タイトル通りこのことについて記録
私が考える自己中とマイペースの違いとはなんなのか。
私の持論を徐々に深めていきながら
綴っていこうと思う。
自己中とマイペースのわかりやすい違い
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1つ目
世の中と自分
または周りの人間と自分
の立ち位置の考え方
2つ目
人に迷惑をかける
若しくは人を巻き込む
行為を意図的にするかどうか
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自己中な人はまず
世界の中心、世の中の中心は
自分である。
大げさに言えば
自分のために世界は存在するのだ
という考えを持っている。
マイペースな人は
世の中のことなんてどうでも良い
周りのことも正直、どうでも良い
自分が思った時に思ったことを自分ができれば良い
という考えを持っている。
次に、
自己中な人は
自分が王様かのように
自分の思い通りにするため
人を巻き込む。
仮に思い通りにならなかった場合は
相手を傷たりも平気でする。
若しくは相手を思い通りに従わせようとする。
自分が世界の中心に回らないと
気にくわないのだ。
相手が傷ついても嫌な思いをしても
迷惑をかけてでも、
自分のために自分の思った通りに世界が回ればそれで良いと考えているのである。
例え自分に非があったとしても
自分が正義であり、
自分の欲望が叶えば
周りの考え方や意思はどうでも良いのである。
王様だから。
一方マイペースな人はどうなのか
周りのことはどうでも良いの基本的に。
自分のペースで生活して、
自分が満足できれば良い。
つまり自己満。
自分が前提ではあるが
人を巻き込んでまで何かをしようとはあまり思っていない。
自分を中心にというよりは
自分の意思で自分のために動いているので
時に人に迷惑をかけることもあるが
悪気はない。
マイペースな人は、ペースが合わない人とは基本的に時を共にすることはない。
そして、マイペースは人を巻き込んでいるのではなく
周りにいる人たちが勝手に巻き込まれているだけのことが大半。
嫌なら関わらなければ良いだけである...笑
マイペースっていう言葉は比較的
仲の良い近くにいる人に使うのはこのためなのかなと、私は思っている。。。
さて2点について整理したところで
自己中は
相手がどうであれ
自分のペースや意思実現のために
巻き込む気質がある
マイペースは
周りはどうであれ
自分のペースで生活していたい気質がある
共通するのは
自分のペースというところが見えてきたが
決定的に違うのは
他者との関わりが
積極的か、消極的かの違いである。
最大限協力してほしいか
最低限で関わってほしいか
の違いとも言える。
自己中とマイペースの決定的な違い
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『マズローの5段階欲求』(諸説6段階)
というものがあるが
これに当てはめると
違いは更に一目瞭然
マズローの五段階欲求とは
1.生理的欲求(衣食住)
2.安全欲求(まんま)
3.社会的欲求(仲間が欲しい)
4.承認欲求(認められたい)
5.自己実現欲求(自分のやりたいことを)
(6.超越欲求(自分以外の誰かを豊かに))
上記5つの欲求段階のことである。
※()内は私の解釈
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日本は安全な国で衣食住には困らず
犯罪に会うことも少ない、
基本的には安全である。
日本人は欲求の3〜5に大半はいると私は考えている。
そこで
私が考える
自己中な人は
4承認欲求の段階にいる。
というより、承認欲求にしがみついているとも言える。
満たされたくても満たされない。
そして無理矢理にでも
誰かに嘘でも良いから認めて欲しいのである。
どんな手段でも良いから、
そばにいる人に認めてもらうことに必死になってしまうのである。
そばにいるなら認めてくれて当然だろうというなんとも理不尽な対応をも自分の欲求を満たすために平気でするのである。
マイペースな人は
5自己実現欲求の段階にいる。
誰かに認められることよりも
(若しくは認めてくれる人がいるから)
自分のやりたいことをするのだ。
自分のやりたいことを実現するという欲求の段階にいるのである。
世間の社長にマイペースの変わり者が多いのはこの段階の人が多いからではないかと私は勝手に考えている...笑
6段階目は5の+αでもあるのかな。
まあそんなこんなで
この欲求は1から順番とは限らないが、
自己中とマイペースは
自分が求めているものが
根本的なところから違うのである
ということを私は言いたいのだ。
承認欲求は人が関わるため、
その欲求の満たす手段を間違えると
認めてもらうために何かをする
という考えではなく
何かしてくれる相手が
自分を認めてくれる相手だ
欲求が満たされないから
私のことを認めてくれよ。
何かしてくれるのは当然だよな?
という方向に行ってしまうのだ。
自分は王様だから悪いことをしてもいいんだ
周りが嘘でも認めてくれればそれでいいんだ。
という、
自分の欲求なのにも関わらず
自分を見失った
周りになんとかしてもらうという
最悪な状態になる人も
多くいる。
これは自分に自信がないがために
承認されたいという欲求が空回りしているのだと私は考えている。
周りに自分を
認めてもらうためには
何をするべきなのか。
ここで私が考えるのは、
自分が認めたことを周りにも認めてもらうために努力することである。
自分が納得しないことを
周りの誰が認めてくれるのであろうか。
例えを出すと、
自分が役に立たないと思っているものを
人に勧めて、誰が買ってくれるだろうか。
誰も買うわけがない。
自分が悪いと思っていることを
人に勧めて、誰が良いと思うだろうか。
そもそもそんなことを勧めること自体、
頭がおかしいんじゃないかと
思うことが普通だと思う。
世の中にはこの履き違えた手段を
当たり前のように使用している人が多いため
自己中と言われる人が多いのかなぁと。
自己実現と承認欲求を並行できるのが4.5段階といったところなのだろう。
ある意味言い換えれば良い意味の自己中ともいえるのであろうか...笑
自己実現欲は
自分が自分のやりたいことを実現するために行動する。
必要があれば人と関わるが
必要がなければ人とは関わらない。
つまり必要ない人とは関わらない。
そう、関わって欲しくないのである。
人からの評価は後から付いてくるからどうでも良いのである。
自分が必要としている人と関わり、
その人たちと価値観を分かち合えれば良いのである。
自分の階段を登ることに一生懸命であるからこそ、周りを気にしない。
時にはは目に入らないこともあるが...
マイペースとはまさにこのこのではないだろうか。
欲求ランクの中にもさらにグループ分けができるようだと書いていて気がついたが
大きな一段階を越えるためには
小さな一段一段の積み重ねが大切ということだ。
登ろうとする努力をすることが大切なのだ。
話が逸れてしまったが、
私が考える自己中とマイペースは全くもって違うものなのである。
自分の欲求に関しては
人間としての考え方や物の捉え方までも違うと言い切っても良いくらいに。
ほかにも
マイペースについていけない
自己中に巻き込まれる
という言い回しをするように
違いが見られる部分はあるが
違うものは違うのである。
私は意図的に
自己中な人とは関わらないようにしている。
迷惑を被るからである。
巻き込まれるからである。
逆に、
マイペースな人は
周りにたくさんいる
それはなぜか、
自己実現を求めて行動する人は
いつでもワクワクしているし
そういう場に自分を置くことを
常に求めているからである。
自分をしっかり持ち、自由に行動しているから
人に文句も基本言わない。
マイペースな人間には人が巻き込まれたくなるのである。
自然と人が集まるのである。
価値観を共有できればそれはお互いが認め合っている証拠となる。
互いに認め合うことを当たり前としているから
人に認められたいなんて概念は
ないといっても過言ではない。
ありがとうとごめんなさいが言えるか言えないかの違いや、人を妬む傾向がある無いなどの人間性に触れていくと
違う論点も交えなくてはならずさらに長くなってしまうので..........略
(というより自己中な人間へのただの悪口になってしまう可能性が高いのでやめておく。)
自己中とマイペースは全くの別物なのである
それを私は言いたかったのだ
おしまい