【はじめに】

 

 アッサラーム。

 さて本記事をお読み下さっている皆様におかれましては突然で恐縮なのですが、実は本ブログ、Twitterの避難場所としてひとまず開設しただけのものでした。ですので、何かを論じるためにブログが必要だったというわけではなく、あくまで連絡の場を確保することが最優先、まあ気が向いたら何か書いてみるかもしれない……という程度の気持ちで開設しただけの場でありました。

 しかし、あらためて少し考えてますと、ブログという長い文章をアップできる場でこそ論じるべき問題が目下存在していることに気付きました。それは、NBAプレイヤー八村塁選手に対するバッシングについてです。八村は、今年日本で開催されるバスケットボールワールドカップ日本代表に参加しない旨を先日発表しました。これに対する反応はさまざまで、理解を示すファンも多い一方、苦言めいた発言をする人や、さらには「無責任」「愛国心が足りない」などという言葉で攻撃する人々も現れています。この事態について私はTwitterの方で少なからず発言していたのですが、事件そのものが相応に複雑な内容や背景を持っているので、やはりTwitterで論じきるのは難しいとも感じていました。そうしたときにTwitterの規制が始まり、避難場所として特に考えもなくこのブログを開設しました。これもまたお導きだったのかもしれません。であれば、一つ筆をとってみるのも義務なのかもしれない。そう思って書き上げたのがこの記事だということです。

 長くなってしまいましたが、NBAや八村について名前くらいしか聞いた事がない、という方にもお読みいただけるように書いたつもりですので、どうぞ最後までお付き合いただければ幸いでございます。

 

 

【NBAドラフト2019】

 

 今から遡ること4年前。2019年のNBAドラフトは、日本のバスケットボールの歴史が大きく動いた(と言われている)ドラフトでした。八村塁が、日本人として初めて1巡目でドラフト指名されたからです。この「1巡目」とは、30位までのドラフト指名を意味します。NBAには全部で30のチームが存在し、毎年、ドラフトにエントリーした候補生の中から2人を指名することができます。つまり、1位から30位までの指名権である「1巡目指名権」が各30チームに1つずつ与えられ、同様に31位から60位までの「2巡目指名権」も各30チームに1つずつ与えられているということになります。

 さてこのドラフト指名権ですが、当然のことながらより高順位の指名権を持っていれば、それだけ良い新人を指名できる確率が高まります。実際には1位で指名された選手が鳴かず飛ばずだったり、41位で指名された選手(つまり2巡目で指名された選手)がNBAの歴史の中でも上位に名を刻むほどのスーパースターに成長するようなことも結構起こりますが、とは言え全体的に見れば、やはり歴史に名を刻む選手の大半は上位でドラフトされていることが多い。ですので、上位のドラフト指名権を獲得できるかがチームの行末を左右するわけです。

 ではドラフト指名権の順位は、各チームにどのように割り当てられるのでしょうか? これは基本的に、ドラフト直前のNBAシーズンで、成績の悪かったチームほど高順位の指名権が与えられるシステムが採用されています。露骨な言い方をすれば、弱いチームほど高順位の指名権が割り当てられる仕組みです。このシステムの趣旨は、NBA30チームの戦力ができるだけ均衡を保つようにすることにあります。やはり極端に弱いチームがいると、リーグ全体が面白くなくなりますから、弱いチームには優秀な新人をドラフトできるようにさせている、というわけです。

 このシステムの下、八村は1巡目9位という高順位で指名を受けました。いかに八村がNBAで期待されていたかが分かろうというものです。

 

 

【ウィザーズでの最初の2年間】

 

 八村を指名したのは、ワシントンに拠点を置くウィザーズというチームでした。八村はここで順調なキャリアをスタートさせます。最初の2019ー2020シーズンでは(NBAでは年を跨いで1シーズンを消化します)、出場した試合では全てスタメンとして活躍し、シーズン終了時にはオールルーキー2ndチームに選出されます。このオールルーキーチームというのは、そのシーズンの新人(基本的には60人います)の中から特に良い活躍をした選手たちを表彰する制度です。新人のうち最優秀の5人がオールルーキー1stチームとして選出され、次に優秀だった5人が2ndチームとして選出されます。八村は2ndチームですので、要は「60人の新人の中で10位以内の活躍だった」とご理解頂ければ概ね正しい理解となります。まずは指名順位の9位に見合う活躍だったと言えます。

 続いて2年目の2020ー2021シーズンでは、八村の所属するウィザーズは決勝トーナメントへの出場を果たします。この決勝トーナメントは「プレーオフ」と呼ばれまして、NBAのシーズンを構成する2つの試合フォーマットのうちの1つです。もう1つの試合フォーマットは「レギュラーシーズン」と呼ばれ、こちらの方が先に行われます。まずシーズンが開幕すると、全30チームは、総当たり戦の要領で戦うレギュラーシーズンを過ごします。他の29チームとそれぞれ2~4回戦って、合計で82試合を戦うように組まれます(ちなみに労働争議などで試合数が減らされることもあります。2020ー2021シーズンも、感染症の影響で短縮されました)。お気づきの方も多いと思いますが、この82試合のレギュラーシーズンで勝ち星の多いチームが、決勝トーナメントであるプレーオフに進出できるという仕組みです。プレーオフに出場できるのは30チーム中16チームですから、「なんだ、半分以上のチームは決勝トーナメントに出られるのか。思ったより楽だな」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは地球上で最強のバスケットボールリーグであるNBA。この16チームに入ることは相当に大変なことなのです。

 逆に言えばその相当に大変なことを、八村の所属するウィザーズは実現したということです。そして八村はこのときチーム内で主力と言える立場でしたから、彼個人もまた素晴らしいことを実現したということになります。プレーオフではウィザーズは1回戦で姿を消しますが、格上のチーム相手によく戦いましたし、八村も随所で光るプレーを見せてくれました。ダンクを決めた後に気持ちが昂りすぎたのか、マッチアップしていた選手に向かって叫びながら近づき、審判からテクニカルファウル(スポーツマンらしくない行為に対して宣告されるファウル)を宣告された、というシーンもありましたが、深刻なことではなく、どちらかと言えば笑えるシーンだったと思います。

 

 

【東京五輪からトレードまで】

 

 しかし、ここから到底笑えない出来事が連鎖していきます。プレーオフでウィザーズが敗退して2ヶ月ほどで、八村は東京五輪のバスケ日本代表に参戦します。ここで日本が惨敗したことを覚えてらっしゃる方も多いかもしれません。前評判が高かった(マスコミが過度に煽った、とも言えますが)こともあって、結果を出せなかったバスケ日本代表には多くの批判が集まりました。特に日本のエースとして注目を浴びていた八村は矢面に立たされ、バッシングの中心ターゲットにされてしまいます。その中には、ハーフである八村に対する人種差別的な発言も少なからずあり、東京五輪自体にはまったく関心の無かった私も憤りを覚えたことは記憶にしっかり残っています。

 このバッシングが直接の原因かどうかは分かりませんが、東京五輪後の2021ー2022NBAシーズンを八村は長期欠場することになります。そしてNBAの厳しい側面ではありますが、チームの主力が欠場すると、それは他の選手にチャンスが回ってくるということを意味します。しかも、八村と同じポジションには優勝経験のある選手が新しく加入していました。結局八村はレギュラーシーズンの半分を欠場した上、スタメンを務めた試合は僅か13試合にとどまり、1試合の平均プレー時間も前シーズンより9分も少なくなってしまいました(NBAは1試合のプレー時間は合計48分ですので、9分はその2割弱にあたります)。

 この流れは次の2022ー2023でも変わらないどころか、さらに悪くなっていきます。ウィザーズはこのシーズンが始まる前に、八村と同じポジションをこなせる選手をまた新たに1人獲得します。この結果、八村の出番はさらに少なくなっていきました。そしてついに八村は、レギュラーシーズンの途中でトレード(チームが所属する選手同士を交換すること。基本的にはチーム運営側の判断で実施されますが、選手側から自分をトレードしてくれと要求することも多々あります)を要求するに至ります。

 

 

【レイカーズでの復活】

 

 こうして八村は、ロサンゼルスを拠点とする「レイカーズ」というチームにトレードされます。NBAをよく知らない方でも、レイカーズの名前は耳にしたことがあるという方は多いようです。NBAで最高優勝回数を誇る名門チームですので、それも当然かもしれません。レイカーズは2020年にも優勝しており、そのときの中心選手2人を残しているので、このときも優勝を期待されていました。ただ周りを固める他の選手との相性が良くなく、このときレギュラーシーズンでは思うように結果を出せていませんでした。だからこそレイカーズは相性の良くない選手たちをトレードして新たな選手たちを迎え入れる決断を下したのです。そして迎えられた選手の1人が八村塁でした。

 このレイカーズで八村は復活を果たします。まずトレードされてからの残りのレギュラーシーズンでは、ときにパフォーマンスが批判を受けたものの、トータルではそれなりに活躍をしていました。八村の実力が真に発揮されたのは、プレーオフになってからです。レイカーズは新加入選手たちの活躍もあって、決勝トーナメントであるプレーオフ進出を果たします。プレーオフではレギュラーシーズン以上にハードな戦いを要求されますが、ここでフィジカルの強さや高さがより重要になってきます。これらは八村の大きな武器でした。さらにディフェンスや得点でも活躍した八村の尽力もあり、レイカーズはベスト4にまでトーナメントを駆け上がりました。レイカーズはここで惜しくも敗れてしまいますが、内容的には見所も多くあり、八村もヨキッチという現最強選手相手に食らいつき、評価を上げます。なおこのヨキッチ率いるナゲッツというチームは最終的にヨキッチの活躍によって優勝していますので、この敗戦もレイカーズの評価を落とすものではなく、ヨキッチ相手に食らいついた八村の評価もさらに上がることにもなりました。

 

 

【新契約とワールドカップ】

 

 こうしてトレードによって大成功のシーズンとなった八村は、新契約を迎えることになります。八村とウィザーズの契約は、2019から2023までの4年契約。トレードされてもこの契約はそのままレイカーズに引き継がれます。ですのでレイカーズとの契約が終了した八村は、次の契約に向けて交渉を開始することになります。2022ー2023シーズンの八村をレイカーズは高く評価しており、ある程度大きな契約を結べるだろう、というのが大方の予想でした。

 ここで問題になるのが、2023ワールドカップへの参加でした。今回のワールドカップは開催地が日本ということもあり、多くの日本人バスケファンは八村の参加を期待していました。しかし日本代表に参加するとなれば、他の選手たちと合わせる練習なども必要になります。これが八村のNBAでの実力向上に役立つかと言えば、そうだと断定もしにくい。また日本代表として日の丸を背負うということは気持ちの上でもかなりのプレッシャーになります。何より、もしも試合や練習で怪我をすれば、レイカーズとの新契約もご破算になる可能性が高い。殆どのNBAファンはこうした事情を理解していたので、おそらく八村は代表を欠場するだろうと予想していました。実際にその予想どおりになり、残念がるNBAファンは多々いましたが、批判めいたことを口にするNBAファンは殆どいませんでした。

 しかし問題は、NBAを普段観ていない(と思われる)方々です。彼らは普段、国内バスケや日本代表しか観ないと思われますが、八村の上記のような事情に関して全くの無頓着でした。また事情を知っている人から指摘を受けても、それで理解するわけでもなく、今度は「八村は日本よりも自分のNBAキャリアを優先した自己中心的な選手」といった趣旨の非難、バッシングを展開します。もちろん、こうしたバッシングに対しては事情を良く知るNBAファンからも反論が上がりましたが、同時に、バッシングを等閑視するNBAファンも少なからず存在しました。そうしたファンは、バッシングこそしないものの八村の欠場を非常に残念がっていることが大半でした。

 

 

【思うこと】

 

 以上で事実関係の整理はひとまず終わりとして、ここからは私見を述べたいと思います。

 そもそも今回の件、批判するにせよ理解を示すにせよ、根本的なところで最初からズレていた言えます。と言いますのも八村塁はNBAに所属し、ロサンゼルを拠点に活動している選手。「日本代表」とは最初から関係が無いのです。これがBリーグの選手であれば、Bリーグはその目的に日本バスケの普及・振興を掲げていますから、その所属選手も日本バスケのために日本代表に関わっていく義務がある程度存在する、ということは言えなくもありません。しかしNBAに在籍する八村にはこうした事情も特に存在しないのです。強いて何か事情を挙げるとすれば、八村は日本国籍を持っている、という一点のみでしょう。しかし、国籍というのは本来バスケットボールとは何の関係もありません。日本国籍を持った日本人選手が日の丸を背負って他の国の代表と戦い、それに日本人が喝采を送る。この構図は、スポーツというよりも、国威発揚、政治の構図そのものです。この記事では、この構図そのものの是非を問いたいわけではありません。皆が全てを分かっている納得して楽しんでいるのであれば、外野から盛り下げる言葉を投げかけるのも基本的には野暮というものでしょう。しかし、果たして皆が全てを分かって納得していたと言えるのでしょうか。国籍別対抗戦はスポーツと言うよりも政治の構図である、ということにさえ、無自覚だった方が大半だったのではないでしょうか。だからこそ、まったく参加義務の無い八村に対する見当はずれなバッシングが起こってしまった。そしてバッシングを非難するロジックの多くも、「八村は新契約を控えた大事な時期だから、日本代表を欠場するのも仕方がない」といった、どこか「本来は日本代表に参加すべき」という考え方を前提とするのものだった。幸いなことに八村はレイカーズとの新契約をスムーズに締結できましたが、「契約が決まったんだから今からでも日本代表に参加してほしい」という声が上がってきています。繰り返しますが根本的に間違っています。八村が出場したければ出場すればいい。欠場するなら欠場すればいい。どちらにせよ八村の自由であり、そこに理由は必要ありません。なぜなら八村は、たまたま日本国籍を持っているだけのNBA選手だからです。国威発揚のための政治のイベントに出場するのが当然、出来る限りは出場すべき……と考える方がいらっしゃるのは勝手ですが、その考え方は誰にも強制できないものなのです。

 むしろ今回のバッシングで非常に質が悪いのは、バッシングした方々には、自身の考え方を強制しているという自覚がおそらく無かったことです。価値観や思想は、無自覚であるほど歯止めが効かなくなり残酷になっていく傾向があります。とりわけ他人を批判するときは、その批判の根拠として自分が依って立っている価値観、理念がなんなのか、それを自問してみる必要がある。それができなければ、スポーツナショナリズムを根源とした今回のような事件は何度でも起きることでしょう。バッシングに至らないような「出て欲しかった。残念だった」という程度の感想くらいであればもちろん容認されるべきですが、その感想さえも本来は勝手な期待に過ぎないということは自覚しておいた方がよろしいでしょう。なぜならば「自分はバッシングまではしないが、バッシングしている人達の気持ちも分かる」という地点まで、それほどの距離が無いからです。実際に、そうしたバッシングに一定の理解を示していると思われるNBAファンも、少なからず目に入りました。

 無自覚は、蝕んでくる。これだけはご理解いただけることを、願って止みません。この言葉をもって今回の〆とさせて頂きたいと存じます。長らくお付き合い頂き誠にありがとうございました。また機会がありましたら、次の記事でお会いしましょう。インシャーアッラー。