2026年1月2日。新しい年が始まったばかりのその日、俺の親友、江口学が旅立った。
今こうして筆を執っているのは、あいつと過ごした濃密な時間を、そして「格闘家・江口学」が一番輝いていたあの瞬間を、どこかに書き記しておきたいと思ったからだ。
いや、これは自己満なのかも。 記事に残しておくことで誰かに読んでもらって同じ気持ちを共感したいだけなのかな。
自分語りって思われるかもしれない。いや、そうなんだと自分でも思う。
でもいいんだ。 書かせて欲しいです。
俺と学、そして当時の俺の彼女。俺たちは小学生の頃からずっと一緒の幼なじみだった。
放課後の校庭で泥だらけになってボールを追いかけたあの日から、大人になって酒を酌み交わすようになるまで、俺たちのそばにはいつも「学」がいた。
3人で過ごした時間は、数えきれないほどの宝物で溢れている。
夏休み、親に内緒で遠くまで自転車を走らせて見に行った花火。
冬の凍える夜、自販機のコーンポタージュを分け合って笑ったこと。彼女と俺が喧嘩をすれば、学はいつも困ったような顔をして間に入ってくれた。「お前ら、いい加減にしろよ」なんて言いながら、結局最後は3人でラーメンを食いに行くのがお決まりのコースだった。
学は、誰よりも優しかった。
道端に咲いている小さな花を「綺麗だな」って笑って見つめるような、繊細な心を持っていた。
俺や彼女が落ち込んでいると、自分のこと以上に心を痛めて、不器用なりに励まそうとしてくれる。あいつの周りには、いつもあたたかい空気が流れていたんだ。
俺は昔から地下格闘技が大好きで、よく会場に足を運んでいた。当時は付き合っていた彼女と一緒に観戦するのが定番で、あいつの応援席が俺たちの定位置だった。
試合が終われば、学と彼女と俺の3人で飯を食いに行ったり、夜通し遊び明かしたり。格闘技の話から、なんてことないバカ話まで、あの頃の俺たちにとって学は、スター選手であると同時に、最高の遊び仲間だったんだ。
2022年・夏の狂乱
忘れもしない2022年の夏。アマチュアからセミプロまでが集う、身内感満載な、でも熱気だけは本物の地下格闘技トーナメントが開催された。
もちろん、学もそこにいた。
1日3試合という過酷なワンデートーナメント。
1回戦、あいつは序盤からエンジン全開だった。相手のタックルを鮮やかに切り、強烈な右ストレートでマットに沈める。
2回戦は泥試合になりかけたが、学の根性が勝った。スタミナが切れる展開でも足を止めず、判定をもぎ取って決勝へと駒を進めた。
そして、王者決定戦。
学の前に立ちはだかったのは、現4代目王者・平岡葉月選手。
GRABS2階級王者という肩書きを持ち、地下出身ながらセミプロとしても名を馳せる、打撃のスペシャリストだ。会場の空気は、王者の防衛を期待する緊張感に包まれていた。
「魂の激突、そして戴冠」
試合は壮絶な打撃戦になった。
平岡選手の重い蹴りが学を襲う。一瞬、あいつの膝が揺れた。でも、学は笑っていた気がする。
激しい打ち合いの中、学の左フックがクリーンヒット。崩れ落ちる王者。怒号のような歓声の中で、レフェリーが手を挙げた。
江口学、第5代目チャンピオン。
あの時のあいつの顔は、一生忘れられない。ベルトを巻いた姿は、誰よりも誇らしげだった。
格闘家ではない「学」の横顔
リングを降りれば、あいつはただの「学」に戻る。
ある時、俺が仕事で大失敗して、どうしようもなく落ち込んでいたことがあった。夜中に連絡したら、あいつは翌朝早いのに、バイクを飛ばして俺のところまで来てくれたんだ。
コンビニのコーヒー片手に、公園のベンチで朝まで付き合ってくれた。
「お前が頑張ってるの、俺は知ってる。昔からの仲やん」
格闘技であんなに激しく殴り合ってる男が、誰よりも優しい声でそう言った。
自分の弱さを、あいつには全部見せられた。
強いくせに、あいつは俺の前ではたまに情けない顔を見せて頼ってくれることもあった。
それが、たまらなく嬉しかったんだ。
でも、今思えば、あの時頼ってくれていたあいつの心の中には、俺には見せきれなかった深い闇があったのかもしれない。
「なんでだよ、学」
その問いが、毎日俺の胸を突き刺す。
1月2日。正月の浮かれた空気の中で、あいつは独りで何を考え、何を覚悟したのか。
最後に電話一本でもしてくれれば。
くだらない冗談でもいいから、声をかけてくれれば。
「死にてえよ」の一言さえ引き出せなかった自分の不甲斐なさが、悔しくて、情けなくて、やりきれない。
格闘技であんなに何度も立ち上がってきたお前が、なんで人生のリングからは降りてしまったんだよ。
永遠に消えない痛みと共に
あいつがいなくなった世界は、驚くほど普通に回っている。
それがまた、残酷でたまらない。
格闘家・江口学は強かった。でも、一人の人間としての学は、誰よりも繊細で、優しすぎて、不器用だったのかもしれない。
あいつの選択を「逃げた」なんて絶対に言わせない。
あいつがどれだけ戦ってきたか、どれだけ周りを照らしてきたか、俺が一番よく知っているから。
でもな、学。やっぱり寂しいよ。
お前がいないこれからの人生を、俺はどうやって歩けばいい。
お前と一緒に見た景色も、平岡葉月選手と戦ったあの夏の熱狂も、全部ここに置いていかれたままなんだ。
二度と忘れない。
お前の拳の硬さも、優しすぎる声も、最期の瞬間の孤独も。
俺の心の中で、お前は一生、チャンピオンのままだ。
2026年1月2日。「止まってしまった時間」
ここまで読んでくれた人なら察しているかもしれない。
あいつの最期は、自ら選んだものだった。
知らせを聞いた時、頭が真っ白になった。嘘だろ、って何度も自分に言い聞かせた。
あんなに強くて、あんなに熱くて、ベルトまで巻いた男が、なんで。なんで。
なんで、なんで。
あいつが一人で抱えていた苦しみや、絶望の深さを想像すると、今でも胸が引き裂かれそうになる。
「なんで相談してくれなかったんだよ」
「俺にできることは本当になかったのか」
そんな、答えの出ない問いが頭の中でずっと渦巻いている。悔しくて、情けなくて、ただただ、やるせない。あいつの選んだ結末を肯定することはできないけれど、それでも、あいつが追い詰められていたその瞬間の孤独を思うと、涙が止まらないんだ。
永遠の友へ
格闘家としても、男としても、仕事人としても。
あいつはいつだって全力で、かっこよかった。俺の自慢の、一生の友人だ。
学。お前が最後に何を見て、何を思ったのか、俺には一生わからないかもしれない。でも、お前が残してくれた熱い試合や、一緒に笑い転げた夜、あのベンチでの優しい言葉、それは全部、偽りのない真実だ。
最期の選択がどうあれ、俺の中での「江口学」という男の価値は、1ミリも変わらない。
二度と忘れない。
お前は、ずっと俺の心の中で、あのチャンピオンベルトを巻いた最強の姿で生き続けているよ。
ゆっくり休めよ、学。
心から、ありがとう。
