お昼の休憩に私がいつも行っている公園は山吹の花が今ちょうど見ごろです。公園の三方を囲うその低木の壁に黄色く一面滝のように咲き乱れている山吹の花、ほんのりと甘いその香りに包まれながら私は青いベンチに座ってよくパンやおにぎりを頬張っています。私は公園と言いました。しかし遊具などはなく、ほとんどそれは草原で、昨日は陽の光を浴びてきらきらと輝くその緑の中を小さな保育園児たちが元気良く駆け回っていました。高い空へと響き渡る歓声。太陽もにこにこと笑いながらお爺さんのような慈愛に満ちた眼差しでそんな天使たちの姿を照らしています。この上なく平和で穏やかな時間。きっとフランスのロココ時代の画家ならこの光景を絵に描いた事でしょう。しかし私は画家ではないし、私が持っているのは絵筆ではなくおにぎりでした。もう既に半分以上食べてなくなったそのおにぎりはまるで私がこの天国に滞在できる時間をそのまま表わしているかのように見えました。そうです。私はこの純然たる光のみで描かれた風景画、その場所に登場する資格などまるでない黒い翼を持った堕天使だったのです。しかしながらそれでも、この場所に、かつて自分も駆け巡っていた黄色い光そのものの中に少しでも長く滞在したいと願う私は手の中のおにぎり、夢の残り時間を出来るだけゆっくり と食べるのでした。山吹の公園。永遠の四月。それは白昼の狭間に覗き見えた私の遠い憧れなのでした。
