あきらめるな!現在進行形、俺の人生!

あきらめるな!現在進行形、俺の人生!

元プロスポーツ選手の人生日記、記録。栄光とドン底を経験したが、あきらめなければ、なんとかなる!ことや、目標を持つ大切さ、なんかいろいろ、いい経験や悪い経験を伝えて、なんか感じてくれれば、、、

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高校2

 

 

高2で優勝し、高3終わりぐらいには、後に世界大会代表となる人に、スパーリングで膝蹴りをヒットさせ、相手を驚かせるまで成長してして、俺ももっともっと修行して頑張るぞーと!

それが毎日の生活の元だった。

 

学校のほうは、進学校で高校3年間の成績がよければ、入試なしの指定校推薦でいい大学に入学できるシステムがあった。

もちろん、私は、高1からそれを狙ったので、学校の中間、期末テスト2週間前だけは、本気を出して勉強した。それ以外は、格闘技の修行のみ。

 で、いつもクラスで5番以内には入っていたが、高3の1学期か?2学期か?これが指定校推薦選定の最後のテストということで、よっしゃー!1番とったるねん!と!気合いいれた。

 しかし、クラスには、私が格闘技メインの生活ならば、やはり受験メイン、成績メインの生徒がほとんどだ。その中で総合1番をとるには、どうしたらいいか?

 チャンスは期末だった。体育はいつも1番、、美術の点はいつもほとんど1番。これを使うしかない。で、試験勉強も3週間前とし、ひたすら覚え、、、やったるぞー!あいつらの度肝を抜いてやるー!とがんばったら、、、見事、総合1番になった!

 格闘技で1番になったときの、あきらめず、がんばればなんとかなると自信があったので、この学校の成績により、さらに、よっしゃー!なんとかなるなーー!と、実感した。

 結果発表後、普段、話しすらしない受験マンNO1に、○○君は見た感じ、かしこそうにないし、あんまり勉強してなさそうやのに、どうやって1番とったん?どんな勉強してるん?毎日何時間勉強してるん?

と、やや失礼だったが、いろいろ聞いてきたので、なんか話すようになり友人になったw

 ちなみに、その問いの答えは、、実力からしたら、君のがぜんぜん上だよ!俺は、最初から、中間期末だけしか勉強してない、覚えてるだけ!それだけ!あと、体育と美術点ね!

 と説明したが、、、うそや、それだけじゃないはずと最後まで言われた、、、。

ほんまそれだけやのに、、、。ぷぷぷ。

 

 中学生活は最初、悲惨やったけど、格闘技しだして、目標もでき、毎日楽しかったなーみたいな高校生活でした。  

高校編

 

中高一貫男子校だった。高校からは、他中学出身の生徒も入試で入ってくる。

 

中3から始めた格闘技で、高1の夏に西日本大会があった。小さい道場だったからか道場内では、優勝候補と言われ、いい気になっていた。

で、大会の日を迎える。

 こっちは初めての大会なので緊張しまくり。なんとか1回戦を勝ちたい、頑張るぞ!と。それに対し、仲間は、よっ!優勝候補!気楽に!と、声をかけてくる。だから、表情だけは余裕ですよ!と、調子にのっていた。

 1回戦は、意外にスカッと勝った。このことが私にすごく調子にのらせた。

俺、強いやん、ふっふっふ。

2回戦は、優勝候補が相手だった。こちらの優勝候補は実績もあって、私なんかよりも本当の優勝候補である。私は、俺が優勝候補だ!と調子にのり、戦いにのぞんだ結果、、、

スタミナがきれ、観客の前で人間サンドバック状態になり、悲惨な負け方をした。

 私は一人で会場の隅の階段に座り込み、反省した。

何が優勝候補だ、そういわれて調子にのった自分が恥ずかしい、、週2回しか練習してないくせに強くなったなんて思い、井の中の蛙やん!しかもスタミナ切れで動けなくなるなんて、恥ずかしい、、俺なんてただの調子もんやん、、、といろいろ思っていたら、涙が出てきた。負けるってこんなにくやしいものなのか、、うう、、、

 その時私は、はじめて経験した、、、これが悔し涙か、、、、うう、くそーー!

 

そこから1年後の大会まで、週6で修行した。くやしさがそうさせた。学校終わって、道場、筋トレと、、、。

で、、1年後の大会の日がきた。

自分でもわかる、、、めっちゃ強くなったと、、、。この強さは本物だ。勝てる!絶対勝てる!誰よりも修行したしな!

 当日の朝、両親、兄弟に、ちょっとさくっと優勝してくるわ!といった。すると、、全員、お前なんか優勝できるわけないやろと、、、。ほんま、なんや、この家族は、、、と本気で思った。あんたらがだらだら生活してた間、俺何してた?修行してたの知ってるやろ?ほんま、いらっときた。

 大会場につくと、下痢になった。まじか、、で、アップしてると、近くに、サイボーグみたいな巨人がアップしてる。めっちゃこわいやん、、、1回戦であたりたくないなー。

 一回戦はKOで勝利し、よし、1年前とぜんぜんちゃう!相手が弱く見えるぞ!と調子のってたら、、、

2回戦はサイボーグだった。ここは勝負どころやな。どうやら優勝候補らしい、、、でも、私は落ち着いていた。ここもKOで勝利できた。よし、いけるぞ!

3回戦もKO!で、4回戦は、去年ぼこぼこにされた相手だった。名前も顔も忘れない、あいつだ!強かったが、優勢勝ちになった!やったぜー!

で、決勝!ここも優勢勝ちで、なんと、ほんまに優勝したぞーーー!

 

はじめて自分の意志で選んだ道で、優勝することができたぞーーー!このときにやっと、自分に本当の自信ができた。いままでやってきたことは間違いじゃなかった。

野球と違い、本当に好きなことは、苦しくでも頑張れる!あきらめなければ、なんとかなるもんだなー!と。

 

高校生活は、格闘技の修行がメインだった。女の子とつきあったことはまだないねん、、。

中学時代  

 

進学塾で猛勉強し、進学校へ。

なんでか?兄が先にそこの進学校へいったから、弟の私も行くのが筋。というのが父親論。

いかんかったら、わしの子ちゃうと言われた。なんやそれ?

私は、友人が多い、地元の中学校へいきたかったが、、、、まだ、父の前で自分の意志を通せなかった。

 

小学6年卒業から中学入学まで、ものすごく腹が減る時期があった。食欲のままに食べていたら、めっちゃ太った。ガリガリからデブデブへ。

 

兄が兄の友人に、私のことをめっちゃよく言うてる。小学校の時、足が一番速かったとか、野球で2番でセカンドやとか、もうめっちゃ言うてる。野球部に。。。

ハードルも上がり、野球部へ強制的に入部するしかなかった私は、入部して、笑われ、馬鹿にされ、もう最悪だった。そもそも、少年野球をしたのは兄が先に入ってて、弟も入るのが筋、、、父親論、、、そういう理由で野球が好きだったわけじゃない、、、中学も自分の意志を通せず、いやいや野球部に。

 ま、馬鹿にされた最大の理由は、私が激太りしてパフォーマンスが著しく低下したせいだけど。

ほんま恥ずかしいし、つらかった。

 で、中2で部活をやめた。楽しくない部活をなんで毎日せなあかんねん!と。

 

で、家でゴロゴロしてた、さすがに自分でなんかせんと、これあかんよなーと思うようになる。

家では、部活もしないでゲームばっかりで、家族からも変な扱いをされるし、、、。

 

しかし、TVでみた格闘技を見て、これをやろうと決心する。

中3で、某格闘技へ入門する、、、

するとはじめて、自分で選んだ道なので、痛いけどたのしくてしょうーがないじゃないかー!

体を鍛える大切さ、精神を鍛える大切さ、思いやりの心、すべてが新鮮で、毎日が楽しくてしょーがない!どんどん余分な脂肪もとれ、筋肉も鍛えられ、見違えるような大変身をする。

 

それとは別にまた悩む種があった。

小学校のときは、周りに韓国人の友人が何人かいたので気にしてなかったが、中学へ入ると、、、

先生までもが、こんな問題わからんのか?こんなん、あほでもチョンでもわかるわ!と言ってた。

 チョンってなんだ?と友人に聞くと、チョンは韓国人を意味するという差別用語。

なぬーーと思ったら、友人もこの学校にチョンとかおるんかな?とか、差別的なことを言い始めた。

え?あんないいやつがそんなことをいうのか?仲が悪くなると恐れた私は、ありゃー、こりゃ、ちょっと私が韓国人ていえなくなってしまった、、、、しかし、なんで韓国人をそんな扱いするんだ、、、俺、日本育ちやから、どっちかいうたら、日本人的な心やねんけど、、、。ということで、中学から知り合う人には、言えなくなってしまった。

 

そんなこんなで高校へ

 

 

 

小学校時代

 

小学校1年生の記録

 

休み時間、いきなり隣のクラス最強の小学1年生が、私の教室に乱入してきて、なんとえんぴつをボキっとおって、このクラスで一番強いやつでてこい!と言っている。

 完全に男子全員、私も含めびびっていた。えんぴつを折るなんてなんて力持ちなんだ!と思っていたに違いない。しかし、私は好奇心からか、自分の鉛筆を机の下で見つからないように折ろうとしてした。

 めっちゃかたいやん、ふんぬーー、で、なんとか私も折れた!わーい! 

幼稚園でケンカに慣れていた私は、これならいけると思い、そいつの前に出て、いきなり頬にパンチしたら、相手が吹っ飛んでいった!自分でもびっくり!え?ほんまに?

 しかし、すぐに起き上がって、お互いにらみ合う。すると、教室から、私の名前コールがわきおこる。

私は、気をよくしていたが、パンチがきかなかったので少しビビっていたら、先生がきて二人の頭にげんこつが落ちて、その場は終了。

 

小学校2年から6年は元気に過ごしていたんだろうと思う。1年の時の印象だけが強烈に記憶に残っている。

 

習い事は小1~4は少林寺拳法、小4~6は野球と、進学塾、、、

 

小2~6まで好きな子がいた。

しかし、緊張して、話した記憶がほとんどない、一目ぼれってことか、、、

 

あ、あと、小学6年の時に、○○小学校代表の6人組が、私の小学校に攻めてきた!

日曜だったと思うが、学校のグランドでサッカーしてた、中学生ぐらいの大きさの怖い顔した連中が、私たちのボールをばこーんとけって、この学校で強いやつ連れてこいと、、、たまたま私たちが強いやつだったけど、、、相手は中学生みたいな小学生、、、めっちゃこわかった。しかし、異変に気付いた先生がとめにきて終わったけど、あれはこわかった。

 

19XX年 3兄弟次男として生まれる。

 

すくすく成長し幼稚園へ。

ヘアスタイルはおかっぱ頭であったことと、もう一つのどうにもできない理由により、じゃいあんとスネ夫みたいなコンビから、それらを理由にいじめにあう。←幼稚園でなんちゅう二人組や!幼稚園といえど、親の見てないとこでは大人だなと、今になって思う。

 しかし、腹立つので、立ち向かい、ほぼ毎日、2対1でケンカをする。それでも引き分けか、勝つか、、負けた記憶はないけど、勝って帰っても、母親の顔をみたら、安心感のせいか泣いていた。

 母「なんで泣いてるん?」

 私「ジャイアンとスネ夫が、こんなこと言うてきて、髪ひっぱるし、ケンカした。」

 母「なんて言われたん?」

 私「おかっぱ韓国人」

 母「、、、ほんまにそんなこと言われたん?」

 私「うん、、、韓国人てなに?」

このときまで私が韓国人というのをしらなかった。日本人ていうのもしらない。自分が人間というのはわかっていたんかな、、、そのへんはしらない。

母は、そのあと、私を連れて、そのコンビの家にいって、なんか言うてた。

その事件がきっかけか、その二人とは、仲良くなり小学校卒業までよく遊ぶようになった。

いまでも鮮明に覚えている。

 

そのほかの幼稚園時代は、あまり覚えてない。きっと元気に遊んでいた。
 

 

はじめまして、唐揚げ紳士といいます。

 

好きな食べ物は、唐揚げです、、、、

 

そんなことはおいといて、このブログは、私の人生の記録をつけておこうと思い始めました。

 

また、このブログで、あきらめない強い心を持つということがいかに大切かを感じてくれればと思います。

 

また、いい経験、よくなかった経験もあり、私も現在進行形で生きているので、私自身、過去を振り返り、

 

未来へ繋げ成長できたらいいなと、考えています。

 

みなさん、よろしくお願いします。