佐藤さんと会うのは二度目になる。

一度目の時は顔を見れてないので、ほぼ初対面となる。

佐藤さんには、普段着で出来るだけ目立たない恰好を頼んでおいた。

お金もまた不自然でない鞄に詰めて、それ事、俺が預かるようにした。


しかし、不慣れな状態で不自然さを求めるのは難しい。


佐藤さんは女子高生の普段着とは思えないダサい恰好をしていた。

待ち合わせ場所は出来るだけ郊外の人気のない場所を選んだ。

人が多い中で大金を持つのは怖い。

そんな訳ないのに、すれ違う人々がみんな強盗に思える。

俺も、佐藤さんもそれなりの大金を運ぶことに慣れていたが、やはり怖い。

自分のお金でもないので、やっぱり怖いのだ。


待ち合わせ場所で待っている俺に一本の電話が鳴った。

「はい。」

「もしもし、田中さん!!佐藤です。お金を盗まれました。」

「はい?」


佐藤さんは俺にお金を預ける前に鞄ごとひったくられたそうだ。

佐藤さんは酷く取り乱して、泣いてしまっていた。

俺は佐藤さんをなだめることに終始するしかなかった。

「ポジティブに考えましょう。お金が無くなれば佐藤さんはある種楽になれるんじゃないですか?」


しかし、ひったくりにだったそう会うことない。

万が一レベルの遭遇率だろうか。

その上、佐藤さんが1500万円の大金を運んでいるタイミングで、さらに郊外で決してひったくりがしやすいとは言えない場所ではないところで、ひったくりに会うのは億が一いや、天文学的な確率と言えるかもしれない。

どうして、このタイミングで?


「佐藤さん、俺はまだ佐藤さんから預かるはずだったお金の額を知りません。参考までに聞かせてもらえないでしょうか。」

「…ひっく、ひっく、私が持っていたのは、10万円です。」

「…え?」


たった10万円…?




当初の予定は400万円を手に入れて、警察に投降して罪も罪悪感も全て洗いざらい綺麗にする予定であった。

が、ここまでくれば、佐藤さんが持っている1500万円をそっくりそのまま頂くこともできるかもしれない。


お金の使い方を間違えなければバレることもないだろう。

考えるべきは隠し場所かな。


上位組織が捕まれば末端の俺にも捜査の目が及ぶだろう。

その時に上手く巧みに、騙されて働かされている悲しい人間を装う必要がある。

ここが一番の修羅場であろうか。


しかし、問題がある。

俺は表情が表にでやすいのだ。

警察の事情聴取中に笑ってしまうかもしれない。

不謹慎極まりない態度で会話をしてしまうかもしれない。

それは非常にマズい。


が、逃げるのはもっともダメだ。

本格的に警察に追われてしまう。

情報化した社会で人間一人が消えることは非常に難しい。

出来ないと言っても過言はないかもしれない。


どうするか。それが問題だ。


俺の不安を余所に物事は並行的に進んでいく。

予定の3日は簡単に過ぎてしまった。


「もしもし、佐藤さんですか?」

「もしもし、はい、佐藤です。」

「決まりましたか?」

「はい。私、やります。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

「ひとつお願いがあります。」

「なんでしょうか?」

「お金を預かってもらいませんか?」

「え?」

「私の勝手だって分かっています。でも、大金を持っているのが怖いんです。」

「そうですか。分かりました。」


ニヤリ。
進んで面倒事に首をツッコむのは馬鹿か、馬鹿正直な人間だけだ。

如何に人間がロールプレイングが得意でも、自分の範囲外のロールはこなさない。

結局は保身だ。



俺は消費者センターに電話した。(実際の消費者センターは知らん。そんなことないだろう。)

が、たらい回しにされて、断られた。


回りくどい言い方をされたが、言っていることは簡単である。


管轄外だ。警察に連絡しろ。面倒事を持ち込むな。



大人なんてそんなもんだ。

俺は現実を知った気がした。

しかし、警察に連絡するのは怖い。


正攻法で辞めることができない以上は外法で辞めるしかない。

俺と佐藤さんの上位組織と戦わなければならない。


差し詰め、やることは決まっている。

しかし、それは俺もまた組織を裏切ることになる。

もう、半分裏切っているみたいなものであるが。


「もしもし、田中です。」

「はい。佐藤です。」

「ちょっと芳しくない状況になってしまいました。」

「それって…どういう。」

「警察に第三者を装って電話してみました。お金を返せるかどうかにかかわらず、罪になるそうです。佐藤さんがどの大学進学を目指しているか、分かりませんが大学によっては前科はマイナス点になるかもしれません。」

「そう、ですか…。」

「でも、ひとつ提案があります。成功するかどうか分からないが、成功すれば身ぎれいにこんなことから足を洗うことが出来るかもしれません。どうですか?やりますか?」

「…。」

「嫌でしたら、警察に連絡することをお勧めします。組織が壊滅しなくても最低限の見張りをつけてくれるそうですし。」

「…話を聞いてから決めていいですか?」

「そうですね。内容も話さずに決められないですね。」

「はい。」

「組織の情報を第三者目線で警察にリークします。警察が組織を検挙してくれれば安心です。組織にリークした事実をがばれなければ、警察の目を逃れることが出来れば罪にもならないでしょう。佐藤さんと俺の心の中に罪悪感を抱える程度でどうにかなります。上手くいけば、ですが。これもある意味正攻法です。」

「お金は?」

「それは佐藤さん次第ですね。俺は募金するつもりです。一気にお金を募金するとバレるので少しずつ長期間に掛けて募金するつもりですけど。」

「もし、警察に助けを求めた時、お金はどうなりますか?」

「俺も同じですが、佐藤さんは誰のお金を運んだか知らないですよね?知っていれば本人に返すことも出来るかもしれませんが…。おそらく警察が確保して、その後は警察次第ですね。これはあくまでも俺の意見です。個人的な感情ですので、参考程度に聞いてください。警察はお金を着服すると思います。」

「え?」

「俺にはどうも政治家とか、警察とか、公務員が信用できません。変なニュースが多いからかもしれません。」

「…そうかもしれませんね。」

ココロの中で俺はガッツポーズした。佐藤さんは釣れた。


「今すぐに決めなくても構いません。でも、早めに決着して置いた方がいいと思います。佐藤さんも受験のみに集中したいでしょうし。」

「…時間をください。」

「分かりました。3日後にまた電話します。その時に答えを教えてください。」

「はい。」



勝利がみえてきた。

日々を経過して仕事を任されなくなったことを知るので、

俺が切れ捨てられたかどうか、を知るにはまだ時が足りない。


「もしもし、佐藤さんですか?」

「はい!田中さん。」

「ひとつ分かったことがあったので、その報告です。」

「はい。」

「詐欺組織での俺の上司の人に辞めるにはどうしたらいいか聞いてみました。」

「え?!聞いたんですか?」

「はい。電話ですけど。けれど、結果は芳しくないです。辞めたら、粛清するみたいです。」

「粛清?」

「まあ、簡単に言えば”殺される”、ですね。」

「…そうですか。」

「そう残念がらないでください。まだ、策はあります。」

「…。」

「今度は正攻法で”警察”に確認して見ます。」

「大丈夫なんでしょうか。」

「罪の如何はわからないですが、確実にこの仕事から抜け出せるでしょう。問題は確実に警察が詐欺組織を壊滅してくれるか、どうかですね。」

「なんとかなりますかね。」

「なんとかします。最悪でも、佐藤さんは普通に大学へ行けるようにします。」

「…お、お願いします。」



正直に佐藤さんに現状を話す行為は佐藤さんから信用を得る方法として一番真っ当であろう。

信用を得ればさらなる信用を簡単に得ることが出来る。


400万円は必ず頂く。




慣れてしまう人間は良いようで悪い。

俺は鈴木さんに対して恐怖というよりも、どこかバイト先の上司のような印象を抱くようになっていた。

普段の仕事の連絡の際に怒られることはない。

鈴木さんもいつも怒っている訳ではない。

京都弁で命令する鈴木さんは怖くない。どこか、優しさを感じる気がする。


もちろん、俺の勝手な思い込みである。


だからだろう。

俺は鈴木さんに尋ねるなんて行為をしてしまったのは。



「もしもし、田中です。」

「どないした?」

「報告したいことがありまして。」

「なんや?」

「先日、仕事をした時に渡した相手から手紙をもらいました。もう辞めたい。助けて。みたいな内容なんです。」

「ほうか。それで?お前はどないするつもりや?」

鈴木さんは冷静であった。声になんの変化を感じられなかった。


「い、いや、特になんかするつもりはないです。ただ、報告だけはしておこうかな、と思いまして。」

「ほうか。ご苦労やった。用件はそんだけか?」

「一つ聞いておきたいことがあります。この手紙には辞めたい理由も書いてあったんですよ。大学に進学したいから辞めたい、て書いてあったんですよ。こんな場合はどうなさるんですか?」

「お前には関係ない事や。」

「いや、今はそうなんですけど、俺も大学を卒業して働く時が来たら、いつかはこの仕事を辞めるのかな、って思うんですよ。その時の為におしえていただきたいんですよ。」

「はじめにおうた時に言ったやろ。逃げたらどうなるか、わかるやろうな。」

「じゃ、正規に辞めるとしたらどうしたらいいんですか?」

「お前、うざいわ。」


電話を切られた。

想像だが、命を取られるような事態にはならないだろう。

逃げたら、殺す、とはっきり言った方が効果的なのに濁す。

これにはどんな意味があるのだろうか。



しかし、この電話がきっかけだったのだろうか。

俺はそれ以降から仕事を任されることが無くなった。

鈴木さんにも電話が繋がらなくなった。


あれ?

もしかして簡単に抜けられたのだろうか。


確かに、一々誰かを始末していては面倒である。

所詮、俺らはしっぽだ。

簡単に切られてお終いである。