Posible de K! ! ! -107ページ目

ファニーゲームU.S.A.





秋めいた頃から
沢山の映画を観ています。


でもブログに書いてなかったので、

何から書いてよいのやら...


印象に残ってるものからコツコツ書いていくとします^^





まずはコレ...


※感想そのものがネタばれです,,,


Posible de Karo ! ! !

Posible de Karo ! ! !

【ファニーゲーム U.S.A.】 2007/アメリカ・フランス・イギリス
原題:FUNNY GAMES U.S.



『ファニーゲームU.S.A.』は1997年(日本では2001年)

に公開された『ファニーゲーム』のハリウッド・リメイク。
監督・脚本もオリジナルと同じくミヒャエル・ハネケ自身が担当。


ワタクシ、オリジナルがあることも知らず、

TSUTAYAに行く度に気にはなっていたものの後回しにしてて...

ついに『ファニーゲームU.S.A.』を借りたわけです。


オリジナル『ファニーゲーム』はカンヌ映画祭出品時、

あまりにも衝撃的な内容に賞賛とブーイングの嵐で、
何人もの観客がショックのあまり席を立ったと言われているとか...



ストーリー

ジョージ(ティム・ロス)と美しい妻・アン(ナオミ・ワッツ)と
息子の3人で湖畔の別荘でバカンスを楽しもうとしていた一家...
そこで一家は隣の別荘の住人で気心の知れたフレッドとイブが、
白い手袋をはめ、白いポロシャツと半ズボンの格好をした
2人の美青年と一緒に庭に立っているのを目にする。
仕事仲間の息子だという青年ポール(マイケル・ピット)は、
ジョージたちとヨットのマストを組み立て始めていた。
一方、アンが台所で夕食の準備を始めていると、玄関先に
もう1人の青年ピーター(ブラディ・コーベット)が訪れる。
彼は、隣のイブに頼まれ卵を分けてもらいにやって来たという。
最初は礼儀正しくふるまうピーターだったが、
2度も卵を落としてしまい、3度目ではアンは思わず腹を立ててしまう。
すると突然、2人の態度が豹変。
アンは、彼らの仕掛けた“ゲーム”のスタートボタンを押してしまったのだ。
予想もつかない展開が、罪もない一家に襲いかかる...




青年が「卵を分けてほしい」と現れたあたりの下りから、

観る側のイライラもスタートします。

とにかくイライラします。(それがハネケの狙いなのでしょうけども。)


ラスト近くで『お!?これは!?』と思わせる演出もあるけど、

そんな期待も虚しく...

とにかく観る側が通常期待するようなどんでん返しやハッピーエンドなんてなく、

終始青年2人に不条理にやられっぱなしの一家...
観終わった後の後味の悪さと言ったら,,,それはもう半端無いです。

こんな映画初めてです!!!


意図的に暴力的なシーンの多くは直接的には映さていないけど、
見えないそこで明らかに残虐なことが起こっていることを観る側は理解でき、

精神的にも極限まで追い詰められた一家の姿はただただ無残のです...


Posible de Karo ! ! !

Posible de Karo ! ! !

Posible de Karo ! ! !


とにかくイライラするし、ハッピーエンディングじゃないし、不快極まる作品。

好きか嫌いかと言ったら嫌い。

でも、印象に残る”善い”作品とも言える...(←そんなこと言うと人格が疑われそうだ。)

面白さや爽快感、非現実の世界を楽しむ映画やドラマで観たことのある沢山の”暴力”。

それとは違い本当の”暴力”ってのいうのはこういう事なんだってことを

叩き付けられ、そして、何かを考えさせられた。

そういった意味での善い作品...



おススメはしないけど、ある意味観てみてもらいたい。かも。




これはハネケがカンヌ映画祭でのオリジナル版の上映時、

賛否両論が巻き起こった際の言葉。だそう...


『なぜ人々がこの映画に憤慨するのかはハッキリしています。
憤慨させる為に作ったのですから...。暴力は撲滅できないものであり、
痛みと他人への冒涜であることを伝えたい。だから、暴力を単なる

見せ物ではなく見終わった後に暴力の意味を再認識するものとして

描かなければならない。また、今やハリウッドでは暴力が快楽を求める

手っ取り早い方法となりつつあり、ユーモアとして処理されている』