※注意:この物語はフィクションと思われます。
今日の自分の経験を共有したいと思う。
僕はフリマをしている。
購入した商品が届くのが遅くて気になっていると、相手出品者の方から受け取り連絡の催促があった。
フリマをしていない人のために補足すると、フリマでは出品者が納品して購入者が受け取り、その連絡をして初めて入金となるというシステムがある。
つまり、購入者が受け取り連絡をしないと入金されない(一部例外を除く)。
今回、僕は出品者からその受け取り連絡の催促を受けたのだが、商品は届いていない。
その時、僕の心の中はあまり穏やかではなかった。
ストレスを感じた。
出品者に文句を言ってやろうと思った(配送状況を確認してから催促しやがれ!と)。
だけど、その時波動のことを思い出した。
自分の放った波動がいつか自分に返ってくる、と。
確かにそうだ。これまでの人生何回かそんな経験をしている。例えば、僕は以前児童福祉施設で勤務していた経歴があり、ある日、子どもに対して怒鳴ってしまった。これは本当に申し訳なかったと思う。その帰り道、車を運転していると、後ろからスポーツカーのような車に煽り運転をされた。しかも、フロントガラスが虹色に反射して運転手も見えなかった。人が乗っているのかもわからない不思議な車だった。どこから着いてきたのかもわからない。あれは不気味で不思議な経験だった。
それから数日後のことだ。自宅で両親と会話をしていると、僕が少し奢ったようなことを言ってしまった。すると父が急に激昂して怒鳴り、家から出て行ってしまった。元々感情が爆発すると恐ろしい人ではあったが、今回は本当に意味がわからなかった。
まだあるのだが、それも同じ施設でのこと。だが僕はもうその施設を辞めていた。それにも関わらず、施設に通っていた中学生から迎えに来てと連絡があった。その子は今暇?みたいなこと聞いてきて、そうだと答えると、迎えに来てと言ってきた。僕の良心は迎えに行ってやるべきだと言い、反対に本心は行く必要は無いと言い、そこには葛藤があった。結局僕は行かないことに決めた。だが、ここで僕はまた同じ過ちを犯す。丁重に断ればよいものを、自分で歩けるだろうと捨て台詞のようなことを言ってしまった。そしてその数日後、あるお店に行く用事があり、商品を見ていると、その商品が今手持ちのお金では足りないことに気づいた。お店のオーナーに話しかけられたが、今日は見るだけにしていると言った。詳しい会話の内容は覚えていないが、その後値段の話になったのだと思う。オーナーから、でも買わないんでしょ?と少し皮肉っぽく言われたのだ。
そしてはっとしたのが、僕が数日前にあの中学生に対して発した言葉だ。まんまとは言わないまでもそれを自分に返された気分だった。
てな訳で思い出話はこれくらいにして、自分の放った波動は自分に返ってくるってのは本当かもしれないよってことです。
ところでフリマの話はどうなったかというと、それとなく受け取り連絡の催促ウザいよと伝えたつもりが、全く伝わっていなかったのであります。めでたしめでたし。