先ほど全ての葬儀を終えた。

この「しるし」もこれで最後にしようと思う。

 

実は、この1年つけていた母の日記が見つかった。

ほんの少しだけではあったけれど、私は一生忘れることができないだろう。

 

急に私の家を訪れた最後の正月のこと。

「娘の様変わりしていた姿にショックを覚えた。

人生に疲れ、希望もなくただ生きているだけの娘を見て、どうすればいいのか」と書いてあった。

 

ほんの1~2分言葉を交わしただけだったが、あの時の私を全て感じ取っていたんだなと・・・。

 

そして7月1日の日記には、

「また月が変わった。娘はどうしているのだろう、元気なら様子を見にいけるのに・・・どうか無事でいて!」と。

 

私自身、母のことを気遣ってやれるだけの心の余裕もなかったのは事実だが、嘘でも元気だとメールの一つでも送るべきだったね。

 

全て色んなものから逃げてきた罰だと受け止めて背負って生きるしかない。

 

ばいばい母ちゃん。

心配ばかりかける娘でごめんな。

またそう遠くない日に会いに行くから、それまで思う存分、我慢していた酒でも呑んでご陽気に楽しんで待っててや。

愛してるよ

病室には母の兄弟である、叔父と叔母がいた。

叔父に至っては誰からも連絡をもらったわけではなく、皆お腹すいてるやろうなーと思い、手作りのお弁当をたまたま届けてくれただけという。

 

結局、血が濃い肉親で、母の最期を看取れていないのは私だけ。

自分の気持ちを優先してきた罰なのかもしれない。

 

 

父は病院との様々な手続きに文字通り走り回り、姉は実家へ書類を取りに戻っていた。

 

癌が発覚した時には既に余命が3ヶ月だと宣告されていたこともあり、母は自分の死後にいるであろう書類を自らまとめていた。

 

まさかそこから4年以上病魔と闘うことになるとは誰しも予想だにしていなかったことだけど、心電図に波形が現れなくなった時から、母は過去になり、周囲は未来へ向かって動くんだなと、いまだ母の手を握ったままその場に立ちすくんでいた私は他人事のように思っていた。

 

 

後はもう、実務的なことの連続。

母のことを思い出したり姿さえ目に入らなければ涙は出ないし身体も動く。

 

どこまでをここに細かく記すかを考えていなかったけど、後はもう忘れてしまってもいいかな・・・。

儀式の段取りとかさ。

 

今回忘れられない後姿は、母の亡骸を前にした時の、7歳の従姉妹姪のこと。

ビシッと正座をして対面した後、そのまま静かに一人で涙を流していた。

 

私が記憶にある初めての遺体との対面は確か10歳、曾祖母の葬儀だったと思うが、死というのがどういうもので、周りに与える感情や影響を考えたり、ましてや自分が涙するほど悲しいとか喪失感を覚えることなど一切なく、「ひぃばあちゃん、死んだんや」と漠然と思っているだけだった。

 

それなのにこの従姉妹姪は、たった7歳で全てを感じ取った行動だった。

大人がこっちにおいでと言っても、自分が落ち着くまで決して母の前を離れることはなく、親に抱きつくでもなく、一人であふれ出る涙を拭い、ろくに声も立てず静かに悼んでいた。

 

素敵な子に成長しているんだなと、私は改めてこの姪と、女手一つでこの姪を育てている10歳も歳の離れた従姉妹を尊敬した。

 

2017年9月19日 9時過ぎ

 

「しるし④」を書き終えた後も、眠れずにPC前でぼーっとしていたら、父から病院へ来たほうがいいかもと連絡が入る。

 

しかしその5分後に、ヤバイと思ったけどかなり安定したからまだ来なくていいと再び連絡が入る。

 

1日外出したら1日寝込むぐらいの体力のなさもあり、迷ったが次の連絡があるまで自宅待機していようと判断したのが間違いだった。

 

10時30分

 

3度目の父からの連絡。

やはり病院へ行ったほうがよさそうだが、あまり慌てた様子もないので少しゆっくり猫にご飯をあげたりしながら身支度を整えた。

 

10時50分

 

付き添っていた叔母もちょうど帰宅していると聞いていたので、どうせなら一緒にTAXIで行けばいいと思い誘いの電話を入れたが出ない。

しかしすぐに折り返しがあったので、今どこー?と呑気に聞いた。

 

叔母は涙をすすりながら

「今、病院。さっき、お母さん、息引き取った」と言った。

 

 

2017年9月19日 10時45分 

私は無条件に愛情を注いでくれる唯一の存在を失った。

 

 

病院へ向かうTAXIの中、つまらない言い訳を頭の中で繰り返す。

 

息をしているかしてないかだけの問題だとか、散々会わずに放置してきたくせに今更慌てて会いに行こうとしている自分がバカみたいだとか。

 

だけど病室へ到着し、器具の一切を取り払われた母を見た途端、ただ一つの単語だけが溢れて止まらなかった。

 

 

おかあさん おかあさん おかあさん おかあさん 

おかあさん おかあさん おかあさん おかあさん 

おかあさん おかあさん おかあさん おかあさん 

おかあさん おかあさん おかあさん おかあさん 

おかあさん おかあさん おかあさん おかあさん 

 

 

もう動くことのない母の冷たい手を握りながら、ただその言葉だけが体中に渦巻いて息苦しかった。

 

数十年ぶりに私がただの子供に戻った最後の瞬間だった