明治時代(明治5年)に廃止された修験道は強制的に仏教密門の傘下に配属されました。
しかし、日本の敗戦により明治政府から継続された日本の宗教政策、いわゆる国家神道は解体され、
日本国憲法により信教の自由が保障され、新しい宗教法人法が制定された。
にもかかわらず修験道はいまだ仏教から独立を果たしているようには見えない。
五来重が修験道の本質であるところの日本固有の山岳宗教はこのまま埋もれていってしまうのだろうか。
およそ、ものはすべてあるべきように見通されなければならないとは神道学者である中西旭先生の言葉
であるが、
日本の霊山には必ずその固有の御魂があられると思われるのである。
そこにインド由来の神や仏をもってくることは不自然なことではないだろうか。
それはあるがままの姿の歪曲に思える。
日本の霊山にあられるのはその霊山の神、御魂であろう。
かつての日本中世は国中が仏教一色に染まってしまったために、霊山に仏を見たのかもしれない。
しかし、現代人は仏教的世界観にとらわれていないはずである。地獄も修羅、餓鬼の六道も存在しない。
中世人がからめとられた仏教的世界観から脱し、もっとこの美しい国土の姿をあるがままに見ることができる
だけの教養と知性を備えているはずである。
戦後70年、日本の山岳信仰代表的存在である修験道もそろそろ仏教の従属から独立し、一宗を再興すべき時
であると思うのである。