」

 

付け焼刃の代償

 

そんな時に耳に入ったのが、『仮想通貨』です。

会社の若いやつが、一生懸命になって宇宙人のような言葉を話しているんです。

 

僕は会話に自然に入ろうと思い、携帯電話でググりまくりました。

専門用語を覚えるために、3日間必死に記事を読みあさりました。

 

そして、何とか会話に入り込むことに成功し、仮想通貨デビューしたんです。

毎日少しずつ増えていく様子に喜んでいたのですが、投資金額が10万円位になったころ、暴落・・・。

 

気が付いた時には、1万円位の価値になってしまっていました。

 

夢を追っていた時代

 

僕が30歳くらいの頃、どうしてもあきらめきれない夢がありました。

それは、『声優』という職業。

 

14歳の頃、『機動戦士ガンダムⅡ哀戦士編』という作品を初めて観て、こんな作品の人物になれるってすごい!って思ったんです。

だって、俳優になるための体のパーツは僕には一つもないけど、アニメなら何にだってなれる!と思ったんです。

 

でも、当時は声優という職業はありませんでした。

アニメのアフレコをやるのは、俳優という職業の人がやっているということを知ったんです。

どうしても声優になりたかった僕は、俳優養成所のオーディションに親に内緒で申し込み、なんと、最終選考に残っちゃったんです。

親を必死に説得し、何とか会場まで連れて行ってもらうと、結果は合格!!道が開けたと思った瞬間でした。

 

しかし、入所から半年くらいが過ぎたころ、父親が発作で倒れます。

小さい時にはわかってなかったのですが、父親の病は思いのほか深刻だったらしく、今度発作が起こったら危ないといわれている中での発作でした。

もう中学3年になっていましたから、事の大きさはすぐに理解しました。

 

「これは、中学を卒業したら働きに出なきゃだめだな・・・。」

 

当然、俳優養成所は辞めなくてはならないということでした。

その後、父親の症状は思ったほど悪くはなく、無事に退院してきたもののハードな仕事はできない状況になっていたのですが、

 

「高校くらいは出ろ!」

 

という希望もあり、働きながら高校に通うという選択肢になったんです。

 

 

 

給料の話は、前回お話しました。

 

参照→個人の能力で給料が決まるのではない!

 

今回は、お金の価値について少しお話します。

 

さて、質問です。

10年前から銀行口座に残っていた100万円は、現在も100万円だと思いますか?

 

 

「何言ってんだコイツ、100万円は100万円に変わりないだろう!」

 

はい。

 

100万円は100万円ですが、当時の100万円から考えると100万円の価値はありません。

 

言い方を変えれば、「当時の100万円の物は、買えなくなっている」と言う事です。

 

仮に買えるものがあったとしても、それは、その物の価値が下がっているからです。

 

もう少し分かりやすく説明しましょう。

 

明治初期頃から現在まで広げて考えると、お金の価値は実に約8500倍くらいになっていると考えられます。

 

当時の1円は今の8,500円という事です。

 

つまり、現在の100万円の価値を当時の価格に換算すると、約118円ということになります。

 

明治初期の先祖が子供達のために必死に貯めた100万円が、気がつけば約118円になっていた…。

 

これは、実際に日本であった価格変動ですが、当時から今までに戦争や高度経済成長などがあったから、ここまでの価格変動があったのも間違いありません。

 

しかし、近年でもどんどんとお金の価値は下がり続けているんです。

 

例えば、政府が目標としている年2%の半分の1%の物価上昇が順調に進み、10年後10%の成長が達成されたとしましょう。

 

すると、お金の価値は、100万円から90万円減ってしまいます。

 

銀行に入れておいても、普通預金なら利息はせいぜい3,000円くらい。

 

10年間銀行に寝かせておいた100万円は、額面自体は増えていても、知らないうちに97,000円も目減りしていたみたいなことになるんです。

 

言い換えれば、老後のために足りなくなるお金を、現在調べた金額が2,000万円だったとして、それが必要になるのが30年後だったとしたら、実際の金額は1,000万円足りなかったみたいな事が起こるかもしれないんです。

 

 

老後に起こるかもしれない心配事

 

最近、人生100年時代と言われています。

 

しかし、65歳の定年まで頑張って働いて、残りの35年を年金だけの無収入だったとしたら、本当に暮らしていけますか?

 

外にバリバリ働きに出かけられる程の肉体を、いつまで維持できる自信がありますか?

 

食生活の変化や、医学の進歩、健康に対する考え方の変化や、科学の進歩で、人の寿命はどんどんと長くなっています。

 

長生きできることは、嬉しいことであるはずです。

 

しかし、生きるための方法も、自分で考えなければならない時代になってきたと、思えて仕方ないのです。

 

今、数十年後の日本の未来は、明るいと予測している学者は、あまりいません。

 

実際に自分がいる建設業界でささやかれてるのは、景気はもっても東京オリンピックまでだろうと思われてますし、もう、すでに成長は止まっているとも言われています。

 

あちこちで物は生産され、物はあふれて、生産効率ばかりどんどん良くなって、行き過ぎた価格競争は、更に景気を悪くしていくでしょう。

 

いつ、何が引き金で急激なインフレ(ハイパーインフレまでではないが、オイルショック並のインフレ)が起こるかもしれない。

 

もしそんなことが起これば、あっという間にお金の価値は30%も下落してしまう…なんてことも考えられるんです。

 

今から手を打っておくことが大切だと思いませんか?

 

 

 

 

前回、収入は自分の置かれた立場によって変わると書いてきました。

 

参照→『個人の能力で給料が決まるのではない!』

 

では、そもそも、自分の給料はどのように決まっていくのでしょうか?

 

給料とは、言うなれば、会社の必要経費です。

 

物を売る会社であれば、それを購入したお客さんからいただいたお金の中に、

物の原価、店の家賃、光熱費、宣伝費・・・従業員の給料が含まれています。

 

お店のオーナーは、その売上からいろいろな出費を引いた額の中からお金を得ます。

 

しかも、今月は売り上げが少ないから給料は出ません。なんてことはできませんので、

多くても少なくても、支払える額を設定するはずです。

 

例えば、会社を大きな箱と見立てたら、基本的には入ってくるお金よりも出ていくお金が少なくないと、

経営は成り立たなくなるのです。

 

給料の多い少ないは、実はこの箱の大きさに関係があります。

 

 

大企業のような、大きな箱を持っているところは、資金的にも余裕があるでしょう。

小さい箱のところは、オーナーさんの努力で成り立っているのです。

 

ただし、箱の大きさと給料の多さは比例しません!

 

例えば、年商3千万円の会社と3千億円の会社では、1万倍の年商の開きがありますが、

給料は何十倍とかにはなりません。

 

あなたの収入を10倍に増やすのは、箱の大きさでは不可能なのです。

 

収入を劇的に上げる方法

あなたは、年収3百万円から3千万円に上げられますか?
 
よほどのことがない限り、年収3千万円の給料をいただけないと思います。
 
じゃあ、年収1億円は?
 
こうなってくると、もう、おそらく一部の限られた人で、それも、特殊な人だと思いますよね?
 
自分にそんな可能性なんかあるわけがない。
 
そう思うでしょう?
 
実は、あるんです。
 
 
収入を劇的に上げる方法、それは、経営者になればいいんです。
 
『経営者になんか簡単になれるわけがない!』
 
なれます。
 
経営者になることは、本当に簡単です。

 

昔は大変だったが、今はだれでも

ある程度のインターネットの知識と、行動力があれば、今はだれでも経営者になれる時代になりました。
 
ただ、勘違いしないでいただきたいのは、だれでも1億円稼げる経営者になれるわけではない!ということです。
 
かくいう自分も、1億円なんて稼いでいません。
 
ただし、1億円を実際に稼いでいる人は知っていますし、数千万円位の人なら、たくさんいます。
 
正しい知識と惜しまぬ努力があれば、1億円稼ぐのも夢ではないということです。
 
 
たくさんのお金を稼ぐことは、今、自分にはできていません。
 
でも、数万円から数十万円位なら、あなたにも稼がせるくらいの知識はあります。
 
疑問、質問、感想など、なんでもいいので、お気軽にメッセージください。
 
 

 

 

初任給で買ったもの覚えてる?何を買いたい?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

 
今日は初任給の日なんだそうですね。
 
仕事をして、初めてそれがお金という形で評価?された日です。
 
大昔過ぎて、自分はどんな気持ちだったかは覚えていませんが(笑)
 

給料は能力に比例する

この考えは大間違いです。
 
月給1,500,000円の人が、月給150,000円の人の10倍優れている。
 
そんなことはないのです。
 
じゃあ、何が違うのか?
 
それは、あなたが働いている環境が違うというだけです。
 
例えば、某有名金融機関にお勤めのAさんと、美容院に勤務し始めたBさん。
 
初任給はいくらでしたか?って聞かなくてもなんとなくわかりますよね?
 

学歴で決まるんだ!

これも違います。
 
確かに学歴が良い方が、大企業といわれるところに就職しやすくなります。
 
でも、学歴なんて関係ないんです。
 
 
古い話ですが、自分の経験から少しお話します。
 
自分は某おバカ県立高校(偏差値40くらいだったと思います。)を卒業後、
高校一年からアルバイトに行っていたファミリーレストランに入社しました。
 
高校一年の時の時給はなんと470円。
 
1ヵ月25日5時間働いても50,000円ちょっとでした。
 
アルバイトから正社員に環境が変わると、1ヵ月150,000円くらい。
 
一気に3倍になりました。(働いている時間も相当長くなりましたが。)
 
しかし、職場での強烈ないじめに耐え切れず、わずか3か月で退職。
 
その後、親の知り合いの人に仕事を紹介してもらい、『配膳会』という、
現在の人材派遣の会社から某大手ホテルチェーンのリゾートホテルで、
1日中皿洗いをする仕事につきました。
 
経験も浅く、若いからという理由でほかのスタッフより給料は安かったのですが、
時給1,050円。
 
高校3年の時の時給490円から、わずか数か月2倍です。
 
労働環境があまりにも劣悪だったのと、勤務時間も多い時には1ヵ月300時間越えも
珍しくなく、当時の10代では破格の1ヵ月30万円の給料をいただいたこともありました。
 
泊まり込みの生活で、20畳ほどの部屋に最大8人で寝る。
 
仕切りなどはなく、プライベートもなし。
寝ている隣で、大酒を飲んで暴れているジジイや、とんでもないレートで、
ポーカーに明け暮れているこわもてのお兄さん。
薬か何かで妙にへらへらしている連中など、ひどい有様でした。
 
「こんなところにいたら、まともな人間でいられないかもしれない。」
 
そう思った自分は、2年でその仕事を辞め、今度は親せきの紹介で夏場のエアコン工事の
アルバイトに行きました。
 
気になる給料は・・・日給10,000円。
 
当時の家電業界は、力がありました。
 
エアコンが一家に一台の時代から、各部屋に一台の転換期だったせいでもあり、
一番忙しい時には、
 
「本日購入いただいても、取り付けは1か月待ちになります。」
 
なんて状態でした。
 
夏の数ヵ月で1年分稼いで、普段は田舎でのんびりなんて先輩もいたくらいです。
 
しかし、2ヵ月もすると繁忙期も終わり、アルバイトは終了。
 
この時に仕事が面白いと初めて思い、正社員にしてほしいと社長に懇願しました。
 
「うちは給料安いよ?」
 
と言われたが、仕事を覚えながら給料がもらえると思えば・・・と思い、正社員に。
 
初任給は、138,000円。
 
約12年ほど正社員をしていたが、仕事もどんどんできるようになり、正社員を辞め、
常用(会社から仕事の依頼を受け、身体だけ会社に提供するという雇用体系。
一応、個人事業主扱いになる。)で、仕事を受けることに成功。
 
この時の給料は・・・日給17,500円。
 
8時間の労働で、この金額です。
 
時給に換算すると、17,500÷8=2,187.5円
 
※実際は、税金、健康保険、労災保険等の出費があります。
※各保障についても大きな差があります。
 
どうですか?
 
同じ学歴の同じ人間の給料です。(当然年齢は違いますが。)
 

つまり、年齢も性別も学歴も能力も関係ない!

 
あなたの置かれた立場によって変わるものなのです。
 
続きは、カテゴリー『お金について』で話していきたいと思います。
 
ご購読、ありがとうございました。
 

 
 




さあ週末は、いよいよゴールデンウイークですね!
準備は万全ですか?

 旅行の予約OK?
 移動の手段OK?
 現金の用意OK?
 トラブルの回避OK?

去年、大きな話題となったのが、格安旅行会社のてるみくらぶの倒産です。

現地まで行ったが、ホテルが予約されてなかった!

入金したっきりで連絡が取れない!

せっかくの楽しい旅行が台無しです。

このトラブルを防ぐ手立ては、事前に確認する事です。

ホテルにちゃんと予約が入っているか電話をすれば、大丈夫そうです。

次に怖いのが、移動手段の事故です。

テレビでは連日のように、痛ましい事故の報道がなされています。
渋谷で高齢ドライバーの暴走事故、名古屋で路線バスの暴走事故など、つい最近のニュースだけでもたくさんあります。

交通事故に逢わないようにすることは不可能ですが、注意するべきところをおさえてリスクを減らすことはできます。

それは、交通事故の多くは交差点で起きている事です。

交差点付近では、周りに注意して、間違っても歩きスマホなどしないようにしましょう。

また、レンタカーや、自家用車でお出かけの場合、連休中の高速道路は、たいてい渋滞します。

イライラしたドライバーによるあおり運転とか怖いですよね。

あおり運転をするドライバーが悪いのは当たり前ですが、そういった被害にあわないに越したことはないですよね。

そんな運転をしてしまうドライバーの心理は、怒りです。

クラクションを鳴らされてとか、目の前をのろのろ走られてとか、割り込まれてとか。

自分がされてイラッと来るようなことはしないようにしましょう。

それでもされてしまったら、すぐに警察に連絡しましょう。

海外に旅行する場合、現地で突然、具合が悪くなったら?

旅行会社やホテルにあらかじめどう対応したらいいのか確認しておきましょう。

犯罪やテロなどに巻き込まれる危険は?

これもなかなか合わないようにすることは難しいですが、事前に外務省海外安全ホームページを確認するようにしましょう。

自分は、一年間で一番値段が高い時期に旅行に出かけて、どこに行っても渋滞。トイレは長蛇の列ができてるし、観光地は人で溢れている。

こんな時に出かけません!

のんびりするはずの長期休暇なのに、のんびりできないですよ。

近所のレストランやコンビニくらいは行くでしょうが(笑)

究極の余暇にします。

旅行に出かける費用を食費にあてます。

普段食べられないような、高級な物まで食べられそうです。

朝はのんびり時計を気にしないで眠り、起きたらのんびりU-NEXTで、映画鑑賞。

レンタルビデオ店まで行って、借りるものを探さなくともここにはある。
海外旅行に出かけるつもりになれば、大型ハイビジョン4Kテレビが買えちゃうかも。
家族で3個までアカウントが取れるから、観たいものでの取り合いも無し。

えっ?テレビ番組?

日にもよるでしょうが、平成から令和へ!とか、おめでとう令和。ありがとう平成!みたいな番組しかやってないんじゃないかな?

家の中なら、天気に左右されることもないし、のんびりU-NEXTします!


では、良いGWを!

 

 

 

手術室に入って、次の日の朝を迎えるのは、割とあっという間だった。

 

ほぼ寝ていたからであるが、ある意味、一番安静にしてなきゃいけない時間を、あっという間に過ごせたことは、幸いである。

 

手術前日に入院して、次の日の手術室に向かうまでの時間は、肩の痛みに耐えながら、狭いベッドの上で手術の恐怖と闘っていた、あの時間の経過は、考えたくないくらい長かった。

 

「おはようございます。お熱測ります。」

 

朝一番で、看護師さんが熱と血圧を測定して行った。

 

病院というところは、窓の外の景色が見えるベッドでもない限り、全く外の天気や気温とは無縁である。

 

ぼーっと光る蛍光灯の明かりを、薄目越しに眺めて、寝てもない、起きてもない時間を一時間くらい過ぎた頃、

 

「おしっこの管を抜きます。」

 

「えっ?」

 

心の準備もできてない状態で、いきなり抜かれたせいか、結構痛かった。

 

少しムッとしたが、

 

「トイレに行きたいので、(身体を)起こしてもらえませんか?」

 

「今まで管が入っていたので、大丈夫です。」

 

と、断られてしまった。

オッサンの下の世話は嫌なのはわかるが、酷すぎる。

 

そんなことをしているうちに、朝食が準備された。

 

ベッドを80度くらいに起こし、両脇にある手すりにテーブルを乗せるようにして設置するタイプの台の上に、どんと置かれた朝食。

 

ちょうど胸くらいの高さに、胸と接触するような距離で、朝食がある。

左肩は手術直後でろくに動かず。

右腕は、50肩で高く上げられないし、点滴がつながっている中、逃げる食器と戦いながら食べる。

 

イライラがピークに達した時、たまたま近くに来た若い看護師さんに、

 

「食べられないから、下げて!」

 

と、八つ当たりをし、ベッドの上にあったテーブルを右手ではねのけ、ベッドから起き上がろうとした。

しかし、右手につながっている点滴が、ベッドの左手側に置いてあり、80度くらいに起こしてあるベッドの裏側にいってしまっていた。

どう考えても、傷口に体重をかけないと起き上がれない状況の中でジタバタしていると、さっきの看護師さんが帰ってきて起き上がるのを助けてくれた。

 

「大丈夫ですか?」

 

この言葉に、冷静さを少し取り戻した自分は、

 

「ありがとう御座います。でも、ひどくないですか?」

 

と、自分が置かれていた状況を訴えてから、トイレに向かって歩いた。

 

便器の前に立つと、自分がオムツをしている事に気がつく。

 

「大丈夫と言った理由はこれか…。」

 

管を抜いたときの痛みがひどい中、トイレを済ますと、ベッドの上の環境は自分で作らなければならないんだなと、これからの入院生活に不安をおぼえた。

 

それと同時に、妻のありがたさが身にしみてわかった瞬間でもあった。

 

ベッドに帰ってから、いろいろ考える。

この病院は、テレビを見る契約をする時、保証金10,000円かかるらしい。

 

テレビを見るのに、お金を払うという概念のない自分は、病室にタブレットを持ち込んでいた。

 

しかも、タブレットなら布団の上に置いて観たり、テーブルに置いて観たり、身体の自由がきくのだ。

 

しばらくテレビを観ながら時間をつぶそうとするが、平日の午前中のテレビほどつまらないものはなかった。

 

無料の動画サイトでも観るかな。

 

探しはじめると、U-NEXTという無料お試し期間がある動画配信サイトがあり、しかも600円分のポイントまで付いてくるらしい。

 

見放題の無料作品は80,000本もあるし、総配信本数も130,000本以上らしい。

 

電子書籍も320,000冊以上、有料だけど、600円分のポイントまでただだから、最新映画もあのボヘミアンラプソディやファンタスティックビーストも観ちゃう?

 

これは登録しかない。

 

今年、40周年を迎えたガンダムシリーズの見逃し作品から観ることにした。

 

無料だし(笑)

 

 

 

月曜日に病院の診察に伺うと、医師に労災保険の完了したことを伝えた。
すると、

「明日入院をしてもらい、明後日手術します。」

といい、手術の細かい説明をしてくれた。
鉄板を入れるために、大きく肩の部分を切ること。
鎖骨の前に通っている神経を切ることになるので、傷口付近の皮膚の感覚がなくなるおそれがあること。
全身麻酔で手術するということ。
そして、骨がつながったら、鉄板を取る手術をしなくてはならないこと。

手術に対して、かんたんに考えていた気持ちの中で、不安な要素が一気に膨れ上がった。

というのも、昔、仕事の先輩が、やはり骨折の手術を受けた際に、全身麻酔から帰ってこられなくて、亡くなったという経験がある。

「たかが骨折と思っていたが、意外と大変な事になったんだな。」

「そうだよ、重傷なんだからね!」

そう、妻に冗談めかして言われたが、漫然とした、死ぬかもしれないという恐怖は、言葉にする事はできなかった。

火曜日には、入院の手続きを済ませ、いよいよ手術の日を迎えた。

全身麻酔をするということが、恐怖心を少し楽にしたが、歩いて手術室に入る頃には、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
身体に20cm程のメスを入れ、さらに鉄板を骨に固定するためにビスを打ち込むのだ。

自分の身体のリフォーム工事は、意識のないままに終了していた。

全身麻酔の手術のあと、意識が戻った時に必ず感じるのは、激しい尿意だ。

この手の手術の時には、必ず尿管に管が入っていて、ベッドの横に尿が溜まるようになっているのだが、頭でわかっていても、毎回感じるものである。

麻酔が切れて、意識が戻ってくると、次に襲ってくるのは、強烈な痛みであることが多い。
しかし、今回は、激しいというほどの痛みはなかった。

手術が無事に終わり、意識もちゃんとして、痛みも辛すぎない。
病院のスタッフの皆様や、支えてくれた妻に、キチンと感謝しなくてはならない。

ありがとうございました。

 

 

その日は朝からの診察で、病院は人で溢れていた。

予約時間に間に合うように受付を済ませ、診察室の前で待っていたが、呼ばれたのは予約の時間を一時間ほど過ぎた頃だった。

 

「手術をしましょう。来週になったらベッドが空くので、月曜日に来てください。」

 

手術を担当する医師は、どこかひょうきんな感じのする、人懐っこそうな人物に見えた。

 

「先生、実はまだ保険が確定してないので、自腹なんです。」

 

正直に、家計の状況を打ち明けると、来週の月曜までに手続きを完了させるように告げられた。

 

マズい、このままいったら、手術代やら、入院費やらでお金が足りない…。

 

診察のあと、会計を済ませ、会社に連絡を入れた。

 

「書類の方は、ありますでしょうか?」

 

事務を担当している社長の奥さんは、ソフトな口調にもオーラを感じるような人で、話すときには緊張感が走る。

 

「書類は、パソコンからプリントアウトしてあるんだけど、細かい所がわからないので書いてないの。」

 

マズい、このままいったらジリ貧だ。

そう思い、これから会社に行って、書類を書いてもいいかと頼み込み、了承してもらった。

 

妻に付き添ってもらいながら会社に行き、書類と対面する。

 

「何だこれ、どうやって書くんだよ…。」

 

書類を見て、呆然としている自分を横目に、妻が、

 

「携帯でググって、書類の書き方を出して!」

 

妻は、非常に優秀な人物である。

ググれば書類の記入例くらい出てくるから、それを見ながら書けばいいという頭は、見ただけで臆して固まっていた自分にとって、まさに目からうろこが落ちた。

 

妻は、いつも仕事で持ち歩いている筆記用具を出すと、俺が差し出した携帯電話を横目に書類を書き出した。

 

会社の通勤の途中の事故は、労働災害にあたる。

 

会社に提出してある通勤路であれば、何も問題はない。

 

しかし、こんな時に限って、通勤路とは反対方向の整体院に向かっていた時の事故だった。

 

労災保険が使えるのか?

不安に思っている自分に対し、妻はアッサリと答えた。

 

「必要最低限の寄り道なら認められる。」

 

そうなんだ。

 

一時間ほどで書類を書き上げると、奥さんに会社の印を押してもらい、また病院に向かった。

 

病院で書類を出すと、割とあっさり受け取ってくれて、返金してくれた。

 

ホッと胸をなでおろすと、家路に向かう車中で、これまでの事を考えていた。

 

月曜日の夜に事故って、火曜日に診察、会社に行き労災保険を使わせてもらうことを了承してもらう。

水曜日は、自動車保険と生命保険会社に連絡を入れる。

木曜日の診察で手術が決まり、労災保険の書類を書き、また病院に戻り書類を提出。

 

この間、左肩は鎖骨骨折しており、日常生活もろくにできない状況である。

 

共働きの妻は、仕事をなんとかしてくれながら、常に側にいてくれた。

 

独り暮らしだったら、どうなっていたんだろう。

 

骨折からここまで、身体を休めてゴロゴロしてればいい状態を作ってくれた妻に、心から感謝しながら家路についたときには、もう日が暮れた位の時間になっていた。

 

 

「どうしても今日まるっとは休めないけど、必要最低限の事だけやって早上がりさせてもらってくるからね」

 

と、仕事に行った妻の帰りを待って、痛みと闘いつつも病院へ向かった。

何しろ、右腕が五十肩、左鎖骨骨折という、まさに両手がろくに使えない状態で、背筋をバンドで固定されている。

 

トイレに行ってもズボンの上げ下ろしすらままならない状態なのだ。

 

一通りの検査の後、診察を受ける自分に、医師はこう切り出した。

 

「鎖骨は骨の再生が遅く、固定では治るのに一年くらいかかるから、手術した方がいい。」

 

一年も固定されているって、この猫背矯正ギブスのようなバンドを一年もつけるのはさすがに嫌だ。

医師は、前に鎖骨手術をした患者さんのレントゲン写真を出して見せてくれた。

 

「骨に鉄板を当てて、ビスで固定します。」

 

なんだこれ、現場じゃないんだから…。

普段、建設現場で仕事をしているからか、ダクトを吊り下げるような鉄製のバンドに、石膏ボードを固定するようなビスを骨に打ち付けてるようにしか見えなかった。

 

とりあえず、手術をする医師がいま不在なのと、手術の日程もあるので、明後日にもう一度来てくれと指示された。

 

痛み止めを一週間分処方してもらい、会計に向かうと、

 

「保険の適用がまだ決まらないので、実費になります。」

 

と言われ、四万円弱の支払いを強いられた。

 

これはマズい…。

 

このまま入院、手術となったら、一体いくらの出費になるんだ?

 

会社復帰の不安よりも、目の前の生活の不安が押し寄せてきた。

 

病院の帰りに、現状と今後の話も含め、会社によって労災保険を使わせてもらいたいと、お願いにうかがった。

 

建設業界というところは、少し他の職種とは違うのかもしれない。

 

労働災害というワードには、過剰に反応する業界なのだ。

 

とある現場で、作業員が草刈りをしていたところ、ハチに刺されてケガをした。

大したことはなかったので、薬を塗ってその日は帰ったらしいのだが、労働災害として報告が上がると、なんと、総理大臣の耳にまで入り、対策をするまで作業禁止になってしまったそうだ。

 

不安そうな俺に社長は、骨ももろくなってきたんじゃないかと、笑いながら了承してくれた。

 

これで、大金を用意しなくても済む。

 

そう思い、帰路につく中、妻だけが不安そうな言葉をもらした。

 

「社長とあまりあって話したこととかないから分からないけど、さっきの骨がもろくなったって発言が、肩をたたかれたように聞こえた。」

 

「そんなことはないだろう…。」

 

自分にはいつもの冗談にしか聞こえなかったが、まだ暗雲は晴れる気配はないようだった。