最近、美容関係ネタを書いてないですが…
2週間程前の出来事を、なんだかもんもんと考えてしまっているので
ちょっと吐き出してみたいと思います。
うちの次男には吃音があります。
吃音と書くとわかりにくいのですが
どもり、山下清の話し方と言ったらわかるでしょうか。
自分もそうでしたが、どもる事がなければ、あまり意識する事なく
生活しています。
割合的には男の子に多く100人に1人いると言われています。
少ない数字ではありません。
学校だったら3クラスに1人くらいはいるという計算になります。
身近にいるかもしれない吃音の事を今日はちょっと書いてみます。
先日、小学校1年生の次男とお風呂に入っていた時の事です。
「まま。僕のあ、あ、あ、はなんで治らないの?
病気なの?」
「病気じゃないよ。なんでそんな事思うの?」
「だって〇〇ちゃんが、病気なんでしょって言ったもん」
「…コタ君のあ、あ、あは病気じゃないの。
でもそうなっちゃうのは、まだよくわかってないの。」
「ふ~ん、そっか…いやだなあ…」
そのまま、次男はお風呂の中へブクブクともぐってしまいました。
小さなこの子には、自分が何故、周りの子と同じように話せないのか、理解できません。
ことばの教室に行っても、先生は吃音の子はたくさんいて、気にしなくていいんだよって
事を今、教えてる段階のようです。
タレントの小倉智昭さんもひどい吃音者だったらしいですが、克服した話しは有名です。
吃音は『治る』ではなく、『克服』『うまく付き合う』と言う事なのでしょう。
だとしたら、小学校1年生に克服させるのは、まだまだこれからのお話し…。
克服とは、傷ついて、でも負けないって頑張ってからの話しだと思うと
これから、次男はどれだけ、吃音で傷ついていく事があるのだろうか…。
自分が代われるならばと思ってしまいます。
吃音には波があり、ひどい時期もあれば、すらすら言える時も
あります。
当たり前に話す言葉が難しいと言われていて
『自分の名前』や、『ありがとう』って言葉はつまりやすいようです。
人生の中でどれほど、繰り返す言葉でしょうか。
例えば、
『ありがとう』は詰まってしまうから、
『はりがとう』
と言うテクニックを身につけるのがベストな方法らしいです。
聞く方には、『ありがとう』と聞こえるらしい…。
こういったテクニックをこれから学ぶ事で、克服とか、うまく吃音と付き合うって事なんだろうな~と母親としては漠然と捉えていましたが、
このお風呂での会話は、確かに、
吃音の我が子が傷ついてる姿を目の当たりにした出来事でした。
そして、私自身も傷ついた我が子を見て初めての衝撃を受けました。
我が子が、多分この子は吃音では?と思ったのはは3歳頃です。
イロイロ調べて、小さい子供には20人に1人くらいいて
成長とともに、消失する事が多い事を知りました。
就学前までは様子をみる事が大事らしく
保育園の先生や、検診での先生方も
『様子をみましょう。そのうちなくなりますよ。』
と言っていました。
私もそのうちなくなると思っていました。
意識させると余計ひどくなってしまうと書いてあったので
友人やよく遊ぶお友達には、
うまく話せなくても
もう一回言ってごらんとか、
ゆっくり話してごらんって言わないで。
言いたい事が理解できるのに本人が言えなくて困ってたら、
「〇〇したいのね」って言ってあげてとお願いしました。
吃音で、言葉がつまってしまうと同時にチックも出て、目をパチパチさせます。
子供達は最初おもしろがって真似する事もありましたが、
周りのバックアップで、本人はたいして気にする様子もなく大きくなりました。
いつか治るかもと思ってた吃音はなくならず
100人に1人の吃音になりました。
ネットなどで、実際吃音に悩む大人達の意見を見れば…
面接でどもって落ちてしまった。
発表の前にはどれだけ練習しても本番ではボロボロだった。
どもってしまうから、話す事をやめ無口になった。
簡単な言葉が言えない自分に、自信がない。
まわりにからかわれるから、吃音を恥ずかしいと思う。
電話にでても、声が出ない。
友達に笑われた。真似されて嫌な思いをした。
一般的に言われてる、吃音で困ってる方の意見です。
そして、恥ずかしいと思い孤立していく。
うまく言わなきゃと思うから意識して余計に声がでなくなるという悪循環。
苦手な言葉を回避する会話のテクニックを身につける方もいたり、
いつの間にかどもらなくなった方もいるようですが、
自分自身で殻を作ってしまう事も多いようです。
『病気なの?』
と聞いたお友達には悪意はなく、素直に思っただけで
子供だからこその素朴な疑問です。
いつかそんな日が来るとは思っていながらも、
次男の心が軽くなるような言葉を用意してなかった自分が親として
情けなかった…。
今日、ことばの教室があり、終わってから先生とお話をしました。
『どもってもいいんだよ』と言う本を読み合わせているそうです。
その中で自分がどもってしまった最初の時を覚えてる?
と先生が聞いたら次男は
「なんさいのときかわかんないけど、おかあさんっていえなかった」
と答えたそうです。
我が家では長男は私を『お母さん』と呼びますが
次男は『ママ』と呼びます。
なんでかなと思っていましたが
そういう理由だったんだと初めて知りました。
私の後ろで「おかあさん」と言おうとしても声が出なくて
幼いこの子が母を振り向かせる苦肉の策が
『ママ』
だったという事。
教室が終わり、次男を小学校まで送って、
雨の中を長靴で楽しそうに飛び跳ねながら歩いていく姿をみて
私は車の中で初めて涙を流しました。
私の育て方が悪かったのか、
仕事が忙しすぎて愛情が足りないのか、
妊娠中ずっと具合が悪くて薬ばかりのんだからかなとか。
関係ないと言われてますが、ずっと頭の片隅にあり自分を責める気持ちがありました。
治す薬がないのなら
自分がしなければならない事はなんだろう…。
そんな事をずっと考えてきましたが、
吃音をまわりの人にもっと、知ってもらって
どもってもいいんだと思える環境作りではないのか。
たくさんの子供達と接する教育者さえ、勉強してる方は少なく、
次男の入った保育園の先生方は、そろって
「ゆっくり話してごらん、もう一回言ってごらん」
と言っていました。
びっくりして、吃音の注意点を書いたコピーを何部も作って
先生方に配り知ってもらったりしました。
先生方は
『え~~~っ』
と紙を見てびっくりしてましたが
キャリア何十年の先生方の元で幼児なら20人に一人吃音がいるとしたら
どれだけの吃音児にそう言ってきたのでしょうか?
担任の先生には、ことばの教室の先生が資料を渡してくれたようですが
やはり、あまり知らなかったようです。
自分だって、我が子が吃音でなければ
『ゆっくりはなしてごらん』
と、よかれと思って言ってたかもしれません。
昔に比べて、
ことばの教室などの、支援クラスが出来た事で、小さい時から
テクニックを身につける事は可能にはなってきたと思います。
生きて行く事は辛くて悲しい事がたくさんあります。
自分もたくさんの苦しみを乗り越えて今こうして生きています。
我が子に傷つかずに生きていって欲しいなどとは思っていないのですが
知ってもらえたら…と思わずにはいられません。
これから、次男は小さい時とは違い、自分の事を色々考える年齢になってきます。
彼の自由帳に
『ぼくだって、ふつうにはなしたい』
と書いてあったと、おばあちゃんが見つけて泣きながら私に言ってきました。
もし友達が
『どもってもいいじゃん、だからなに?』
って言ってくれたらきっと心は軽くなるはず。
恥ずかしくなんかない。
『どもっても自分は自分』
明るくて、活発な次男が自分で自信を持って人生を歩める大人になっていけるように
見守っていけたらと…そんな事を考えています。
吃音ドクター 菊池良和さんインタビューNPO法人全国言友会