今日も生きている
神様にありがとう。
今日も生きれて、そして娘をこんな風に抱きしめることが出来てとても幸せです。
自分の子育てとは自分の人生と向き合う大きな試練だと私はいつも思ってます。
子育ては常に嘘や偽りのない
反映度100パーセントの鏡と向き合うのと一緒だから、時に驚き、時に苛立ちも。
だって今まで、
自分のことをこんなふうに
真っ直ぐに
反映してくれる人は
誰一人もいないんだから。
七月末で七歳になる娘はまるで私の分身だ。
自分が言った話、
自分の鼻唄、
自分の好きな言葉から仕草
全部コピーしてくれるから
時に"本当にこれでいいのか?"という焦りもが出てくる。
母親という台本のない大役に
自分は本当になれているのか、
なれていないのか、という
簡単な質問を二、三回くらい
自分に問いかけながら
日々過ごしているのが母親だ。
幸せな時分もあれば
これでいいのか、あれでいいのかって
孤独な時もある。
そして不定期にくる山場というのは
出来ないわが子VS理想な母親像と戦う時だ。
本来であればまずは黙って
出来ないわが子を"受け止める"べきだったのに対して
↓
理想な母親にならなきゃという焦りから
↓
"なんて出来なかったの"とまず口で叱ってしまう時が一番辛いです。
理性ではわかっているのに、
でもどうしても抑えきれない自分が出てきてしまう時が一番辛いです。
きっと、怖いんだろうな、その顔が。。
今日は1分の遅刻でバレエの授業を拒否した娘に怒ってしまったけど、
一つ自分がすごく大事なことを伝えました。
始まりと終わりは全てではない
重要なのは何かあっても参加することだ
また、入ったら挨拶、
出る時も挨拶だ。
そんな私の話、泣きながら聞いてそしてそのまま寝てしまった娘の横顔を見て、
私は久しぶりにまたブログの更新を続けようとし思いました。
きっと、何事も続ければ何かが見えてくる。
そう思った本日でございます。



