KARAyokuneのブログ

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僕はシロ、しんちゃんのともだち。十三年前に拾われた、一匹の犬。
まっ白な僕は、ふわふわのわたあめみたいだと言われて。
おいしそうだから、抱きしめられた。
あの日から、ずっといっしょ。
「行ってきマスの寿司~~~~~~。」
あいかわらずの言葉といっしょに、しんちゃんは家から飛び出していった。
まっ黒な上着をつかんだまま、口に食パンをおしこんでいるところを見ると、
今日もちこくなんだろう。
どんなに大きな体になっても、声が低くなっても、朝に弱いのは昔から。
特に今年は、しんちゃんのお母さんいわく『ジュケンセイ』というやつだから、
さらにいそがしくなったらしい。
たしかに、ここのところのしんちゃんは、あんまり僕にかまってくれなくなった。
しかたのないことだとしても、なんだかちょっと、うん。
さみしいかもしれない。
せめてこっちを見てくれないかな、と言う気持ちと、がんばれという気持ち。
その二つがまぜこぜになって、とにかく少しでも何かしたくなって。
小さくほえてみようとしたけれど、出来なかった。
なんだかとても眠たい。
ちかごろ多くなったこの不思議な感覚、ゆっくりと力が抜けていくような。
あくびの出ないまどろみ。
閉じていく瞳の端っこに、しんちゃんの黄色いスニーカーが映って。
ああ今日もおはようを言い損ねたと、どこかで後悔した。
ぴたぴたとおでこを触られる感覚に、急に目が覚める。
いっぱいに浮かんだ顔に、おもわず引きぎみになった。
ひまわりちゃんだ。
「シロー。朝ご飯だよ。」
そう言いながらこちらをのぞき込んでくる顔は、しんちゃんに似ていて。
やっぱり兄妹なんだな、と思う。
「ほら、ご飯。」
ひまわりちゃんは、片手で僕のおでこをなでながら、もう片方の手でおわんを振ってみせる。
山盛りのドッグフード。まん丸な目のひまわりちゃん。
あんまり興味のない僕のごはん。困った顔のひまわりちゃん。
僕は、それをかわるがわる見ながら、迷ってしまう。
お腹は減っていない。
でも食べなければひまわりちゃんは、もっと困った顔をするだろう。
でも、お腹は減っていない。
ひまわりちゃんは、悲しそうな顔になって、僕の目の前にごはんを置いた。
そして、両手でわしわしと僕の顔をかきまわす。ちょっと苦しい。
「お腹減ったら、食べればいいよ。」
おしまいにむぎゅうっと抱きしめられてから、そう言われた。
ひまわりちゃんは立ち上がると、段々になったスカートをくるりと回して、
そばにあったカバンを持つ。
学校に行くんだ。
いってらっしゃいと言おうとしたけれど、やっぱり言う気になれなくて。
僕はぺたんとねころんだ。
へいの向こうにひまわりちゃんが消えていく。
顔の前に置かれたおちゃわんを、僕は鼻先ではじに寄せた。
お腹は、ぜんぜん空いていない。
ごはんを欲しいと思わなくなった。
おさんぽにも、あんまり興味はなくなった。
でも、なでてもらうのは、まだ好き。
抱きしめられるのも、好き。
『ジュケンセイ』っていうのが終わったら、しんちゃんは。
また僕をいっぱい、なでてくれるのかな。抱きしめてくれるのかな。
そうだといいんだけど。
目を開くと、もう辺りはうすむらさき色になっていて。
また、まばたきしているうちに一日が過ぎちゃったんだと思う。
ここのところ、ずっとそうだ。何だかもったいない。
辺りを見回して、鼻をひくひくさせる。しんちゃんの匂いはしない。
まだ、帰ってきてないんだ。
さっき寄せたはずのおちゃわんのごはんが、新しくなっている。お水も入れ替えられている。
のろのろと体を起こして、お水をなめた。冷たい。
この調子なら、ごはんも食べられるかと思って少しかじったけれど、ダメだった。
口に中に広がるおにくの味がキモチワルイ。思わず吐き出して、もう一度ねころがる。
夢のなかは、とてもしあわせな世界だった気がする。
僕はまた夢を見る。
しんちゃんと最後に話したのは、いつだっただろう。
僕はしんちゃんを追いかけている。
しんちゃんはいつものあかいシャツときいろいズボン。小さな手は僕と同じくらい。
シロ、おて
シロ、おまわり
シロ、わたあめ
『ねえしんちゃん。僕はしんちゃんが大好きだよ。』
『オラも、シロのこと、だいすきだぞ。シロはオラの、しんゆうだぞ!』
わたあめでいっぱいのせかいはいつもふわふわでいつもあったかで
いつまでもおいかけっこができる
いつまでも
また朝がきた。
でも、その日はいつもと違っていて。しんちゃんのお母さんが、僕を車に乗せてくれた。
しんちゃんのお母さんの顔は、気のせいか苦しそうだった。
車はまっ白なお家の前で止まって、僕は抱きしめられたまま下ろされる。
そして一回り大きなふくろの中につめられた。まっくらだ。どうしようか。
昔なら、びっくりしてあばれてしまったかもしれない。でも今は、そんな力も出ない。
とりあえず丸くなると、体がゆらゆらとゆれた。
それがしばらく続き、次にゆれが収まって、足もとがひんやりとしてくる。
いきなり辺りがまぶしくなった。
目をぱしぱしさせていると、変なツンとした匂いがする手につかまれ、持ち上げられる。
いっしゅんだけ体が宙に浮いて、すぐに冷たい台の上に下ろされた。
まっ白い服を着た人が、目の前に立っている。そばには、しんちゃんのお母さん。
二人が何かを話している。白い人が、僕の体をべたべた触る。
しんちゃんのお母さんが、泣いている。
どうして泣いているのか解らないけれど、なぐさめなくちゃ。
でも、体が動かない。またあの眠気がおそってくる。起きていなきゃいけないのに。
なんとか目を開けようとしたけれど、ひどく疲れていて。
閉じていく瞳を冷たい台に向ければ、そこに映るのはうすよごれた毛のかたまり。
なんて、みすぼらしくなってしまったんだろう。
ああそうか、僕がこんなになってしまったからなんだ。だからなんだ。
だからしんちゃんは、僕に見向きもしないんだ。
おいしそうじゃないから。
あまそうじゃないから。
僕はもう、わたあめにはなれない。
わたあめ。
ふわふわであまあまの、くものかたまり。
いちど地面に落ちたおかしは、もう食べられないから。
どんなにぽんぽんはたいても、やっぱりおいしそうには見えないよね。
だけど、君はいちど拾っててくれた。
だれかが落として、もういらないって言ったわたあめを。
だから、もういいんだ。
何かにびっくりして、僕はまた戻ってきた。
見なれた僕のお家。いつもの匂い。少しはだざむい、ゆうやけ空。
口の中がしょっぱい。
「なんで!!!!!!」
いきなり、辺りに大声が響いた。びりびりとふるえてしまうような、いっぱいの声。
重たい体をひきずって、回り込んで窓からお家の中をのぞきこむ。
しんちゃんのお父さんとお母さん、ひまわりちゃん。
そして、僕の大好きなしんちゃんも。
みんなみんな、泣いていた。
「母ちゃんの行った病院は、ヤブだったに決まってる!! オラが、他の病院に連れてくぞ!!!」
しんちゃんが、ナミダをぼろぼろこぼしながら、怒っている。
ひまわりちゃんも、うつむいたまま顔を上げようとしない。
「しんのすけ、落ち着け。仕方ないんだ。」
しんちゃんのお父さんが、ビールの入ったコップをにぎりしめたまま呟いている。
「仕方ないって、父ちゃんは…ホントにそれでいいの!!!???」
「良いわけないだろ!!!!!」
しんちゃん以上のその大きな声に、だれもなにも言わなくなった。
その静かな中に、しんちゃんのお父さんの低い声が、ゆっくりひびく。
「しんのすけ、良く聞け。いいか、生き物は何時かは死ぬんだ。
 それは、俺たちも同じだ。……もちろん、ひまやお前の母さんもそうだ。
 それが今。その時が、いま、来ただけなんだよ。解ってたことだろう?」
しんちゃんは、なにも言わない。しんちゃんのお母さんも、続ける。
「あのね、ママが最初ペットを飼うのに反対したのはね、そう言う意味もあるの。
 しんちゃんに辛い思いをさせたくなかったから…ううん。
 私自身が、そんな辛いお別れをしたくなかったから。だから、反対してたの。
 でも、もうこうなっちゃった以上、仕方ないでしょう?
 せめて、最期を看取ってあげることが、私たちに出来る一番良い事じゃないの?」
「最期って!!!」
しんちゃんが泣いている。ぼろぼろ泣いている。手をぎゅっとにぎりしめて。
僕よりもずっと大きくなってしまった手を、ぎゅっとかたく。
僕の体のことは、たぶんだれよりも僕自身が一番知っていて。
でも、いいと思っていた。
このままでもいいって。
だって夢の中はあんなにもあったかくてあまくって。
だからずっとあそこにいても、かまわないと思ってたんだ。
それじゃだめなの?
しんちゃんがこっちを見た。
しばらく目をきょろきょろさせたあと、僕を見付けて、顔をくしゃくしゃにさせる。
「シロ。」
名前を呼ばれた。本当に、ひさしぶりに。
わん。
なんとか声が出た。本当に小さくて、ガラスごしじゃあ聞こえないかと思ったけれど。
でも、たしかにしんちゃんには届いた。
しんちゃんが近付いてくる。窓を開けて、僕に手をのばして。
「大丈夫、オラが、何とかしてやるぞ。」
やっと抱きしめてくれたしんちゃんの胸は、いっぱいどくどく言っていて、
夢の中の何十倍も、とってもあったかかった。
ねえ、よごれたわたあめでも。
僕は夢を見る。
何度目になるかはわからない夢。でも、それは今までとはちがう夢。
僕は段ボール箱に入っていて、そのはじをしんちゃんがヒモで三輪車に結びつけている。
三輪車がいきおいよく走る。
箱ががたがたゆれて、ちょっときもちが悪い。
ふいに、その箱から引っぱり出され、僕は自転車のかごに乗せられた。
小さな自転車。運転しているのはしんちゃん。せなかにはまっ黒なランドセル。
シロに一番に見せてやるぞって、嬉しそうにしょって見せてくれたランドセル。
まだまだ運転は下手だったけど、とってもあたたかかった、春。
自転車のかごが一回り大きくなる。
くるりとまわると、しんちゃんが今度は、まっ白なシャツを着ていた。
自転車も、新しくなっている。もうよたよたしていない。スピードも、速い。
そういえば、よくお母さんに怒られたとき、
ナイショだぞって僕を、こっそりフトンの中に入れてくれたよね。
もちろん次の日には、お母さんに怒られるんだけど、それでもやめなかった。
二人だけのヒミツがあった、きらきらしてまぶしい、夏。
ぼんやりしていたら、ひょいっとかごから下ろされた。
代わりに自転車を押しているしんちゃんのとなりに並んで歩く。
しんちゃんはずいぶん背が伸びて、お父さんと変わらないくらいになった。
お母さんといっしょに使っている自転車が、ぎしぎしと音を立てる。
でも、どんなに大きくなっても、きれいな女の人に目がいくのは変わらない。
こまったくせだなあと思いながらも、どこか安心してる僕がいる。
いつまでも変わらないでいて欲しかった、少しだけ乾いた風が吹く、秋。
寒い冬。
あんまり話してくれなくなった。
おさんぽも、少なくなって。こっちを見てくれることも少なくなった。
見えるのは横顔だけ。
楽しそうな、悲しそうな。ぼんやりした、困った。怒っているような、悩んでいるような。
そんな、横顔だけ。
寒い冬。小屋の中で、ひとりで丸くなっていた、冬。
寒かった冬。でも、冬は春への始まり。あたたかな春への始まり。
僕は丸まって、わたあめのようになって、あったかいうでの中で。
春の始まりをまっている。
たとえそれがほんのいっしゅんのものでも。
かしゃん、という、なにかがたおれる音がして、僕は目を開けた。
電灯がぽつりぽつりとついた、暗い道の真ん中で、見なれた自転車が横になっている。
のろのろと首を上げると、しんちゃんの前髪が顔に当たった。
道のはじっこのカベに、もたれかかるようにしてしゃがみ込むしんちゃん。
その体はひっきりなしにふるえていて、とても寒そうだった。
僕を抱きしめたまま、動こうとしないしんちゃん。
しんちゃんに抱きしめられたまま、動くことができない僕。
ああだれか僕の代わりに、しんちゃんを抱きしめてあげて。
「ごめんな、ごめんなシロ。オラ、何にも出来なかった。」
ぽつりぽつりと、しんちゃんが話しかけてくれる。
「いっぱい病院回ったんだ、でも、どこも空いて無くて。
 空いてるトコもあったんだけど、大抵シロを一目見ただけで…何も。
 あいつらきっとお馬鹿なんだぞ。お馬鹿だから、何にも出来ないんだ。」
しんちゃん、泣いてるの? ねえ、泣かないで。
「でも、ホントにお馬鹿なのは……オラだ。」
しんちゃんなかないで。
「オラっ……シロがこんなになってるの、気付かなくて…!!
 ずっと、一緒にいたのに…親友だって……思ってたのに、なのに!!!」
なかないで、もういいから。
「シロっ…………。」
しんちゃんが泣いている。僕はなにもできない。
せめて元気なところを見せようと思って、僕はしんちゃんのほっぺたをなめた。
しんちゃんのほっぺたは、少しだけ早い春の味。
僕がメスだったら、しんちゃんのために子供を作っただろう。
僕が居なくなっても、寂しくないように。
僕がわたあめだったら、しんちゃんのためにせいいっぱい甘くなっただろう。
僕が食べられても、甘さが少しでも長く口にのこるように。
僕が人間の手を持っていたら、しんちゃんを抱きしめただろう。
僕がしんちゃんにもらった、温もりを返すために。
僕が人間の言葉をしゃべれたら。
きっと、いっぱいいっぱいのありがとうとだいすきを、君に。
ひっきりなしにこぼれるナミダをなめながら、僕はあることに気が付いた。
僕はここを、今しんちゃんがすわりこんでいるここを、知っている。
ここは、僕と君が初めて会ったところ。
僕と君との、始まりの場所。
僕は待っていた。
あきらめながらも、いつか。
いつか、おっこちたわたあめでも。
おいしいそうだって言ってくれる人が。
ひろいあげて、ぱんぱんってして。
まだ食べられるぞって、言ってくれる人が、来てくれるって。
「シロ。」
名前をよばれて、僕は顔を上げる。しんちゃんが、笑っていた。
まだまだナミダでいっぱいの顔で、それでも笑っていた。
「シロ、くすぐったいぞ。
 そんなにオラの涙ばっか舐めてたら、しょっぱい綿飴になるぞ。
 しょっぱいシロなんて、美味しそうじゃないから。
 だからシロ、オラ、待ってるから。
 今度はオラが待ってるから。」
しんちゃん。
「だから、もう一度、美味しそうな綿飴になって。
 そんでもって、戻ってくるんだぞ。」
だいすき。
ぼくはしんちゃんに抱きしめられながら、さいごの夢を見る。
もういちど、わたあめになる夢を。
もういちど、おさとうになって、とかされて。
くるくるまわって、あまい、あまいわたあめになる。
目ざめたときに、だれよりも、
君がおいしそうだって言ってくれるわたあめになるために。
ふわふわのわたあめ。さくらいろの、あったかなわたあめ。
君が大好きだっていうキモチをこめた、君だけのわたあめ。
僕はシロ、しんちゃんのしんゆう。十三年前に拾われた、一匹の犬。
まっ白な僕は、ふわふわのわたあめみたいだと言われて。
おいしそうだから、抱きしめられた。
僕はシロ、しんちゃんのしんゆう。
今度はさくらいろの、ふわふわのわたあめになって。
君に、会いに行くよ。
バタ子「今日も一日ご苦労様、はい、新しい顔よ」
アンパンマン「ありがとうバタ子さん、でも今日はバイキンマンにも会わなかっ                                      たし、どこも汚れていないよ」
バタ子「駄目よアンパンマン、今日は暖かかったしあんが悪くなっているかもしれないでしょ」
アンパンマン「でも……」
バタ子「とにかく新しい顔に変えた方がいいわ、私が変えてあげる」
アンパンマン「あ」
バタ子さんは僕の頭を掴んで外すと机の上に置いた。
僕は新しい顔をつけられた自分を見上げた。
彼は不思議そうな表情で僕を一度だけ見た。
そして僕は捨てられた。
次の日
アンパンマン「待てー!バイキンマーン」
バイキンマン「出たなアンパンマン!くらえー水鉄砲だー!」
アンパンマン「うわっ!か、顔が濡れて力が出ない……」
バタ子「アンパンマーン!新しい顔よー!」
新しい顔が飛んで来て、僕の体にくっついた。
僕は押し出されるように、先の水鉄砲で出来た水溜まりに落ちた。
新しい顔を付けてバイキンマンをやっつける自分を濡れてふやけた目で見上げる。
パンチをくらったバイキンマンが僕の方に飛んできて・・・

次の日
アンパンマン「今日もいい天気だなー」
カレーパンマン「おーいアンパンマーン!」
アンパンマン「やあカレーパンマン、元き」
言い切らないうちにカレーパンマンが勢いよく飛び掛かってきた。
カレーパンマン「わわっ!大丈夫かアンパンマン!?」
彼はふざけたつもりだったのかもしれないが、僕の頭はポロリと落ちた。
カレーパンマン「あ、あ、あ……」
そしてそのままコロコロと坂道を転がり落ちる。
カレーパンマン「あの顔はもう駄目だよな、今ジャムおじさんの所に連れていってやるからな!」
カレーパンマンは僕の体を担いで飛んでいった。
僕は声を出そうとしたんだけど、息の漏れる音すら出せなかった。
次の日
しょくぱんまん「アンパンマン、ここにいたんですか」
アンパンマン「こんにちは、しょくぱんまん」
しょくぱんまん「今ジャムおじさんからアンパンマンの頭を預かってきたんですよ」
アンパンマン「そういえば昨日変えなかったからね」
しょくぱんまん「さあ、どうぞ」

僕は新しい顔を見つめた。
表情のない自分が見つめ帰してきた。
僕は衝動的にそれを投げ捨てたくなったけど、しょくぱんまんが僕の頭を外してしまったからできなかった。
しょくぱんまん「さあ新しい顔ですよアンパンマン……あ、野良犬だ……」
しょくぱんまんは近づいてきた野良犬に僕を与えた。
新しい頭はしょくぱんまんに優しいね、と笑った。
僕は犬に喰われた。

次の日
ジャムおじさん「アンパンマンや、最近元気がないようだね」
アンパンマン「ジャムおじさん……そんなことないですよ」
ジャムおじさん「そうかねえ、心配だから新しい顔を焼いたんだよ」
アンパンマン「あ、ありがとうジャムおじさん」

ジャムおじさん「いつもより中身のあんを丹念につくったんだ」
ジャムおじさんは僕を体から外すと新しい顔を取り付けた。
アンパンマン「うわー!頭の中がすっきりしました!何か悩んでたみたいだけど吹き飛んじゃった!」
ジャムおじさん「そうかい、あんに少しシナモンを混ぜてみたんだけどよかったみたいだね」
新しい僕はすっきりとした表情で僕を掴むとごみ箱に勢いよくほうりこんだ。
顔が少し凹んだ。
力どころか声も涙も出ない。

数日後
ジャムおじさん「はい、アンパンマン新しい顔だよ」
アンパンマン「ありがとう、ジャムおじさん」
ジャムおじさん「それじゃあおやすみ、アンパンマン」
アンパンマン「おやすみなさい」
僕はジャムおじさんから新しい顔を受け取ると、自分の部屋に戻った。
新しい顔を机の上に置くと、ふと一冊のノートが目についた。
アンパンマン「あれ……?こんなノート、ここにおいていたっけ……」
パラパラとページをめくると、そこには確かに僕の字で、日記のような文章が綴ってあった。

アンパンマンの手記より
この日記を読んでいる僕へ。
始めに、このノートの存在は決して他人には知られないこと。
さりげなく、僕だけが目に入る場所に置いておくこと。
君はまだ頭を交換されていない、この日記の存在も知らない状態だろう。
だけどこの日記は確かに君が、僕が書いたモノで君は今まで何度も頭を交換されている。
だけど頭を交換去れた記憶や、新しい頭がついた瞬間の記憶は曖昧じゃないだろうか。
君は記憶や思考を持つのは頭なのか体なのか、考えて見たことはあるかい?
明日、新しい顔になった僕はこの日記を覚えているだろうか。

アンパンマン「なんなんだこの日記は……?」
僕は自分の字で書かれた、しかし書いた覚えのない文章に段々と引き込まれていった。
アンパンマン「確かに新しい顔になった瞬間なんて、深く意識したことはないけれど……」
僕は今まで幾度となく顔を交換されてきた、だけどそれは当たり前のことで、
記憶や思考がどうのなんてことは、考えもしなかった。
僕は日記を読み進んだ。
何日か何週間か、それとも何年もかかって書いたものなのか、
僕、は日記を書いていた。

アンパンマンの手記より
どうやら僕の記憶は、頭で処理され、体に蓄積されているようだ。
新しい頭がついた瞬間に体から記憶が読み込まれ、僕としての行動が始まる。
この仮説が証明されたのは、僕がタブーの存在に気が付いた時だ。
タブーとは、触れてはいけないこと、禁句。
それらに関することの記憶は体に蓄積されない、つまり記憶は新しい頭に受け継がれない。
頭で記憶を処理しているのは、体にタブーな記憶を蓄積させ、思考を深めさせる前に切り離してしまうためだろう。
アンパンマン「タブー?触れてはいけない……」
僕はだんだんとその文章に引き込まれていった。
どうやら自分の書いたものであることは確かなのか、内容は頷けることばかりだ。
アンパンマン「僕には知ってはいけないことがある……」
それは何か。
自分が知らないこと、覚えていられないこと。
この日記の内容は確実に禁忌を犯しているだろう。
だって僕はこのノートの存在を記憶していなかった。

アンパンマンの手記より
君は今この文章を読み、ここに書かれていることに関する記憶の蓄積と思考を取り戻した。
そして新たに疑問を手に入れたことだろう。
タブーとは一体何か。何のために設けられたのか。
今僕が確実に解っていることは、頭の交換による記憶の継承についてがタブーとされているということ。
何故なのか。君は、僕は交換された頭のことをどう考えている?
切り離された古い頭は、いつまで意識を持ち続けられるのだろうか。

アンパンマン「古い顔……」
切り離された顔。
考えたこともなかった。
ましてやその顔の意識の有無なんて。
アンパンマン「……いや、深く考えないように作られていたんだ」
そのことについて考えてしまうと、恐怖という感情を持ってしまうからだろう。
今現在の自分の消滅、顔の交換はすなわち死を意味しているということ。
それに気が付き、僕は恐怖を持ってしまうだろう。
そうすると、愛と勇気をもった正義のヒーローではいられなくなるかもしれない。
僕の存在意義は……
アンパンマン「あ、あ、あ……」
僕の手は微かに震えていた。

アンパンマンの手記より
この文章を読んでいる僕は、今恐怖を感じているだろう。
だけど恐れることはない。
僕は何年も何年も古い頭を新しい頭に交換し続けていた。
だけど昨日の僕もその前の僕も全て自分なのだ。
頭の交換に関する恐怖の記憶以外の全て(おそらく)は引き継がれ、僕という人格は連続している。
つまり僕本体、体に記録されている記憶は連続して在り続けている。
それは生き続けていることなのだ。
だけど交換された古い頭に意識があるとしたら?
それはいったい誰なんだろう。

その後も手記は続いていた。
一番最近書かれたものの日付は三日程前のものだった。
抜けている日付の日は、ノートに気がつかなかったか顔を交換したのだろう。
書かれた文章の数だけノートに気が付き、記憶を書き残し恐怖を覚えていったのだ。
アンパンマン「僕は……」
僕は簡単に一言と日付だけを書き、ノートを元の場所に戻した。
アンパンマン「僕は、もうすぐいなくなる、だけどいなくならないんだ」
僕は新しい顔に微笑んで見せると机の中に隠されていたカッターナイフを頭に突き刺した。

アンパンマン「あ、あ……う……」
酷く痛みを感じたのは最初の方だけで、手を入れられるように傷口を開いた後はただひたすら嫌な感じがしただけだ。
アンパンマン「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
薄れる意識の中、頭のあんを一握り掴むと、机の引き出しにあった袋に押し込む。
その中には既に随分な量のあんが貯まっていて、次に僕が手記に気が付いたときには実行に移せるだろう。
目の奥でちかちかと光が爆ぜる。
アンパンマン「がが……あっ…あっ……あああああ」
手が言うことを聞かない、頭の切れ目からボロボロとあんが零れた。

膝がガクリと落ち、机に置いていた新しい自分の顔と目があった。
なんとか僕は頭を外し、スライドするように新しい顔を取り付けた。
べちゃり、と床を汚して天井を見上げると、前後逆に顔をつけられた僕がこちらを見下ろしていた。
アンパンマン「あれ、体と頭が変だなあ」
僕は頭を自分で直す様子を床から眺めていた。
アンパンマン「床が汚れちゃった、きっと交換するときに落としたんだね、お掃除しなくちゃ」
僕は僕に掴みあげられ、ごみ箱にダイブした。
なんてことだ。
意識がある痛みもある。
ごみ箱の底に激突した衝撃で頭の切り口がどうにかなってしまったようで酷く痛む痛い
痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛いた

アンパンマンの手記より
僕の頭では記憶を処理し、体にバックアップする前に一時的に保存しておく。
それはどこで行われるのか、もちろん頭の中でだろう。
僕の頭にはあんが詰まっている。
そのあんに記憶が詰まっているのだろう。
そこで僕は記憶をこのノートとは別の形で残すことにした。
机の引き出しの奥、そこのには僕の頭のあんと同じ量が入る袋を入れておく。
そこに少しずつ頭を交換するまえにあんを残していくのだ。
新しい頭に交換したときに、怪しまれないように気をつけて行うんだ。
他の人に見つかってはいけない。
これを読んでいる僕、もしも袋がいっぱいになっていたら次の段階に進む時だ。

数日後
アンパンマン「まだ誰も起きていないよね……」
僕は朝早くのパン工場を足音を忍ばせてあるいていた。
手に持つ少しかび臭い袋を大事に抱えて。
アンパンマン「この鍋があんを煮ている鍋だね」
僕は鍋の中身を全て捨て、袋の中身を逆さまにして全部あけた。
アンパンマン「少し火を通せば……うん、大丈夫だね」
かび臭さはあんの甘い臭いに掻き消された。

アンパンマン「昨日貰った頭はぐちゃぐちゃにして捨てた、今は新しい頭のストックはない……よし」
つまり次の頭には確実にこの鍋のあんが使われる。
僕は、パンを練る台に勢いよく頭をぶつけ、あんを露出させた。
それを一掴み鍋にいれ、溶けるように混ざり合ったのを確認し、床に倒れた。
転んで頭をぶつけたように見えるはずだ。
この記憶は体には残るのだろうか。

バタ子「アンパンマン……大丈夫?」
僕は目を開ける、バタ子さんの姿が目に入る、記憶が次々と浮かぶ。
アンパンマン「あ、あ、あ……」
ジャムおじさん「……アンパンンマン?」
ノートに気が付いた今までの僕の記憶や思考や感情が一気に膨れ上がる。
アンパンマン「ややややっぱりやっぱりやっぱりやっぱりりり、き切り離された頭にも意志があってあってあってててて……」
ジャムおじさんとバタ子さんの酷く冷たい表情を目にした後は、まな板が降ってくるのが見えた。
僕は恐怖なんて感じるまもなくつぶれ
ジャムおじさん「さて、新しい顔を焼かなくては」
バタ子「まずはお掃除が先よね」
月日は無常なほど早く流れ、ドラえもんが未来に帰ってからもう数年がたった。
僕は中学三年になっていて、ジャイアンやスネオ、しずかちゃんと同じようにひとつひとつ大人に近づいていった。
ドラえもんがいない寂しさにも、もうなれた。
朝起きて、押入れを確認してうなだれるようなことも、なくなった。
思っている以上に僕は強かった。
みんなの手助けがあったからかもしれないが、ドラえもん抜きでもうまく生きてこれた。
テストで0点を取ることもなくなった。さすがに、このままではまずいと自分でもわかっていたから。
ジャイアン「よう、のび太。今日も早いな」

のび太「ジャイアン」
ジャイアン「今日も朝練か?」
のび太「うん」
ナイキのスポーツバッグは、ずっしりと重い。
中学に入って僕は陸上部に入った。
運動神経がない僕でも、走るくらいなら出来るだろうと思って入部したのだ。
今思えば、僕は昔からジャイアンから走って逃げていたし、短距離に限るならそこそこ早かったのだ。
ジャイアン「もうすぐ俺たちも引退だしな」
のび太「うん。次の大会に、すべてを出し切るよ」

ジャイアン「俺ももうすぐ夏の大会だ。四番として打てるのも、それまでだな」
のび太「勝てそうかい?」
ジャイアン「勝つ、さ」
ジャイアンはそういって親指を立てて見せた。
のび太「じゃあ、また教室でね」
練習は、きつい。
今日の朝練のメニューは、200メートルを四本、二セット。
のび太「ふぅ……」
しずか「お疲れ様、のび太さん」
のび太「しずかちゃん」

しずかちゃんは、マネージャーとして同じく陸上部に入っていた。
彼女は水の入ったボトルを僕に手渡して、タオルで僕の額の汗をぬぐってくれた。
のび太「ありがとう」
しずか「すごい汗。あんまり無理しないでね」
のび太「無理はしてないよ。なんたって次が最後の大会だからね」
しずか「そうね」
のび太「ああ、そうだ。最後に一本だけ100mをはかってくれないかい?」
しずか「100m?いいわよ」
のび太「ありがとう」
アップシューズで、100mを12秒30。
のび太「最後の最後で、11秒は出せそうだな……」
僕は小さくガッツポーズをした。

部活があるといっても、最後の大会があるといっても。
僕たちはなにを隠そう受験生なのだ。
教室の雰囲気はどこかぴりぴりしていて、今の時期から既に机にかじりついて勉強しているやつもいる。
出木杉も、その一人だ。
スネオ「おお、のび太」
のび太「スネオ」
机に座って勉強していたスネオが、僕に気づいて言った。

スネオ「また練習か?がんばるな」
のび太「スネオこそ、また勉強かい?」
スネオ「まぁ……な。受験まであと半年くらいだしな。慶應の中等部には、どうしても行きたいし」
のび太「そっか」
スネオ「お前は、大丈夫なのか?」
のび太「何が?」
スネオ「何がって、もちろん受験さ」
のび太「ああ……」
スネオ「もう、遊んでる余裕はないんだぜ」
のび太「わかってるよ。僕だって、少しは勉強してる」
スネオ「まぁ、確かに成績は上がってるよな」

まじめに勉強すれば、成績はついてきた。
僕は努力がたりなかっただけなのだ。
のび太「でも最後の大会までは、しっかりと走りたいんだ」
スネオ「そうか。まぁ、それもそうだよな。ジャイアンも、最後の試合だってがんばってるし」
のび太「大会が終わったらみんなでそろって勉強しようよ。しずかちゃんも誘ってさ」
スネオ「いいな。それ。びしびし教えてやるよ」
のび太「助かるよ」
僕らは笑った。

昼休み。
けだるい授業から開放されて、僕は大きく伸びをした。
しずか「のび太さん」
のび太「しずかちゃん」
伸びをして視線をずらした先に、しずかちゃんがいた。
手にはお弁当を持っている。
しずか「天気も良いし、一緒に食べない?」
のび太「どうしたのさ。久しぶりだね、一緒に食べようなんて」
しずか「たまには、一緒に食べたくなるの」
のび太「わかったよ。ちょっと待ってて」
僕は鞄から弁当を取り出そうとした。
出木杉「のび太くん」

不意に出木杉の声がした。
僕をじっと見据えている。僕は姿勢を正して出木杉と向かい合った。
のび太「なんだい?」
出木杉「あ、いや……」
出木杉は急に視線を足元に落とし、もぞもぞと口を動かしていった。
出木杉「あの、僕もしずかちゃんと……」
のび太「しずかちゃんと……?」
出木杉「……いや」
のび太「なんだよ、はっきり言えよ、よくわからないじゃないか」
僕は笑っていった。
しかし、出木杉の顔からは、笑顔が消えていた。
出木杉「……なんで君なんだよ」

不意に発せられたその言葉の真意を、僕はうまく理解することができなかった。
出木杉の、ぎゅっとにぎられたこぶしは少しだけ震えていた。
出木杉「なんで、僕じゃなくて、君なんだよ!」
さっきよりも大きな声で、出木杉は言った。
のび太「出木杉……?」
出木杉「僕は、しずかさんがっ!」
しずか「待って」
沈黙を守っていたしずかちゃんが言った。
しずか「私の答えは、もう伝えたはずよ」
出木杉「……」
のび太「……?」
よく、わからない。

出木杉「でも……!」
しずか「何度も、言わせないで」
しずかちゃんのその言葉には、有無をいわせない何かがあったと思う。
出木杉「僕のほうが勉強も出来て、スポーツも出来て……なのに」
しずか「それはわからないわ」
しずかちゃんは言った。
しずか「それにね」
彼女は続けた。
しずか「あなたは、あなたが思っているよりも」
僕は黙っていた。クラスが黙っていた。
しずか「ずっとずっと馬鹿だわ」

雰囲気が一気に重くなった教室を二人で逃げ出して、僕らは屋上に出た。
屋上は立ち入り禁止。
知ったことじゃなかった。
しずか「ごめんなさい」
屋上に出て、開口一番にしずかちゃんは言った。
しずか「あんなこと言うつもりじゃなかったのに……」
のび太「大丈夫だよ」
何が大丈夫なんだろう。
しずか「のび太さんが馬鹿にされている気がして」
のび太「僕は気にしない」
しずか「ならいいのだけれど……後で出木杉さんに謝っておかなくちゃ」
彼女は言った。

ママの作ってくれたお弁当と、しずかちゃんのお弁当と。
比べてみて、どちらがおいしいかと問われれば、ごめんなさい、ママ、しずかちゃんのほうが100倍おいしいです。
何がそうさせているのかわからない。見た目は同じ卵焼きなのに。
のび太「どうすればこんなにおいしくできるの?」
しずか「そういってくれて、嬉しいわ。どうすれば……は、よくわからないわ」
僕らは二人して、よくわからない、というのが口癖らしい。
二人で談笑しながらお弁当を消化して、食べ終わったら床に背をつけて二人で空を見上げた。
青い空に、くもがまばら。
僕らはぼんやりとそれを眺めていた。

午後の授業が終わって、部活の時間になった。
本メニューは、スタート練習30m×3、50m×3、100mの加速走、6本。
のび太「ひゃー、きついな」
でもまだスピード練習だからいいかな、と僕は自分に言い聞かせた。
100mの加速走のタイムは、11秒2から11秒3の間。
土のトラックで、土ピンの走りにしては、上出来だと思う。
先生「野比、これなら次で11秒がでるかもな」
のび太「出るといいですね」
先生「怪我に気をつけろよ」
のび太「はい」
僕は笑っていった。

練習の後、しずかちゃんを家に送ってから、僕は一人空き地にやってきた。
土管は昔から変わらずそこにある。
僕は動きやすい格好になると、軽く体操をしてスプリントドリルを始めた。
陸上の基本動作というのは、まさに変人の動きだと僕は思う。
腿上げはただのキモイ足踏みだし、クロスもなんかキモイし。
のび太「ふぅ……」
ある程度メニューを消化したそのとき、不意に声がした。
ジャイアン「よう、のび太」
のび太「ジャイアン」
ジャイアン「また練習か?がんばるなwww」
のび太「そういうジャイアンは?」
ジャイアン「練習だ」

のび太「君もじゃないかww」
ジャイアン「まぁな。のび太は練習、もう終わりか?」
のび太「いや、まだやるよ」
ジャイアン「そうか。じゃあ、俺の素振りが終わったらラーメンでも食いにいこうぜ」
のび太「いいね。そうしよう」
ジャイアン「それにしても……」
のび太「どうした?」
ジャイアン「俺たちも、変わったよな」
のび太「そうかい?」
ジャイアン「変わったさ。特にお前は」
のび太「僕には、よくわからない」
ジャイアン「まぁいいさ。でもお前、だいぶかっこよくなったよ」
ジャイアンは言った。

僕はラーメンは家系がいい、と言った。
しかしジャイアンは二郎がいいといって譲らない。
のび太「とんこつ醤油、食べたいじゃないか!」
ジャイアン「いや、これだけ腹が減ったんだから野菜マシマシに決まってるだろう!」
のび太「わーっかった!ここはジャンケンしかないな……僕パー出すっ!」
ジャイアン「わかった……!俺はチョキだ」
のび太「いくよ、じゃんけん!」
……
正直者は、得をしない。

時は重なり、日々も重なり、大会までの時間はどんどん少なくなっていく。
スネオ「もう8月かぁ」
のび太「今月はもう大会だよ」
ジャイアン「俺も俺も。まぁがんばろうぜ」
スネオ「その後は君たちも勉強だね」
のび太・ジャイアン「はぁ……」
スネオ「まぁ、僕がしっかり教えてあげるよ」
のび太「ところでさ」
スネオ「ん?」
のび太「しずかちゃんて、どこの高校いきたいか知ってる?」

スネオ「しずかちゃん?あー……あの成績なら日比谷とか西とかじゃないの?」
のび太「やっぱそうかなぁ」
スネオ「っていうかお前、一番しずかちゃんと一緒にいる時間長いんだから聞いてみろよ」
のび太「なんか聞きにくいんだよ……。差を見せ付けられる気がしてさ」
ジャイアン「それにしても、もう完全にしずかちゃんはのび太にとられちまったなーw」
スネオ「だよなぁジャイアン。僕たちの立場ないよね」
のび太「そんなことないだろー」
ジャイアン「んだとてめー」
のび太「うわ、殴るなよw」
スネオ「もう僕にはジャイ子ちゃんしか……」
ジャイアン「なんだって?」
スネオ「い、いや。二重の意味でなんでもない」

大会まであと一週間になった。
ここから先は、完全に調整メニューになる。
先生「野比、お前が自分で気になるところはなんだ?」
のび太「ちょっとスタートが気になりますね。4歩目からは加速していく感じがするんですが、最初の三歩のダッシュが弱く感じます」
先生「それは私も思っていたが……まあお前は後半型だからな。そこまで気にすることもないだろう」
のび太「でも、最初で頭ひとつ抜け出したほうが絶対良いですよ」
先生「それは得手不得手ってもんで、選手によって違う。お前はカールルイス型だ。
   その上にベンジョンソン並みのスタートをつけるというのは欲張りな話だ」
のび太「確かにそうですね……」
先生「まぁ何度も意言うが、怪我しない程度にな」
のび太「はい」

メニューを着々とこなしていくうちに、僕はしずかちゃんがいないことに気づいた。
僕は足を止め、近くで砲丸を投げていたジャイ子ちゃんに声をかけた。
のび太「ジャイ子ちゃん」
ジャイ子「は、はい!なんですかのび太さん!」
のび太「な、なんでそんなに緊張してるんだい」
ジャイ子「え、だって、だってぇ……」
のび太「ま、まあいいや。ねぇ、しずかちゃんどこにいったか知らない?」
ジャイ子「え、しずか先輩ですか?」
のび太「うん」
ジャイ子「欠席報告は受けてないですけど、どうなんでしょう。私にはよく、わかりません」
のび太「そっか……」

のび太「先生、僕はもうこれで上がります」
先生「ん、もういいのか。まぁ無理はいかんしな。お疲れ」
のび太「はい。お先に失礼します」
大急ぎで荷物をまとめた。
嫌な予感が、した。

時刻は17時を過ぎていたが、夏なのでまだまだ明るい。
僕は荷物を脇に抱えて街中を走っていた。
しずかちゃんが無断で欠席することなんて、今までで一度もなかった。
休むときは必ず、僕に知らせてくれていた。
のび太「なんなんだろう……胸騒ぎがする」
僕はしずかちゃんの家に走った。

のび太「しずかちゃん!」
扉をたたいて、僕は叫んだ。
数秒の、沈黙があった。
のび太「……いないのか?」
もういちど、扉をたたこうとした。
その瞬間。
しずか「のび太さん?」
のび太「うわっ!」
しずかちゃんが、扉を開けて出てきた。

のび太「な、なんだ、いたんだ!よかった……」
しずか「どうしたの?私、なにかした?」
のび太「あ、いや。部活にきてなかったし、連絡もなかったから…・・・」
しずか「あ、ごめんなさい。すっかり忘れていたわ」
のび太「いや、いいんだ。僕の早とちりだった」
しずか「早とちり……?」
のび太「いや、なんでもない」
悪い想像を、拭い去った。
そして、出木杉に心の中でわびた。
のび太「はぁ……」
しずか「どうしたの?ほんとに」
のび太「いや、ほんとうになんでもないんだ」

しずか「へんなのび太さん。なんか、昔ののび太さんみたいだわ」
のび太「へへへ……w」
僕は笑った。
しずか「ねぇ、せっかくだからその辺を一緒に歩きましょう。お話、したいわ」
のび太「少し汗臭いかもしれないけど」
しずか「かまわないわ」
のび太「僕は気にする」
しずか「なら、気にしないで」
しずかちゃんは笑っていった。
しずか「川原のほうにでも、いってみましょう」

日は傾き、雰囲気はそれなりによかったと思う。
スポーツバッグを背負った学生服と、ピンクのスカート、という妙な取り合わせだったかもしれないが、僕にとっては幸せな時間だった。
しずか「ドラちゃんがいなくなって、もう何年になるのかしら」
のび太「うんと……3年、かな?」
しずか「もう3年もたったのね。ドラちゃん、元気かしら」
のび太「きっと元気さ」
しずか「だといいわね」
彼女の口ぶりはどこか意味深で、僕はいちいちその言葉の意味を頭で考えていた。
しずか「ドラちゃんにまた、会えると良いね」
のび太「うん」
そのときのしずかちゃんは、笑っているのか、よくわからなかった。

僕らはコンビニに入ってお弁当を買い河川敷で並んでそれを食べた。
やはり、コンビニのお弁当はおいしくない。しずかちゃんに作ってもらわないと。
のび太「もうすぐ大会だよ」
しずか「ええ」
のび太「今度こそ、11秒台を出すよ」
しずか「うん。がんばって」
のび太「必ず……!」
しずかちゃんと分かれて、僕は家路についた。
陸橋の階段を上った、そのときだった。
出木杉「っ!」
のび太「……!」
急に突き出されたナイフ。
飛び散るのは、僕の血。

陸橋の上にいた人物。
出木杉だった。
僕はあわてて距離をとった。
顔に手をやる。大丈夫、切れたのは頬だけだ。
出木杉「はっ!……はっ!」
手にナイフを持った出木杉。その呼吸は、荒い。
のび太「出木杉……!」
出木杉「しずかちゃんは、僕の……」
のび太「なんだって?!」
出木杉「しずかちゃんは僕のものだ!」
叫んで、突っ込んでくる。僕はとっさに背中のスポーツバッグで防御した。
出木杉「ぐ……!」

のび太「君は何をいってるんだ!?」
よく、状況がわからない。
出木杉「君が、君が悪いんだ。しずかちゃんは僕のものなのに……き、君が……!」
のび太「ま、待て、出木杉!そのナイフを下ろせ!」
出木杉「うわああああああああ!!」
ナイフを振りかざし、走ってくる出木杉。
僕は横っ飛びでそれをかわす。
なんなんだ、これは?!
僕は叫びたくなる。

陸橋の上で、僕らは二転三転と立ち居地を入れ替えた。
かつては運動も出来たが、勉強に没頭してまったく運動をしていなかった出木杉と、さっきまで走っていた僕とでは動きが違う。
繰り出されるナイフはいずれも、かわすことが出来た。
でも、どちらにしてもこのままではジリ貧だった。
出木杉「お前は、いつもいつもいつもいつも――!」
意味のわからないことを言う出木杉。
もう話しても通じそうにない。
適当なところで、逃げ出すのが最適だ。
そしてその後、警察を呼ぼう。
そう考えたときだった。
しずか「のび太さん!」
しずかちゃんお、声がした。
のび太「しずかちゃん、来ちゃだめだ!」
いっても、もう遅かった。出木杉は、もうめちゃくちゃになっていたのだから。
こちらにやってくるしずかちゃんに向かって、
その、手に持ったナイフを投げた。
しずか「!!」
のび太「しずかちゃん!」
体は、反射的に動いていた。

出木杉が投げたナイフの延長線上にしずかちゃんがいて、そのすぐ横に僕がいた。
間に割ってはいるのは、簡単だった。
僕は空中のナイフを、二の腕で受け止めた。
のび太「ぐ……!」
しずか「のび太さん!」
出木杉はおろおろしている。
僕の腕から流れる血を見て、正気を取り戻したらしい。
血の気がさっと、引いて、真っ青な顔になると、その場を逃げ出した。
しずか「あ、待ちなさい!……の、のび太さん!」
大丈夫、僕は。
僕は大丈夫。

しずか「は、早く救急車を……」
しずかちゃんは周りを見渡して電話ボックスを探した。
いや、一度おちつこう。君は、携帯電話を持ってるよね?
僕は自分のポケットから携帯電話を取り出してしずかちゃんに渡した。
しずかちゃんはそれを奪い取るように受け取るとすぐに電話をかけた。
僕は鞄からタオルを取り出して口で裂いて簡易の包帯を作って二の腕に巻きつけた。
ナイフは刺さったままだが、とりあえず止血は出来た。
のび太「しずかちゃん、どうも手に力がはいらないんだ……このナイフを引き抜いてくれないか?」
しずか「え、ええ!」
ナイフを抜くその激痛たるや。
ドラえもんとわかれてから、もう泣かないと決めたのに、涙がにじんできた

僕は陸橋の上でごろんと横になった。
少し、楽になった。
見上げた空は高くて、赤く染まっていた。
僕は目を閉じた。
しずかちゃんが何か言っていた。
その向こうで、白衣を着た人がこちらにやってくるのがみえた。
目を覚ましたとき、病院のベッドの上だった。
腕には包帯が巻かれ、動かすと痛みがあった。
しずか「のび太さん!」
目を赤くしたしずかちゃんがそこに座っていて、僕の手をしっかりと握ってくれていた。
のび太「よかった、無事だったんだ」
しずか「ええ、でも……!」
ジャイアン「……出木杉は警察に連れて行かれたよ」
スネオ「最後までわめいていたけど」
のび太「そっか……」
とにかく、しずかちゃんが無事でよかった。
僕はそう思った。
そして、大会のことを考えた。
のび太「(走るだけなら……ね)」

僕は病院のベッドの上にいたので知らなかったが、出木杉は留置所で二日間を過ごしたらしい。
三日して僕は病院を出て、学校に復帰した。
部活にも顔を出した。先生に怒られたが、先生は泣いていた。
こんなことで、お前を走らせられなくなるのがつらい。
先生は言った。
のび太「大丈夫ですよ」
僕は言った。
のび太「またそのうち、ね。今度は10秒台を出しますよ」

しずかちゃんは、僕に謝った。
これでもか、というほど、謝った。
しずか「ごめんなさい!ほんとうにごめんなさい!私のせいで……!」
のび太「いや、いいんだよ。大丈夫」
しずか「でも……!」
のび太「ドラえもんだって、きっとああしたよ」
しずか「……」
のび太「じゃあさ、しずかちゃん。今度は僕、10秒台を目指すから、そのときはまた付き合ってね」
しずか「え、ええ!付き合うわ!最後まで!」
僕は笑っていった。
そのときは、しずかちゃんも笑ってくれた。

大会の当日になった。
空は晴天で、絶好の大会日和だった。
中学総合体育大会。
僕は100mと200mにエントリーしていた。
先生「野比、ほんとうに走るのか?」
のび太「走りきることくらいなら出来ますよ。スピードは出そうにありませんけどね」
先生「大丈夫か?」
のび太「まぁ、最後ですから。走るくらいは、させてください」
僕は言った。
のび太「しずかちゃん、アップにいくから。すこし付き合って」
しずか「わかったわ」

サブトラックは人で溢れていた。
僕は大会当日のサブトラックの雰囲気が好きだった。
レースを目前にした選手たちがひしめく、緊張感のあるトラック。
普段の練習の何倍も身が引き締まる。
のび太「とりあえず二週走って、体操してストレッチをした後流しを二本」
しずか「うん。……でも、大丈夫?」
のび太「大丈夫さ」
僕は言った。
アップシューズの紐を締めなおし、僕は心の中で思った。
のび太「(たとえびりになっても……走るきることに意味があるはずさ)」

100m、予選。
僕は三組目の4レーンだった。
コール。
僕の名前とゼッケン番号が呼ばれる。
スターティングブロックを調整して、一本だけ練習した。
構えた瞬間、腕にビリっと痛みが走った。
のび太「……」
スタートラインから見るゴールは、いつもより遠い。

後ろの線まで戻って、と言われ、横一列選手が並ぶ。もちろん僕もそのうちに含まれる。
沈黙。
心臓が、高鳴る。
係員「位置について」
僕は深呼吸をして、ブロックに足をかける。
係員「用意」
僕は大きく息を吸い込んだ。
雷管が、会場に響き渡った。

瞬間の反応は、おそらく僕が一番早かったと思う。
腕の痛みも、その瞬間だけは忘れていた。
四歩目、ここから僕は本格的に加速する。
顔を上げていないので、自分の順位を確認できない。
でも、そんなに悪くないはずだ。
10歩。僕は顔を上げた。
現状3位。
僕は自分の位置を把握した。
真ん中のレーンだったので、全体を確認しやすいのは幸いだった。
中間疾走に入る。
僕の走りは、ここからだ。

ストライドが伸びるのが判る。
腕を大きく振る。痛みは、わすれろ。自分に言い聞かせた。
僕の体は、カタパルトから射出されたように加速する。
50mを超えた。
ここから先が、僕の最高速だ。
60m。
大体の選手はここで最高速に達する。
しかし僕は違う。僕の最高速は、まだ伸びる。
一気に先行していた二人を追い抜き、引き離した。
僕は一着でゴールした。

ゴールしたその先に、しずかちゃんがいた。
しずか「のび太さん!」
のび太「えへへへへ」
僕は笑った。
が、同時に二の腕に激痛を感じた。
参ったな。
今のレースは、まだ予選だったってのに。
僕は、速報タイムが表示されるのを待った。
11秒60。
僕の自己ベストを、0.5秒近く縮めていた。

のび太「……え?」
一瞬、信じられなかった。
11秒6。
せいぜい、12秒1程度だと思っていたのに。
しずか「すごいわ、のび太さん!」
のび太「はは、はははははは……」
信じられない。
12秒の壁を一気に破り、11秒6。
僕は、しずかちゃんを思わず抱きしめた。
それだけ、嬉しかった。

大会は、そのまま進んだ。
ジャイ子が砲丸、円盤、槍投げで三冠を達成した。
快挙にもほどがある。
対して僕は、結局優勝できなかった。
予選はトップで通過したが、やはり決勝は走ることが出来なかったのだ。
野比のび太 DNS
電光掲示板にそう表示される。
僕はそれを遠くを見るように見つめていた。

大会が終わったその帰り道。
僕はしずかちゃんと並んで帰っていた。
二人とも、押し黙っていた。
嬉しさ悲しさ、半々くらいだったから。
のび太「今日は、よかったよ、ほんとに」
僕は言った。

のび太「だってさ、今までいじめられっこだった僕が、11秒だよ。
     しかも、予選一位通過だし、優勝タイムも、僕よりおそい11秒65だし。十分だよ、ほんとうに。信じられない。僕は……」
しずか「……」
のび太「ドラえもんがいなくちゃ、なにも出来なかったのに。 初めて、自分だけの力で何かをやり遂げられたと思う。こんなの、僕には出来すぎだよ」
しずか「……」
のび太「結局優勝は出来なかったけど、僕は満足してる。しずかちゃん、三年間、そばで支えてくれてありがとう」
僕は言った。
しずかちゃんは、僕を見つめてほほえんだ。
しずか「私の方こそ、ありがとう。今日ののび太さん、ほんとうにかっこよかった。絶対、忘れない」
彼女は言った。

交錯する視線。
差し込むのは、赤い夕日。
やばい、この雰囲気。
僕にだって判る。この雰囲気は、やばい。
しずかちゃんは無言で何かを僕に語りかけているような気がした。
僕は、生唾を飲み込んだ。
言えよ、僕。
のび太「あのっ……!」
しずか「あのっ……!」
ほぼ同時に、二人で口を開いた。

のび太「あ……」
赤くなる僕。
まずい、かっこわるい。
しずか「じ、じゃあ、のび太さんから……」
のび太「うん!」
とりあえず後ろを向いてめがねをはずした。
しずかちゃんの顔が見えると、やっかいだ。
のび太「しずかちゃん!」
しずか「はい」
言えよ、今まで溜め込んできた言葉を。
のび太「好きです」
僕は言った。

いった瞬間に顔が赤くなるのが判った。
まずいまずいまずい。僕は後ろを向いた。
心臓がどきどきいってる。
やばい。レース前よりどきどきしてる。
のび太「……好き、なんだ」
僕は後ろを向いたままもう一度いった。
しずかちゃんの、動く気配。
僕の背中に、抱きつくしずかちゃん。
しずか「わたしも」
彼女は言った。

僕の頭の中で何かが爆発したような気がする。
真理の扉を開けたみたいだった。
無意味にぴーひゃらぴーひゃらと頭の中でメロディが流れた。
のび太「は、はははははは」
思わず声が出た。
僕は振り向いて、しずかちゃんを見た。
のび太「え……」
しずかちゃんは、僕にしがみつきながら泣いていた。
しずか「うっく……えっく……」

その大きな目から流れる大粒の涙は、ぽたぽたと地面にたれ、丸い染みを作った。
しずか「えっく……ぐ」
のび太「……」
僕は何もいえない。よく、わからない。
しずかちゃんのその頭をなでるだけ。
ひとしきり、しずかちゃんは僕にしがみつきながら泣いた。
僕がティッシュを渡すと、彼女は受け取って、鼻をかんだ。
そして、ごめん、と言った。
しずか「言わなくちゃいけないことがあるの」
彼女は続けた。

僕はうなずいた。
何に対してうなずいているのか判らないけど。
のび太「とりあえず、場所を変えよう」
僕はいった。彼女はこくりとうなずいた。
僕らは少し歩いて、屋根つきの停留所に向かった。
途中、僕自動販売機でウーロン茶を買った。しずかちゃんには、ミルクティを渡した。
彼女はずっと黙っていたが、そのかわりずっと僕の手を握っていた。
僕はしっかりとその手を握りかえしていた。
停留所に人はいなかった。好都合だ。
ベンチにこしかけ、しずかちゃんはミルクティを一口飲んで、いった。
しずか「前に、部活を無断で休んだことがあったでしょ?」

うん、と僕は言った。
しずか「あのときはごめんなさい」
のび太「いや、いいんだ」
しずか「……本当は、のび太さんに一番最初に言うべきだったのよね」
のび太「……」
しずか「引越しが決まったの。鹿児島に」

のび太「鹿児島?」
しずか「そう、鹿児島。鹿児島の、出水郡」
そんな地名を出されても、僕にはよくわからない。
しずか「あの日は、荷物をまとめてた。引越しの前に、配送しないといけない荷物があるから」
のび太「それで……」
しずか「なんで部活を休むのか、のび太さんにはどうしてもいえなかったの。だから……」
のび太「そう、か」
僕は、言葉を搾り出した。

のび太「高校は?」
しずか「鹿児島中央。なんとか、推薦で決まったわ」
のび太「そっか……」
僕は、残ったウーロン茶を一気に飲んだ。
しずか「ごめんね、言うのが遅くて」
のび太「いや、いいんだ」
僕は言った。
のび太「それでも、僕は、君が好きだから」

しずか「そっか……ありがと。私も、好き」
彼女は笑っていった。そして、また泣いた。
今度は、僕はしずかちゃんを抱きしめた。
のび太「メールするよ。二万字くらいの、ながいやつを。電話もするよ、一日、二時間でも三時間でも」
しずか「うっく……」
のび太「そうだ、僕は陸上を続けるよ。だから、しずかちゃんも陸上を続けて。僕、インターハイに出るよ。 インターハイの会場で、また、さ」
しずか「……」
のび太「他にマネージャーがいても、しずかちゃんに頼むよ!絶対。しずかちゃんがいないと、だめなんだよ」
僕は続けた。
のび太「……じゃないと、あんなに速く、走れないよ」

しずか「わかった。約束する!だから絶対インターハイまでいってね」
のび太「うん」
うん、といった手前、僕はあせり始めていた。
インターハイ?
って、10秒半ばの世界だよな……
い、い、いや、きっとがんばれば……
しずか「のび太さん!」
のび太「はい!」
考え事にふけっていた僕は、しずかちゃんの声に間の抜けた返事を返してしまった。
しずか「また、会おうね」
彼女は、今度こそ笑っていった。

時は重なり、月日は重なり。
しずかちゃんは、僕の前からいなくなった。
僕は勉強に没頭し、志望校に合格した。
そしてすぐに、陸上部に入った。約束を果たすためだった。
のび太「目標は、インターハイです」
最初の挨拶でそういった時、先輩は笑っていたと思う。
それでも僕は、平気だった。大丈夫、この約束は果たせる。
自分で、そう確信していた。
しずかちゃんが隣にいないときに見上げる空は、前よりもずっと高かった。
僕は手を伸ばして、雲をつかもうとした。

to しずかちゃん
鹿児島は慣れましたか?
僕は、約束どおり陸上部に入りました。
受験のブランクがあったぶん、体は少し重いよ。
でも大丈夫、すぐにまた昔みたいに走れるようになるよ。
約束だからね。
そういえば最近、ドラえもんが出てくる夢を見ました。
夢の中で、ドラえもんは笑ってたよ。
ほんと、笑いかけてくるだけだったけど、嬉しかったなぁ。
ps
スネオとジャイアンも、元気にやってます。
三人で会うことになりました。
今度は、しずかちゃんも含めた四人で会えると良いね。

僕はペンを置いて、机の上の写真を見た。
いつかみんなで撮った写真だった。
僕と、しずかちゃんと、スネオ、ジャイアン。そして、ドラえもん。
みんな、にっこりと笑っていた。
便箋を取り出して、手紙を入れて封をした。
僕はウインドブレーカーに着替えて、ポストまで走った。