連休初日、5月2日(土)に、南山城村にある生家に行く予定をしていたので、午前10時半ごろ自家用軽車両で自宅の門真から出発した。車の周りを回りながら簡単にタイヤの点検は済ませた。(2~3年前だったかタイヤが2本破裂したことがあった)

 

走行している途中、スピードメーターにあるラジエーターの針が赤の危険域を指していることに気が付き、ガソリンスタンドでラジエーターのタンクを調べるとタンクは空だった。

163号線の生駒のトンネルを過ぎていたので、生駒コーナン店でラジエーター水を買って入れたのだが、メーターの針は安定しない。とにかく車を走らせた。木津川市を過ぎて加茂辺りを走っていた時だった。突然・・・エンジンが止まってしまった。片側一車線で、連休で土曜日だから車の数が多かった。焦った。出来るだけ左に寄って非常灯を点滅させ、三角停止版を車の後方に設置した。早く警察に連絡したいと思ったが、最近、携帯電話からスマホ?に変えたばかりで使い方がいまいちわからない。ちょうど近くの家の駐車場に、かっこいい中型トラックの若い青年が見えたので、駈けて行って、「警察に連絡して欲しいのですが」と頼んだのでした。

快く、連絡してくれて、理由も話してくれたので20~30分でパトカーが来てくれた。

 

私の車のせいで、道路を一方通行にしておけないので、163号線の枝道(農道)まで、二人の警察官の方が押して下さって、一応、一息つくことができたのでした。

 

「後は、レッカーを呼ぶなり、自己責任でしてくださいね」と戻っていかれた。

 

もう、1時間以上過ぎていた。JAFにレッカーのことで電話すると、会員でないとレッカーの費用は3万5千円~5万円ぐらいで、即現金払いに限ると言われた。この日にかぎり、2万5千円しか所持してないし、困った。(私は任意保険には入っていなかった)

 

だいぶ経ってから・・・

一度、エンジンがかかるか試してみると、幸いエンジンはかかった。しかし、いつまた止まるかわからない。生家までなら約15キロ、門真の自宅までなら35キロ・・・・

 

どうすりゃいいんだ?私の愛車は中古で買ったが、初年度検査記録には1997年とあるから、1995年~2026年まで30年ほど経っていることになる。

もう十分に乗らせてもらったから廃車ということで、一時、生家の駐車場で保管することに決めた。門真市に住む息子(次男と三男)に電話すると、あり難いことに次男が出てくれて。事情を話すと、自家用車で来てくれることになった。「遅いほうが混んでないと思うからゆっくり来てね」と言っておいた。

 

次男が車で来てくれたので、「ワイヤーで牽引してくれるか?」と言うと、「そんなこと出来ない」と、言う。「じゃあ、私の車が先に走って、3~5キロぐらい走行したら休むということで後から付いてきてよ」と言い、車を走らせた。「神様!どうか生家までお願いします」と心で祈りながら・・・・・

 

次男は後から付いて走行してきたが、特に私の車に異常は感じなかったようだった。

生家の入り口に着き、玄関までの急な坂道を登ろうとして止まった時だった。水蒸気のような白い煙が車の下部付近から、モクモクと・・・・慌ててエンジンを切った。

 

次男もすぐ近寄ってきて、「もう動かさんほうがいいよ」と言う。

もう私んちの私道だから、ここにしばらく停めておこうと決めたのでした。

ここまで来れたのは天の介在なしにはあり得ないと神様の介在を感じました。

 

最小限、必要なものを次男の車に移し、家内と二人、次男の車で門真の自宅まで無事、送り届けてもらったというわけです。感謝!感謝!感謝!

 

私の為にご苦労をおかけした警察官をはじめ、他の方々に厚く御礼申し上げます。迷惑をおかけした多くのドライバーの皆様ごめんなさい、そしてご協力ありがとうございました。

 

「神の声に耳を傾ける」とは

AIによる概要:

神様の声に耳を傾けるとは、日常の雑念から離れ、静かな時間の中で自分の内なる声や自然のささやき、あるいは聖典の教えに心を澄ませる行為です。この静かな対話を通じて、迷いを取り除き、本来歩むべき正しい道を見出すことができます。 [1, 2, 3]

神様の声を感じ、そのメッセージを受け取るための具体的なアプローチは以下の通りです。

1. 静寂の時間を持ち、無心になる

日々の慌ただしい生活から離れ、心の中を「無」にする時間を作ることが大切です。静かに深呼吸をし、頭の中にある雑念を少しずつ手放していきます。この心の余白を作ることで、神様からのメッセージや直感がふと降りてきやすくなります。 [1]

2. 自然の中に身を置く

木々のざわめき、川のせせらぎ、吹き抜ける風の音など、自然そのものの響きに耳を傾けてみましょう。多くの伝統において、自然の営みは神様のメッセージそのものであると考えられています。

3. 良心の声(内なる声)に従う

私たちが直面する選択において、損得勘定ではなく「心の奥底の正しい声(良心)」に従うことです。この良心は、自分を正しい方向へ導こうとする神様からの声と深く結びついていると言われています。 [1, 2]

4. 聖典や教えを振り返る

信仰を持っている方は、聖書などの聖典を読むことも一つの方法です。書かれた言葉を自分自身の人生に照らし合わせることで、今必要な導きを得ることができます。 [1]

日々の生活の中で少しだけ立ち止まり、ふと心に浮かんだ小さな思いや直感に意識を向けてみてください。それが、あなたにとって大切な気づきや神様からの声となるはずです。 [1, 2]

(以上)

 

あとがき

 土曜日に生家に行く目的の一つは健康のための断食なので、私も家内も夜までは極力食べないようにしてます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございました。 (^^)/

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