今回も この頃の事です。

いろりんぽんと 靖国神社へ行き
遊就館を じっくり見て回り

そろそろ 出口付近に来た頃

戦艦の模型が 沢山 ありました

いろりんぽんは 大和、武蔵は映画やドラマを観て知ってました😊

おかぁちゃんが 老人ホームで働いていた時に Aさんと言う男性の利用者さんがいました。
20年位前なので まだ 戦争へ行った方が 何人もいました。Aさんもでした。

体は丈夫で しっかりとしているように見えるのですが 現実の生活に意識のない方で… でも とても 気のいいおじいさんて感じでした。
帰宅願望が強く なかなか 帽子やジャンパーは脱いでくれないのですが
 お風呂が好きで お風呂はニコニコ嬉しそうに入ってました😊

そのAさんが いつも おかぁちゃんに
話してた事、

「私はね 戦艦長門に乗ってる 大砲打ちなんですよ 大きいのじゃなくて 後ろの方の小さいのなんですけどね😊」😲

そこまで聞いて おかぁちゃんは 「えっ❗そうなんですか すご~いっ」って 
そんな話聞けると思ってなかったから
本気で のめり込んで聞いていたら

「今ね 船は 九州と四国の間を通って 広島の呉に着いてるんで 許可をもらって汽車に乗って 一時帰宅してるんです。もう少ししたら また船に戻るんですけど
一緒に行きましょう」って…

ん…❔ 誘われてる?
喜んで聞いてたからか 見せてくれようとしたのかな?

その後も 何度か 同じように 誘ってもらいました。

天気の良い日は 落ち着かず 帽子を被り上着を着て「これから靖国神社へ行くので 失礼します」って 部屋を出ようとしてしまう事が 多く 
施設に来ない日でも 奥さんが 気づかないうちに 外へ出て 最寄りの駅で 靖国神社までの汽車の切符を買おうとして 保護されたり…
時には 靖国神社にたどり着ける時も あったり…

とにかく 戦艦長門 靖国神社が 深く 刻み込まれていたんです。

遊就館で 長門の模型を見つけた おかぁちゃんは 釘付け👀

大きな 大砲と 小さい大砲があって
それを見ながら 「Aさんは この大砲を打ってたんだー  模型だけど 見せてもらいましたよ~」って 気持ちになった😊

Aさんは 長門の乗務員だった事を 誇りに思ってたんだろうな~って勝手な想像😒

当時は おかぁちゃん達には 想像もできない程の生活や気持ちだったんだと思うけど …  

そう言えば Aさん いつも 上着の襟に
宗谷岬のピンバッチ付けてて
「これは 日本の最北端の宗谷岬のなんだよ」って言ってたなぁ~
あれは何だったんだろう?😄

もっと 沢山話しできたら良かったのに

でもこうやって 色んな事を思い出して
すごく ほんわかした気持ちになれて

靖国神社に行けて良かった😊



Aさんの 永い人生の中で
一瞬だけでも 関われた事に
感謝してます。