清塚は真ん中に四角く穴の開くガラス(透明、十センチ四方)をもっていた。昔手品師からもらったものだった。枠にマイクロチップが入っていて、それで、拳銃の発射音で開くんだとか。
清塚の外見はイケメン。目がちょっとたれ目。26歳の時のことだ。働いていないけど、金は持っていた。
というのは、昔、詐欺師まがいのことをやったことがあった。ある金持ちのバーさんの養子になったのだ。どこかのバーだった。一人で飲んでいるバーさんに、清塚が語り掛けたのだ。清塚の嘘話(母親にDVを受けて育った)を信じたバーさんが、勝手に養子にしてくれた。で、その一月後、死亡。何も清塚が殺した訳ではなかった。癌で、余命一月だったのだ。
葬式を済ませて、清塚は三鷹に結構広い土地とかなりの財産を持った人間になっていた。
でも、ギャンブルにうつつを抜かすこともなく、まじめな仕事に励んでいた。と言っても、顔が良いので、一年に一回くらいの大口の投資家が引っかかった。それで、本当に株をやっていた。幸い手堅くもうけていたので、損はしなかった。ちょっと高い手数料を貰っていたので、資産は減らなかった。
それが三年前だから、今は29歳。ま、三年で三人の投資家を見つけただけだが。
で、今、とあるバーで、手品師と知り合った。アイリと言った。彼女は美人だった。
で、昔の清塚のように、資産化のバーさんを騙す仕事をやっていた。つまり、養子。
しかし、清塚とちょっと道筋が違った。
養子にはなったが、相手が死なないのだ。相手はガンだと言っていた。なのに、いつまでたってもぴんぴんしているのだとか。
ところでアイリは美人。儚げ。同じ29歳だった。今年流行の長い薄いガウンのようなコートを羽織っていた。
そこで清塚は穴の開くガラスを渡した。
アイリは受け取ると、耳をぴくっとさせただけだった。疑わなかった。
「疑わないんだ」
暗いバーの片隅で、清塚は、アイリの顔を近くに見て聞いた。
「ええ。まあ。手品にも、同じようなネタがあるの。ガラスを破って、弾丸が相手に当たるけど、死なないってネタ」
「へえ、どんな?」
「だから、空砲を撃つの。そして受ける方も爆竹がはぜるの。だから、ガラスは何ともない」
「成るほど。でも、このガラスは本当に穴が開くんだ。枠にマイクロチップがついていて、銃の音で、真ん中が開くんだ。ちょっと見には切れ目は見えないけど」
「解った。ありがとう。バーさんにやってみる」
二人は熱いキスをして別れた。
2
翌日、昼。吉祥寺のカフェ。
アイリが嬉しそうな子で、やって来た。
「バーさんは、死んだわ。これで私も金持ち」
「それで、ガラスは開いたのか?」
「大丈夫。開いたわ。実はやったのは、昨日。今十係のミヤビとAIのミコという警部補、二人となんだけど、バーさんの家に来ているわ」
「見たい。捜査を見に行こう」
「部外者は入れないわ」
「君は当事者だろう。君なら入れる。つうか、何で、君が出して貰えたんだ?」
「トイレと言った。だから、今はトイレ中」
「遅すぎるだろう。すぐに行こう」
清塚は強くアイリの腕を引っ張った。
「うーん。強引ねえ」
アイリも立ち上がった。
3
十係。吉祥寺のカフェから近くのバーさんの家。大きな日本風の家。
「アイリはどうしたんだ?」
「さあ、トイレとか、言ってましたへ」
「長すぎるぞ」
「大の方なんじゃないですかねえ、どすう?」
「何が、どすう?、だ。ふざけているのか」
「いえいえ。今、京都弁病にかかっているんでおますう」
「ふざけているのか」
丸餅警部は怒っているが、ミヤビとAIミコは知らん顔。一応謝る。
「病気なんで、御免やっしゃろうどすう」
そこへ、アイリが清塚を連れて帰ってきた。
「ああ、アイリはん。お長いトイレで」
「済みません。大の方が、長くなっちゃって」
アイリは平気な顔をしている。
「どこまで行ったんだ? それに一緒の男は誰だ?」
丸餅警部は怒っている。
「ああ。近くのカフェです。お邪魔になってはいけないと思って。こちらは、トイレの前で知り合ったひと。」
「部外者は入れちゃあいかん」
「それが違うんです。この密室のこのガラスの持ち主なんです。清塚さん」
アイリが涼しい顔で紹介した。
「何と密室とな?」
丸餅警部が体を乗り出した。
「そうなんです。廊下で銃が暴発したんです。そしたら、この窓を通って、弾がおばあさんの額に命中したんです」
アイリが四角い窓を指して説明する。
「これは、弾が通る窓だったんです。それをそれとなく、この清塚さんに説明を受けていたんでしたが、まさか本当だとうは思わなかったんです」
「ふん。そんな夢のような話し。だれが信用するか?」
丸餅警部は一層怒りをあらわにした。
ミヤビは、軽い会話のジャブの間、部屋を見回していた。
リビング兼書斎である。
20畳ほどはある。庭に面した窓は大きく、どっしりとしたゴブラン織りのカーテンがかかっている。今はレースのカーテンを残して、開いているが。
窓の近くにかしの木の事務机がある。
リビングだから、四人分の白いソファーと小さい低いガラスの机がある。ソファーは部屋の真ん中。
窓と反対側には、本棚。一竿。びっしりと色んなジャンルの本が収まっている。
容疑者(アイリ)の話によると、爺さんの趣味で、五年前に亡くなったらしい。
ドアの横に十センチ四方の例の魔法の窓のはまったガラス。アイリに言わせると、この窓を通して、向こうで銃が暴発したら、弾が、婆さんに命中したらしい。
で、殺されたバーさんが、ソファーに座ったまま、死んでいた。
結構ふくよかなバーさんだ。
アイリによると、朝、起きたら、密室の中で、バーさんが撃たれて死んでいた。
銃が暴発した時は、まさかと思っていたんで、部屋の中を覗かなかった。バーさんも、即死だったので、呼ばなかったようだ。
密室の鍵はなく、入る時は、ドアをぶち破ったようだ。
バーさんが死んでいるのは、ドア脇で壁の窓から覗いて解ったとか。窓の周囲は木の板の壁。
確かに、小さい窓だ。そこから狙った位置にバーさんの頭があった。
アイリによると、この窓のガラスを弾が通ったとしか思えないとか。清塚によると、ガラスは割れずに弾だけを通すのだとか。昔、もらったとか。
ミヤビとミコと丸餅警部は呆れて、顔を見合わせた。所轄の鈴木警部補もいる。結構いかつい。たまーに雅之と呼ばれている。コロンボみたいなダサい薄いコートを着ている。
そんなネタなら、米沢(?)の小説の中にあった。外から撃ったと思わせておいて、銃口にリンが詰めてあって、空気に触れて、暴発した。というネタのほうが、まだましだ。
ま、それにしたって、銃は部屋の中にはなく、どうやって、回収したのかは不明なのだが。
さて、バーさんの続き。
顔はふくよか。頭は白のウイッグ。ちゃんと化粧はして、服はレノマ。ちょっと派手。
死亡推定時刻は、夜の十時から十二時。
ミヤビがふと見ると、廊下に傷があった。小さかった。躓いたのか?くらいの。
窓は腰の位置。窓以外は戸。だから深く屈まないと見えない。なので、アイリは確認しなかったらしい。
4
十係。ミコとミヤビ。
「ミコはん、どない思わはります? 本当に銃をうたはると、穴の開くガラスじゃろうと、思わはります?」
ミヤビがタブレットに語りかけた。
「アキマヘン。そないなこと、信じれまへん」
京都病のミコも答えた。
「そやなあ。それと、この廊下の傷、何でらっしゃろ?」
ミヤビが足元の傷を指した。
「そら、銃をまちごうて撃ってしまいはったのと違いますのん?」
「はあ、はあ。そないでっしゃろうか?」
「そないに決まっておりますがな」
そこへ、丸餅警部がやってきた。
「どや。本当に穴の開くガラスと思うか?」
丸餅警部が、本体から外されていたガラスを手に取り、触りながら、ミコに聞いた。
「そうでんなあ。今もミヤビはんと話していたんどすが、俄かには信じられまへんどすなあ」
「そや、そや。わてもそないに思わはります」
ミヤビも急いで答えて、続けた。
「そういえば、昔コロンボの中に、ありましたえ。手を叩くと開くという扉が。あれの進化系違いますの?」
「お前まで、京都病か。やっかいな。しかし、あれは大きな扉。それに比べて、これは二センチ程度の四角い穴だとか」
「でも。あっちが本当なら、これもありうると思わはりますぞえ」
所轄の鈴木警部までもが突然京都弁になった。鈴木警部は、慌てて身をくねらせた。丸餅警部は、まだ思案顔で、ハットを頭に戻した。
「ならば、実験してみるのはどないでっしゃろ?」
ミコが指を上げた。タブレットの中で。
「そや、そや。そうすれば、本当かどうか、わかるでおますやろ」
ミヤビまでも賛成した。
「うーん。しかしなあ」
丸餅警部は思案顔。
「じゃあ、早速、やってみるでおます」
ミコが提案した。
「はいな。で、おます」
ミコの合図に合わせて、ミヤビが、ガラス板を手に取って、廊下から外の窓の開いている部分に向かって撃った。目にもとまらぬ速さだった。
ズキュ。
ガシャン。
銃の音と共に、ガラス板が割れた。
「ありゃ、まあ、でおます」
「ありゃりゃ」
全員のため息が漏れた。
「どないなっとるというんじゃ?」
丸餅警部まで京都病になった。
「どないなっとるといんでっしゃろ?」
鈴木警部補。
「アイリは嘘をついていたんじゃとか。おます?」
ミヤビが聞いた。
「あるいは、銃の周波数が違ったとか。それだと開かへんとか」
ミコが考えを巡らせた。
「そうどすなあ。アイリはコルトを使ったと言うてはりました。それに比べて、ミヤビはんのは、ニューナンブ」
鈴木警部補。
「へえ」
撃ったミヤビは衝撃を受けている。
「ま、そないに落ち込むなや。言うても事故でおますし」
ミコが慰めた。
「そういうことか。事故なら仕方ない。鑑識君、片してくれ。破片は捨てるな」
命じると、丸餅警部はどこかに行ってしまった。京都弁は治ったようだ。
途中振り返って言った。
「アイリのコルトを回収するのを忘れるな」
5
清塚。
「アリャリャ」
清塚は茫然と眺めていた。
「嘘? 本当? それにしても、割ってしまうなんて」
警察、特に十係が信じられなかった。
(証拠品を割ってしまうなんて)
でも、十係の連中は、悪いとも何とも思っていないようだ。
信じられないという想いと同時に、もう一つの疑問が沸き起こってきた。
「あれはどうするんだ? どうしたらいいんだ?」だ。
清塚は誰にも見られないように、そっと三階に上った。
宝石室だ。
宝石台の上。四角いガラスカバーがあり、その中に、ダイヤが鎮座していた。四十カラット。で、ピンクダイヤだ。
この部屋の入り口は、鍵がかかっている。他は中から鍵だから、密室。
一か所だけ、清塚がバーさんにあげたもう一枚の開くガラスがはまっていた。
一階のとほぼ同じ形状だ。まあ、ちょっとは違うが。
バーさんはアイリを信じていなかった。アイリと一緒にバーさんに会った後、このガラスのことを話して、こっそり上げた。わざわざドアの脇に着けてあげたのだ。バーさんはありがたがっていた。
「あんたは信じているよ。だから重宝して使うわ」と言っていた。
ところで、こっちのガラスは枠がある。木の枠だ。電動と手動のボタンもある。
今は電動で、豆電球がついていた。
「もし盗人が来るとしたら、手動にするかもね」
清塚が聞いた。
「その時は指紋がつくから大丈夫。それに、振動したら、警報が鳴る」
バーさんは、警報システムに自信を持っていた。
しかし、この電動の豆電球は、手動に換えても、変わらない。ただし、そのことを知っているのは清塚だけ。そう、清塚がのちにダイヤを盗むために、そうしたのだ。
そして、その夜。
草木も寝静まり、捜査が一段落した後。
清塚は、アイリと会っている間にこっそりと型を取っていて作った合鍵で、アイリの屋敷に忍び込んでいた。
アイリは遊びにでも出たのだろう。いなかった。二階の寝室には誰もいない。
足音を忍ばせて、三階へ上った。
三階の廊下は、例の窓の枠の電動の豆電球だけがついている。ドアのすぐ脇だ。
清塚はそっと近寄って、手動にスイッチを換えた。豆電球は変わらない。
振動するかと不安に思ったがそっとガラス窓を開けた。警報音はしない。
相当な振動がしないとならないようだ。
清塚は、この四方の穴にちょうど入る筒(鋼鉄)を差し込んだ。内接円だ。
この中には、ラップで包んだナトリウムと円筒の端から伸びる糸の着いた板(丸い凹版に乾山の針、真ん中には粘着テープ着き)が入っている。
そして、その後ろから、水鉄砲で水と針を噴射する。
針がラップを貫通して、ナトリウムが爆発して、粘着版が飛び出す。勿論、即、後ろの口を塞ぐのだが。
で、ダイヤのカバーを破って、ダイヤに張り付く。乾山はそんなにダイヤを痛めない。
防音版は窓だけだから、ダイヤの台を破っても、警報機は響かない。
と思っていたら、筒が窓に内接していて、振動で、警報が鳴った。
だが、清塚は驚かなかった。この家には今、住民は誰もいない。
清塚はまんまと、四十カラットのピンクダイヤを盗んだ。
そして。また窓をしめて、警報音の響く中、すたこらサッサと逃げ出した。
だが、シーシーとひそかな音がした。だが、気にはしなかった。
5
翌日。早朝。呼び出されたミヤビとミコ。三階。
部屋の中で、ヨームが「清塚、清塚」とうるさい。
部屋の中には、フクロウ、オーム、ヨームがいた。ヨームはオームとそっくり。
フクロウ以外は、餌をやるため、アイリが隣の部屋から連れてきた。
「清塚って、昨日来た青いジャケットの男でっしゃろ?」
ミコがアイリに聞いた。
「はい」とアイリが答えた。彼女は、昨晩は午前三時に帰宅して、警察に百十番した。
まずは鑑識が来て、刑事が来て、今初動捜査が終わったところだ。
「犯人てことですかいな?」
下から上がってきた鈴木警部補も参加した。
「でも、どうやって、ダイヤを取ったのかいねえ。この窓のボタンは電動のままだし。それに、何で犯人が清塚って鳥たちには解ったのでありますかいねえ。振動は深夜零時とパソコンに記されているのに、フクロウ以外は、今朝まで、別部屋におりやしたんえ」
ミヤビが答えた。
「清塚って解ったのは、おおよそ予想がつくでおます。この部屋にはフクロウ。でフクロウからオームへ、そして、ヨームに伝わったで、ありんす」
鈴木警部補が推理した。
ミコは周囲を見回した。
ナトリウムで焦げた絨毯。水。
「昨晩の仕業は大体が、予想がつくでありんす」
ミコが指を上げた。
「何でっしゃろ?」
ミヤビの問いにミコが答えた。大体の説明をした。
「これなら、水鉄砲。もしアイリに見つかっても、怪しまれないでありんす」
「なるほどでありんす」
「では、清塚を呼ぶでざんす」
鈴木警部補が提案した。
「待って、台の上に手紙が」
台に一番近い所にいたアイリが手紙を持ち上げた。数枚の紙。
6
「手紙」
アイリちゃん、この手紙を読んでいるということは、謎が解けたんだね。さもなきゃ、ダイヤがなくなったんだね。
そうだよ。清塚がダイヤを盗んだんだよ。もっとも、偽物にすり替えておいたんだけどね。
本物は銀行の貸金庫。鍵はおまはんの物でありんす。
おっと、先日公園で会ったミコはんの影響で、うちまで京都病。ま、なかなかええでおまっしゃろ。
アイリはんは、出会って、まだ三ケ月ですけど、ほんに可愛いお人でんなあ。寝室で、うちが、ちょっと足が悪いさかい、歩くときも嫌がらずに手を貸してくれはって。ほんまにありがとうはん。アイリはんが来てからというもの、ジーさんがいたときよりも楽しい生活でおました。
ジーさんについて、少し言わせてもらいます。
ジーさんは、何か、多分心臓の病気で、5年前に、急になくなりはりました。
歯や爪が皆ピンクにならはって、医者はんが、ヒ素? と囁きはりましたが、たまにDVだったし、うちが500万ほど医者はんに差し上げて、心臓病にしてもらいました。よって、心配ありまへん。そのジーさんどすが、80なのに、まだおなご作って、わての財布の金持ち出して、困りました。色ボケやったん違いますか?
でも、発明家で、色々と新案特許を仰山ださしてもらいましたさかい、金には困りまへんで。
まあ、うちも、そっちの方面では、少しは知られた存在やったんで、おますが。
さて。
どないな特許があるんかは、うちの金庫を調べておくれやす。
ま、色々と、これからも色んな会社にセールスを掛けないといけないで、おますが。
そうそう、今回ダイヤ(偽物)を盗んだ清塚はんの方法は、清塚はんに聞いてもらうとして、あの方法は、ちと改良の余地がおまんなあ。銃の音で開くガラスを、猫の瞳の光彩にしてもろたら、どうでっしゃろ。それなら、新案特許を取れるでおます。一つ、清塚はんにお聞きにならはって、改良しておくれでやっしゃ。それから、特許請求もお忘れでなく。
それと、アイリはん。あんたは、そこそこの金持ちでおます。特許が結構な額を稼いでくれて、おます。
そんな金持ちは、結婚には気をつけなはれや。
清塚はんは良い男でおます。ですが、離婚になったら、財産を半分もっていかれます。
清塚かんの財産よりは、アイリはんの方が数倍おます。結婚は考えなはれや。
そして、発明の研究には余念がなく、励みなはれや。
それだけが、ババの心残りや。アイリはんは、手軽にお金を手に入れたがりますさかいな。簡単に手にいれた金は、簡単に出ていくものでっせ。気を着けや。苦労して稼ぎなはれや。
それから、うち、うつ病で、死にたくておまへんでした。おまけに、癌で、余命一月でおます。
よって、少し工夫しました。
ざっくりと言うてしまえば、アガサのソア橋のアレンジを使ったんでおます。
まず、音で開くガラスという者を信じてなかったんどす。なので、アイリはんの銃を空砲にすり替えたんでおます。
で、アイリはんが撃った時、うちも、透明な銃で、自分の頭を撃ったんでおます。
そして、それをどないしたかって? それからがソア橋どす。
うちの戸棚の一角にガラスの扉があるどすやろ。
それを自動に換えたんどす。そして、そこから、外へ、銃からコヨリでくっつけた糸を伸ばして、先に、巻き取る機械をくけたんどす。
そうどす。掃除機のリールを巻き取る機械どす。それも、リモコンを押すと、銃が糸ごと回収されて、外に投げ出されるんどす。そして、糸は外に投げ出されまする。
そして、糸は、モーターに巻き取られて、リールの端のコヨリは燃え尽きまする。
銃は、機械類の残骸の山の中に投げ出され、紛れて、解らなくなってお終いどす。
これがソア橋。その後、自動でガラス窓が締まる。
調べておくれどす。魔法のトリックの一つで、自殺どす。
なぜ、こないなことをしたかというと、アイリはんが可愛かったらどす。
二十年前、五歳で死んで、うちの娘にそっくりだったんどす。
ジーさんが、二十五年前に他のおなごにうまさせた娘どす。
うっかり、透明の銃を机の上に置いとったら、ふざけて遊んで、暴発したんどす。
五歳まで育てていたんで、超可愛かったんどすが、アイリはんそっくりどした。
まあ、その子へのお詫びもおます。
それに、アイリはんとバーべキュウにいったのが、超楽しかったんでおます。
川べりで、アイリはんが、ウインナやら玉ねぎやらを焼いてくだはって、それが超楽しくて、美味しかったんどす。
最近、キンプリの平野はんが、バーベキュウーで玉ねぎやマシュマロを焼いて、おいしさで驚いていはりましたが、それと同じどす。
ああ、キンプリの「ラビング ユー」見ておくれやっしゃ。あれもアイリはんが買ってくれはったんどすなあ。ほんまにあんたはやさしい子どしたなあ。どうか、その心をずっと持ち続けておくれやす。
長々と書きましたが、清塚はん、他の男はんは結婚したら、離婚がありますゆえ。
この離婚というのは、本の些細なことでするんどすえ。トイレを一回一回、流さないとか。
結婚は、気を着けなはれや。アイリはんは、金持ちなんやさかい、後悔しますえ。
そな、楽しい人生を。
それから、この前、アイリはんが作っておした鶏肉と里芋(サツマイモだったかな)のマーマレード煮、超おいしかったどすえ。少し太りましたがな。あの自動の圧力マシーンも改良の余地がおまんなあ。少し手を咥えれば、全自動になりおすえ。度量しておくれやす。
それにしても、大腸がんは厄介な奴で、痛みもかゆみもおまへん。少しやせるくらいで。でも、年ですさかい、腰が痛うて、アイリはんがやさしくさすって、寝かしつけてくれはるのが、唯一の慰めでした。それも、お終いどすなあ。寂しいこっちゃ。
そのやさしさを誰かに与えておくれやす。でも、結婚はだめ。となると、月一回の子供食堂でも、開かはります?それが良いでおまっしゃろ。
そのやさしさを、子供たちのために分け与えでおくれやっしゃ。アイリはんは、それができる人でおます。じゃあ。そろそろ、腰が痛くなってきましたえ。
決心して、決行せなあきまへんなあ。じゃあ。
悲しまないでおくれやっしゃ。いつかはこうなる運命だったんでおますから。
それから、くれぐれも、新案特許のセールスな。忘れないで歩き回っておくれやす。
自分のためになるんどすえ。じゃあ。」
8
手紙を読んで、アイリは泣き崩れた。
ババさんの名前は、遠山ナギコだった。
後ろには、バーさんの会社の一人だけの社員、イカリも来て、アイリを慰めていた。
イカリはちょっと離れた場所にある会社から来ていた。特許には超詳しいと聞いたいた。
清塚は、思った以上に、アイリが金持ちだったのを知って、しめしめと思っていたが、イカリが邪魔になりそうな気がしていた。