私にはお会いするのを35年待った行政書士の大物親分がいる。
塩野征四郎先生である
19 歳で行政書士試験を受験して合格した私は行政書士の勤め口を探していた。大阪の法務局回りを歩き回ったが、行政書士の求人どころか、行政書士事務所そのものがない。当時の税理士や司法書士の先生に聞いても、「そんなもん仕事になるか?」という体であった。
ところが歩き疲れて見上げた夕焼けの空に看板が『行政書士塩野征四郎』。こんな相手にされない資格で法務局の裏に堂々と看板が
それから、私は色々な仕事もし、空手もやり、作家活動もし、企業内で法務を11年やって、行政書士登録をして、塩野征四郎先生の名前を見つけて、失礼を顧みずに連絡。塩野先生の事務所に大緊張の面持ちで訪ねた。
やはり、塩野先生は凄かった。あれから、大阪行政書士会の会長をし、日本行政書士会の副会長を務め、行政書士の職域の拡大と保護に注力され、令和元年にはついにその功労を讃えられて宮内庁から表彰されることとなった。旭日小綬章である
今、私が、警察署や銀行、役所で「能城先生」と呼んで頂けるのは塩野先生のおかげであると私は思っている。
謂わば、私は塩野征四郎先生が40年以上努力された後にご都合主義のように乗り込んだのである。
塩野先生は行政書士の後輩育成のために粉骨砕身、私財も投じた。
私達は塩野先生への感謝を忘れてはならない。
塩野先生を囲む私の大先輩達
塩野先生の旭日小綬章を祝うパーティーは中之島リーガロイヤルホテルで盛大に行われた。
塩野征四郎先生によって大先輩達との素晴らしい出会いが生まれる。