東京江東区の超ド下町に生まれ育った*
 深川木場 ─
 海抜零meter地帯の運河の町*

 いつも木の香に包まれた
 雑然としてながら
 活気に満ちた温かい町*

 ある時 ─
 材木置場で遊んでいたところ
 若い職人に声を掛けられた*

 てっきり叱られると思った*
 ところが ─

 ‘おぃ! 坊主!’
 ‘こっち来て 烏賊食えょ!’

 おが屑を炊きながら
 するめ烏賊を焼いていたらしい*

 烏賊も美味かったが ─
 お兄さんの話も
 べーゴマの回しかたも
 肩車も ─

 最高にうまかった!

 一見 怖そうな職人さんたちだけど 
 子どもを始め 町の人たちには
 いつも笑顔で 優しかった*

 お兄さんの腕に
 綺麗な‘絵’があったのを知っている*

 別に驚きはしなかった*

 銭湯に行けば
 みんな美術品を身体に持った
 職人さんたちの
 博覧会だったから …



 生まれ育った深川木場が大好きだ♪ 
 下町も超ド下町で 
 何処に行くにも 橋を ─ 材木を運ぶ為の運河の橋 ─ 
 当たり前のように
 毎日 渡ッたものだ(^-^)
 
 小学校に通うまでに ふたつ〃

 同級生には
 運河の船に暮らす友もいて
 幾度か船の家庭に 遊びに行ったものだ
 
 今にして思うと 高度経済の下 
 船に生きる家族のことなど
 ‘楽しい家族’ としか
 観れてなかった*


 みんな 優しかた ─

 みんな 貧しいながらに
 今の我々が喪わんとする
 共同の心だけは
 互いに理解できた*


 親にも叩かれたが ─

 近所の おばちゃんにも
 よく叩かれたものだ ─








 

 
 過去を振り返り 感慨にふける齢でもないのだが ─ 語らずにいられないことは あるもので(^_^)


   深川🌿

  産まれ育った処(ところ) 
 木場と呼ばれる材木問屋で賑わった町

 何処に行くにも 運河の橋を ふたつ みつ渡っていったいったものだ 

 時しも 高度経済期  
 由に 川は夕の潮時を迎えると ヘドロの沼地だつた


 授業中 筏(いかだ)を運ぶポンポン船と 筏の上で鎌竿を巧みに操る匠を観るのが 好きだった

 遊び場所は 材木を立て掛けた足場
 チャンバラ 石合戦(^o^;)


 たくましかったなぁ
 あの頃は ─


  近所に八幡宮があった
  毎月 1 15 28 が縁日で 楽しみだった

  深川富岡八幡宮
  深川不動尊

  門前仲町の出店の賑わい(´- `*)
 
  
 不思議と懐かしいという思いがない
 たぶん 深川で過ごした時に
 満足しているのだと思う