本日はコイレ『閉じた世界から無限の宇宙へ』の続き
第2章「新天文学と新形而上学」
主役はコペルニクス(Nicolaus Copernicus, 1474-1543)とブルーノ(Giordano Bruno, 1548-1600)の2人
コペルニクスについては『天球の回転について』の訳者解説が素晴らしいので、いずれそちらも紹介したいと思います。
さてさてコイレの引用からはじめましょう
「コペルニクス天文学の有する科学的・哲学的ないちじるしい重要性を力説する必要はあるまい。コペルニクス天文学は地球を世界の中心から移動させ、諸惑星の間に据えることによって、伝統的なコスモス的な世界=秩序の基盤自体とその階層的な構造とを不変的な存在の天上界と滅亡の地上界つまり月下界との質的な対立とともに、掘り崩したのである」(22頁)
天動説から地動説へのいわゆる「コペルニクス革命」と呼ばれる変革ですね
↓下は天動説を簡単に説明した模式図です↓
これに対して太陽の周りを地球が回っていると考えるのが地動説になります
「伝統的な宇宙論の形而上学的な基礎に対するクサのニコラウスの深刻な批判に比べると、コペルニクス革命はかなり生ぬるくて、それほどラディカルではないようにみえるかもしれない。それはだが他方では、すくなくとも最終的にははるかに効果的だったのである。なぜなら、周知のように、コペルニクス革命の直接の効果は懐疑と困惑を押し拡めることにあったからである」(22-23頁)
とはいえコイレはコペルニクスがかなり前時代の伝統を引き継いでいることにも留意します
「コペルニクスは明確に次のように語っているのである。
『……すべての天球中で第一の、至高な天球は、あらゆるものとそれ自身を包み込み、かつそれゆえに静止している恒星の天球である。事実それは、他のすべての星の運動と位置とがそれに関係づけられるところの世界の場所である。……』
われわれはこの証言を、コペルニクスの世界が有限であることを示しているこの証言を、認めねばならない」(26頁)
まだこの時代は重力のような遠隔して働く力は認められていなかったので、諸天体は「天球」という水晶のような中空の球上で運動していると考えられました。
そのうち、もっとも宇宙の中心から離れたところに存在するのが恒星の置かれた「第一の天球」「恒星の天球」です
伝統的な世界観ではこの天球が宇宙の端に相当します
コペルニクス自身はこの恒星の天球の外側を認めるには至っていませんでした
しかし、「幾人かの大胆な人物たちが、コペルニクスの立ち止まった段階を踏み越えて、天球つまりコペルニクス天文学の恒星の天球は存在しないこと、恒星がその中で地球からさまざまな距離を有する場所に置かれているところの恒星天は、「上方に無限に押し拡がっている」ことを主張したとしてもさほど驚くにあたらない」(28頁)
コペルニクスから進んで、「この二世紀の間に支配的になった宇宙論の大要ないし概要をわれわれに初めて提示したのはブルーノであった」(30頁)
『世界は有限であって、その向こうにはなにも存在しないとすれば、私はあなたにお尋ねしたいのですが、世界はどこにあるのでしょうか。宇宙はどこにあるのでしょうか。アリストテレスの答えによれば、それはそれ自身の中にあるということになります。また、第一天の凸球面が宇宙の場所であって、それ自身は第一の包むものとして何物にも包まれていないことになります』(36頁)
ブルーノはついに第一天球の外へと手を伸ばす
『私はその向こうに何があるのかという質問を常にしなければなりません』(37頁)
『無限な宇宙の中には、われわれ自身のに似た無数の世界が存在しうること、あるいは宇宙は、星と呼ばれるような数多くの物体を包含すべくその容積を押し拡げえたということ、言い換えれば、これらの世界がお互いに似ていようと似ていまいと、どの世界も同等の根拠によって存在すべきであることは、否定しえないことであると私は明言します』(39頁)
『それゆえ無数の太陽が存在します。しかもこれらの太陽のまわりを無数の地球が回転しますが、それは、われわれに観察できる七つの惑星がわれわれの近くのこの太陽のまわりを回転するのと同じです』(ibid.)
このように宇宙の無限性が主張されていきます
しかし、「本当に無限なのは神だけ」という伝統的な反論にブルーノはどう答えるのか?
彼の方針はクサのニコラウス(と後のデカルト)と同じ方針をとるようです
「ブルーノは、神の内包的で絶対に単一的な無限性と世界の外延的で複合的な無限性の間に存するまぎれもない差異を自分はむろん否定しないと答える」(41頁)
神の無限性は実無限的なもので、世界の無限性は可能無限的なものという区別を置くということでしょうか
その後、ブルーノは地動説を支持した異端の廉で火刑に処されます
ブルーノは数学の素養がなく、またその宇宙論は生気論的・魔術的な要素を色濃く残していた。しかし、その先駆性によって後世に大きな影響を残したと云われます
「ブルーノの精神は決して近代的な精神ではない。だが彼の概念ははなはだ力強くかつ予言的であり、またはなはだ合理的でかつ詩的であるので、われわれはそれを賛嘆せずにはおれないのである。」(43頁)
「私は、ブルーノが彼の同時代人に大きな影響を及ぼしたのかどうか、あるいは彼が彼らにすこしでも影響を及ぼしたかどうかさえ分からない。私個人としては、それははなはだ疑問に思われる。彼の無限論は時代をはるかに抜きんじるものであった。そのため彼の影響は後になって現れたように思われる。彼の学説が受け入れられて、十七世紀の世界観の重要な一つとなったのは、ガリレオが望遠鏡によって大発見を行ってからのことにすぎなかった」(44頁)
閉じた有限の世界から、無限の宇宙へ
次は、ヨハネス・ケプラーの登場です

