天涯にて咲く ――韓流ドラマ「シンイ -信義ー」 二次創作

天涯にて咲く ――韓流ドラマ「シンイ -信義ー」 二次創作

韓流ドラマ「シンイ ー信義ー」にどっぷりハマりたてです。
黄色いお花の似合う高麗武士は、まさに神の降臨だと思ったおばちゃんが、
勢い任せで二次小説書き始めました。

不定期更新です。

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 優し気な顔の人がすごく悪人だったりすると、意外と萌えるタチです(笑)。徳興君には何度地団駄踏まされたかわかりませんが、ウンスとチェ・ヨンの恋の引き立て役としていい仕事してくれましたよね。憎いけど…!

 長くなっちゃったので、前後編でお送りします。早く続きを書きたいぞー!

 

  ◇◇◇◇

 

 

 

 

 微かな足音が、ふたつ――。

 外の空気を揺らす気配に、顔を上げる。

 

 

 やがて、足音がひとつ遠ざかり、扉を開く小さな物音がした。

 それから僅かな静寂の間をおいて、そっと扉の閉じる音はしたが、消えた足音に付き従ったもうひとつの気配だけが、その扉の前からいつまでも動かない。

 

 典医寺の奥深くにある中庭に接する扉は、開け放したままのこの治療室に続く扉と、もう一つ。

 医仙の住まう部屋に続く、その外扉だけだ。

 

 

 暫く様子を窺っていたが、動く兆しも無い。薬研を使う手を止めて、扉の外へと向かう。

 もう随分と夜も深くなり、ちょうど中空に差し掛かった月が落とす白い光と、この治療室から漏れる、僅かに残した灯光だけが中庭を照らしていた。

 今夜の月は、夜目にも明るい。

 中庭は、淡い光に満ちている。夜に一際匂い立つ幾つかの薬草の香が入り混じり、しんと冴えた空気と共にこの身に纏い付いて来る。

 目を向けた先には、医仙の部屋の前に佇み扉を見つめる、迂達赤隊長の後姿が月明りに淡く浮かんでいた。

 

 一緒に戻った筈の医仙の部屋に灯りは無く、扉の向こうからは物音ひとつしない。

 

 静寂に沈む硬い背中に、どう言葉を掛けるべきかと一瞬惑ったのを感じたのか、それまで微動だにしなかった人が、肩越しにこちらを振り返る。

 月明かりに白く映える、端正な横顔の中で、鋭い漆黒の瞳が際立った。

 

 典医寺へ飛び込んで来た時の、剣呑さを僅かに残してはいたが、徳興君の寝所へ向かう際の射殺さんばかりの殺気は消えている。

 それを見て、迂達赤隊長があの方の身を、何事もなく取り戻して来たのだと分かり、この胸の痞えもすうと落ちて消えた。

 

 ――二人が無事なら、それで良い。

 

 

 

 声をかける前に、こちらへ無音で身を翻した姿を目にして、そのまま踵を返し部屋へと戻る。

 手早く机の上を片付けながら顔を上げると、その身に纏い付く外の冷気を切るような足取りで、隊長がちょうど部屋の中へ入って来たところだった。

「――ご無事で何より」

 どかり、と椅子に腰掛けるなり、大きな溜息をついた人の姿を横目に、薬棚に最後の薬剤を片付けて、用意していた盆を手に振り返る。

「無事なものか…」

 不貞腐る声で呟いて、椅子の背に完全に身を預けて腕を組む姿は、見慣れた虚無の塊のようだった男と同じとは思えず、思わず漏れた含み笑いを噛み殺す。

 きつい視線を向けられたが、掛けられた心労に比べればどうと言うこともない。

 机に置いた盆に乗る酒の瓶と杯を、訝し気に見る隊長を素知らぬ顔で対面に座る。

「酒か――?」

「…私はもう、このまま寝所へ戻るだけですので。少しばかり寝酒にお付き合い下さい」

 普段なら、茶を供するのが常だが、今夜ばかりはこの方が良いと用意した。

「いや、俺は――玄高村におられる王の元へ一端戻らねば…」

「…こんな夜半にですか?多少は身体を休めた方がよろしいかと。それに少量の酒は良薬とも言います。些少であれば貴方にはどうということも無いでしょう」

 言いながら差し向けた杯に酒を注ぐと、僅かな逡巡の後、ふうっとその肩の力を抜いたのが分かった。

 すっと、腕を伸ばして杯を手にする。

 

「――貰う」

 

 そう言って、一息に飲み干した。

 

 

 

 

 

 静かに、杯を干していく。

 そういえば、隊長と酒を飲むのは、出会ってから初めてだと気付く。

 普段から、無駄なく端然とした立ち振舞いをする人だが、酒を飲む仕草もすっきりとしている。

 互いの職務を考えれば、酒を共にする機会などあってなきが如しだが、そんな折があるなら一度くらいは腰を据えて、杯を酌み交わすのも良いかもしれない、と思う。

 

「……元々、突拍子も無い方ではありましたが」

 深酒をさせるつもりは無かったから、酒の量も大したことはない。

 それでも、酒の力を借りねば吐き出せないものがあると、知っている。

「医仙は、ずいぶんと思い切ったことをなさいましたね。――理由を伺っても?」

 杯を運ぶ隊長の手がほんの一瞬止まったが、そのまま唇に当てた杯を呷ってすい、と飲み干した。

 嚥下する喉元が、微かに動く。

 

 手の中の空になった杯を見つめたまま、隊長は微かに眉を寄せる。

 暫く言葉にするのを躊躇った後、何かを思い切るように、静かに語り始めた。

 

「――先日、王様の元へ玉璽を届けるという、イ・ジェヒョン達に請われて付き添った。出発前に会合した場所で、俺達は命を狙われたが、何故か何も仕掛けても来ずに、そのまま刺客達は消えた。お蔭でこうして無事だったわけだが……俺にはその理由が分からなかった」

 

 その話は、確かに自分も聞き及んでいた。

 理由はともかく、隊長一行が無事だったことに、ほっと胸を撫で下ろしたばかりだった。

 

「天界の書を、憶えているか…?以前目にしたものには、天門が開く月日と時刻が書かれていた」

  

 ただ頷いて、差し出された空の杯に、酒を注ぐ。

 灯りを殆ど落とした薄暗い部屋に、窓から差し込む月明りが、皓皓と隊長を照らす。

 その光景に、つい先日同じように酒を飲みながら、窓から照り返る月明りに輝いていた、赤い髪と白く滑らかな頬を思い出す。

 

 『私には、「あの人」と呼べる人はいなかった』と、呟いた切ない声も。

 

「…あの方は、書に残りがあるかを頻りに気に掛けていて、俺は、もしそれがあるなら、やはり天界へ戻る術が記されているのだと思っていた。――だが、違った。あの方は、もしあるなら残りはきっと、自分に当てた手紙だと言った。魘されるほどに夢に見る何かが、もしや記されているかも知れぬと必死になって、徳興君から解毒薬を手に入れた時、俺に隠れてその残りを要求したらしい。あの方は、その内容を読み解いた……」

 

 この7年もの間、隊長の心は虚無の底に沈んでいた。

 出逢った時にはもう既に、硬く凍り付いた瞳をしていた。この世の何もその心を、僅かでも揺らすことも出来なかった。自分は――誰にも、それは出来ないだろうと、思っていた。

 それが今、目の前で静かに語る端正な貌の中には、抑えようにも抑えられぬ何かで燃える黒曜石の瞳がある。

 

「それには俺のことが書かれていた。あの日死ぬ筈だった俺の命を救うために、あの方は徳興君の条件を呑んで婚約した。あの方は――」

 

 隊長は、溢れる何かを飲み込むように、手にしていた杯を勢いよく呷った。唇を濡らした僅かに零れた酒を、杯を握ったままの腕で、ぐいと拭い去る。

 

 微かにその腕が、震えていた。

 

 

 

 

「――あの方は。ただ、俺の為だけに、事を成した」

 

 

 

 

 

 

 

 

参加してみました(笑)

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