人が生きていく意味を疑う瞬間ってどんなときだかわかるだろうか?
ずばり、自分が必要とされていないと思う瞬間。
やっぱり誰かに認められてこそ、自分を慈しむことができるわけで、人から必要とされたり、人から評価されてこそ、自分を好きでいられる。
これは誰だって同じなのだ。
だから、「必要とされている」と気づいたら、それだけでもう悩まない。
前に進むエネルギーも湧いてくる。「必要とされてる感」ってそのくらい大切。
自信を持つこと以上に、いや、あらゆる幸せの法則より、それは大切なのだ。
人に必要とされている実感、ひいては世の中に必要とされている手ごたえ。
折れない心も突き詰めていくと、そこから生まれる。
必要とされている実感の分だけ、心が強く丈夫になるのが人間なのだ。
だから、人はぼんやり生きていてはダメ。
仕事も何もかもぼんやりやっていてはダメ。
ともかく今の時代は、一刻も早く自分の役割を探すことなのだ。
どんなに自分が好きでもいい。
どうしたら他人の誰かに必要とされる人になれるのか、それをまず考える。
自分は誰とも一緒でないと思うなら、「自分でないと出来ないこと」を持っておく。
それをテーマにして生きてみる。
すると不思議に心がどんどん強くなってくる。
役割が人を強くする。
それだけは間違いないのである。
・・・これ、私の文章じゃありません。
この前雑誌で読んだ、齋藤薫さんのコラムからの抜粋。
昨日、ふとこのコラムの事を思い出して、抜粋してみた。
昨日は元職場の先輩のお宅に遊びに行ってきました。
それで、思ったこと。
母は強し。
なんていうか、赤ちゃんって、全面的にお母さんの存在を必要としてて(当たり前だけど)、
お母さんのほうは、赤ちゃんに必要とされることで、自分の存在する意味を確認してるっていうか。
子育ての悩みとか、その他の悩みも多分あると思うけど、
独身の悩みとレベルが違うというか、なんか人間的に大きくなってる気がする。
赤ちゃんに必要とされてるから、心が穏やかになるのかなぁ。
そんなことを思ってたら、冒頭のコラムのことを思い出したというわけです。
無職だったときに、自分のことダメダメ人間だなぁって落ち込むことが多かったけど、
仕事が決まって、仕事を覚えて、自分が必要とされるようになってきて、やっと気持ちが安定してきた気がする。
だから、人から必要とされるって大切なんだなぁって私も思う。
なんか小難しい話になっちゃった。
よし、何にも考えずに寝よう!!
では