フクちゃんのぷくぷく -2ページ目

●あの日見たラーメンの名前を僕はまだ知らない。 いや知ってる。




その日も僕は精神&肉体を鍛えるため念入りにパンプアップを行い、鳥のささみをちょいとつまみ、夕暮れ時の川原で巨大なカマキリとの戦闘シミュレーションに明け暮れていた。


下校途中の女子高生達には存在しない巨大カマキリと戦う僕のシャドーバトルはさぞかし滑稽に映ったにちがいない。


やれやれ。
君達にはわかるはずはないさ。この歳になると何かを思いつめたかのように下腹部が膨らんでくるということを。



と次の瞬間  私は気を失った。
目が覚めたときにはラーメン屋のカウンターに座っていた。
ラーメン屋のカウンターなう。なのである。
目の前にはできたてブリバリ湯気モッフモフのラーメンが一丁置かれている。
その側には「からしにんにく」と書かれた謎の壺がひっそりとたたずんでいた。
器にはこう書かれていた。「天下一品」


な、なんだ と? 
言い伝えによるとラーメンという食べ物はとてもカロリーが高く油たっぷりにもかかわらず、恐ろしく美味であると爺っさまだったり婆っさまだったりから聞いたことがある。



悪魔だ。 これは悪魔の仕業に違いない。 
ダイエットをしている僕のsoulのほんの隙間を見事につき、太らせようとする罠にちがいない。 I don't wanna!

食わぬ。食わぬぞ。食ったら太る。
その時、意思とは無関係に僕の右手が箸のある方へ、光の射す方へと動き始めたではありませんか。
 
むむむ。ならぬならぬ。箸を取ってはならぬ~。 
あいやまたれい。箸をとってずずぃずずぃと滝を登る鯉のやうに其のらぅめんを喰らうがよい。 あいやまたれい。いやならぬ。 ええい ええいと私と悪魔の押し問答。


パキっ
気がつけば割り箸を割っていた。 
その割れっぷりたるや今までの人生の中で一番綺麗にトゲトゲもなく割れたと言っても過言ではないし、事実今までの人生の中で一番綺麗にトゲトゲもなく割れていた。


負けた。
私は悪魔に負けたのだ。



次に目を開けたときには、さっきまでたっぷり入っていた麺はその欠片すらなく、綺麗さっぱり空っぽの器だけになっていた。 
その時感じた満腹感、そして穏やかで生温かいニンニクの優しいそよ風を感じたことを今でも鮮明に覚えている。
そして私はひとり呟いたのである。
「こってり。」 
なんて素敵なこってりなのであろうか。さっぱりでもなくこっさりでもなく。
こってり。


「コッテリ  骨照   KOTTERI   コツ&テリー」
私のストマックの中でこってりが小粋な舞踏会を開き、Shall We? Shall We?と脳髄に優しく語りかけてくる。

今まで私が悪魔だと思っていたものは自分の中にいたのだ。
私のわんぱくストマック それこそが悪魔の正体だったのである。


やれやれ まだまだ修行がたりん。
自分への粛清もかねて金七百円を支払い店を後にし、私はあらたなる0kcalの旅路を一歩また一歩と歩き始めた。


~つづく~




次回 「あるいはチョコビスケットという名の犬」