自分は臆病で無知だ
その上に我侭。
大学進学について家族と話し合うこともでてくる
夏休みを控えて三者面談もある。もっともこれは希望制らしいのだが
テストの結果が返ってくる
そして、模試の結果も返ってくる。
自分の現実を知る
自分の目標に届かないんじゃないかって思う
ネットでは”こうやって大学にうかりました”を検索結果が吐き出すように指し示す
だけど、それを知ったって、結局は自分はどこまでできるかってことだ
そんなことを胸の奥底に隠し持ってる
そう言う時に親は言う
おまえの学力でどこまでいけるか先生と相談する必要はあると
そんなこと言われなくても僕だって、
どこまでいけるかなんて大体見えてると、経験からわかってるって言いたくなる
先生だって他人だし究極的には他人のことなどわかりはしない
そもそもいつもなにも言わないくせに。
わかってるような振りして他人のことに首突っ込んでくれるなと
少なくてもこうやって考えて悩むことはしたと
このままじゃ地方の三流大学にしかいけないことなんてわかってる
それを殊更に強く言われる
人は言う、がんばれと。
努力になんか一銭の価値もないって事は自分だって気づいてるはずなのに
人は言う、結果を残してる人間はガンバッテルんだと。
何を以ってして努力と定義してるんだ、お前は
ガンバレ、ガンバレ・・・。
なにをどう頑張ればいいのかわからずに努力してきたんじゃないか、それで失敗したんじゃないか、それを認めたくないんじゃないか、だからそう言うんじゃ・・・。
努力ってなんだ
結果は過程がないと生まれ得ない。
価値は結果にしかない
努力は結果を生み出す為の一つの過程でしかない
しかし、結果の大部分は努力に依るところが多い
だが、結果=価値であり、結果と言えば努力かもしれないが、価値=努力ではないだろう・・・。
───すべての自分の思考が自分に跳ね返ってくる
なにが大事なのかワカラナイ
なには失っていいのかワカラナイ
なにになら時間を使っていいのかワカラナイ
答えなんてナイ
ただ答えを持つ者は自分
───考えなければ苦しむこともないだろうになぁ。