完全に相手側の不手際だったのだが、にしても、にしても〜、両手とおでこをテーブルにくっつける机上土下座状態のその謝罪の仕方が大袈裟で、終始相手のペースで押し切られたのがとてつもない敗北感。
いつも、面白い事や、逆に嫌な事に直面した時、とっさの判断でその場に適した対応ができないワタシです。ああ言えば良かった、こうすれば良かったと、後で思う事たくさん。今回も相手側が完全に謝罪しているのになんか嫌な気分だけが残ります。
慇懃無礼(いんぎんぶれい)とまでは言わないが、何かそのようなものが見えてしまった感。一丁上がりに思われた感。空気を読みすぎるきらいがあるワタシなので、言ってもしょうがない事は言わない、というか、言わなきゃいけない事も言わないか。まぁしょうがないよね〜、と思ってしまう。いわゆる聞き分けのいい人なんだと思うけど、まぁ普段から怒り慣れてないから怒りの表現のさじ加減がわからない。なので、これは絶対に譲 れないと思う時は、バカにされないように必要以上にその怒りの感情を大きく見せて、最終的に自己嫌悪に陥って後を引いてしまう。そんな気分になるくらいなら怒りの感情は封印してしまう、この悪循環。こんな事やってるとメンタルやられますなぁ。あ〜しんど。。。
TVで土下座を見た。
ワタシは彼のファンではないので、なにげでTVを見ていてこのシーンを見せられてあまりイイ気分では無い。なぜならワタシは彼から1ミリも迷惑を受けてないからだ。悲しませたファンに謝りたいと考えたら、一人一人に謝りに行く事は不可能なので、TVカメラの前でこのような事をするのはわからないでもないが、、、。土下座には賛否あるとは思う。過ちを犯した者の行動として、本人が土下座についての意味をどこまで重要視しているか、どれだけ屈辱的な事であるのか、どれだけの認識でそれをしているのか、それはわからないが、これはこれで一つのやり方ではあるとは思う。過ちを犯して失った信用をどう取り戻すか、罪を犯した者はこの事を必死で考える必要があるだろう。その必死の度合いは、本人が認識している罪の重さなのだろう。だから、そこで必死になれない人間は、その罪についての重さどころか、その罪を犯した事すらなんとも思っていないのだろう。
ワタシはセクハラやパワハラについて、世間を賑わす事件が起こるたびになにかと意見を述べてきた。このような事件を起こす人間は、閉鎖された空間で犯行に及ぶ事が多いのだろう。だから、その場でバレなければ大丈夫と思っていて、万が一バレてもそんな事は無かったなど、めちゃくちゃな言い訳をして逃げるのだろう。そして平然と暮らしている。そんな卑怯者に対しては、その恥ずかしい行為を白日の下に晒す事が一つの方法だと思っている。自己の欲望を満たすためだけに行われる性犯罪が、どれだけ恥ずかしい事か身をもって感じてもらいたい。バレなければ大丈夫、と思っているとしたら、それはバレたら大変、という事がわかっているはずだ。だから、これは第三者に知ってもらう必要がある。そんな事があったと知らずにその不届き者の近くにいる人達に知ってもらう。その不届き者はそういう事をしてしまった人間だと認識してもらう。そして、そういう事をする人間として白い目で見られる、そういう居心地の悪さを実感してもらう。それが、してはいけない事をした罰なのだ。人を傷付けてのほほんと生きている、それをワタシは許さない。被害者は生活が一変してしまう事もある。人が楽しく過ごしていたその生活を奪った馬鹿野郎をワタシは決して許さない。自分で犯した罪はしっかり償ってもらいます。そして、その悪行を知って見て見ぬ振りしている人間も同罪だ。覚悟しておいてください。
間違いを犯して信用を失ったら、その信用を回復するのはその人自身。その時どれだけ必死になれるかがその人が自覚してる責任の重さ。必死さが足りないと被害者が感じたなら、それは間違いを犯した人の自覚が足りないという事だ。そもそも間違いを犯した事にすら気付かないなら言語道断、それはもう人間失格。知っててアクションしないなら、小学校からやり直してください。
