さっきTwitter見てたら、こんなツイート見つけたんだよね。
「人は10代のときに見た漫画とアニメを親と思ってずっとついていく習性があります。」
これは、ひよこが生まれて初めて見たものを親と思う「刷り込み」の習性が、ある意味で人間にも当てはまるってことだよね。
“刷り込み(すりこみ、imprinting)とは、動物の生活史のある時期に、特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象の一種。”
(Wikipediaより)
子供の感性って、大人の何百倍も鋭い感じがして、その頃に印象を受けたものはその後もずっとついてくるっていうのは納得できるよね。
私の場合、10代のときに読んだ『NANA』が親って感じで、20代になってから読んだどの漫画よりも印象深い。20代になってからは、「衝撃を受ける」経験は少なくなってきたかもしれない。全ての漫画が『NANA』を親として、基準として、自分の中で評価されている感じ。
『あたしはべつに歌うの好きだし、いっそ歌うマシンになれたらいいのにって思うの。欲望とか嫉妬とか、何も感じない、疲れ知らずの高性能マシーン。でも感情を捨てたら、いい歌は歌えないよね。』
駅のプラットホームで電車を待っているような、少し気が抜けた瞬間にこの漫画のセリフを思い出すことが多いかも。
10代の頃、一時期、狂ったように歌の練習をしていた時期があった。放課後のチャイムが鳴ったら、カラオケボックスに駆け込んで、毎日歌の練習をしてた。
その頃は、ただ上手くなりたいって必死で、歌に気持ちを込めるのを忘れていたかも。
そんなときに、『NANA』のさっきのセリフを読んで、
「あー、もしかして、私の歌に圧倒的に足りないのは、感情かもしれない。」
そう思って昔の、歌が好きで、純粋に歌を楽しんでた頃を思い出しながら歌ってみたんだよね。
そしたら、今までの肩の荷が下りたような気がして素直な感情で歌えるようになったんだよね。
そのときによく歌っていた曲が、映画『NANA』の主題歌『Glamorous Sky』。この曲を歌っているときは、歌のテクニックとかを意識せずに、自分が映画の主人公になったような気分で心の底から歌えてた気がする。
でも、時々、そろそろ”親離れ”した方がいいのかなと思うこともある。
猫の場合は、前の日まで親子仲良く舐めあっていたのに、急に親猫が子猫を威嚇するってことがあるみたい。
「"親離れ"した方がいいよ」っていう、親猫の優しさらしい。
これからは『NANA』って漫画を基準にして、親として考えるんじゃなくて、その作品自体を純粋に楽しみながら見れたらなって。
ここまでは、私の考えを書いたから、今度は他の人の”親“となった曲を紹介するね。
『残酷な天使のテーゼ』
去年、公開された映画で、青春時代に解けなかった問題が、長年積もっていたモヤモヤが、解けたような気分になった人が多いと思うんだよね。
この映画を見終わった後で、自分の青春時代の“親”から、気持ちいい”親離れ”ができた人も多いって聞いたよ。
新しい”親”を探す旅…
新しい曲に出会うために、カラオケアプリで他の人が歌っているのを聴いてみてもいいかもね。Karapartyってアプリはなかなか良いと思うよ。
「人は10代のときに見た漫画とアニメを親と思ってずっとついていく習性があります。」
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