ぎんなんを、拾うのも一苦労です。
それを、家に持ち帰って、
さぁ、それからです。
一本のいちょうの木に落ちたぎんなんは、
数がけっこう多いんです。
でも自然の恵みだから、大切に頂こうと思いまして、できるだけ残さず拾うことが自然の恵みに対しての心の敬意の表しかたかなぁ、と思いましてしっかり拾って帰ります。それにまだわからないにしても脳障害が治るかもしれないと思うと願いをかけてしまうんです。
押し売り的にはなりたくないので、私は自分の子供には、なんとか治って欲しい、人の気持ちや人の苦労がわからないからと、軽く思ったり、バカにしたら、そうした人が悪いんだから罪が増えて不幸になるのは、そうした方なんだから、わからないからと、すまされることでは絶対にない。人の人生や人の生きざま、人の事実、人の心、それらを無視したところに、絶対に幸せもないし、心が満たされて満足できる事実もない。心の満足感は、共通世界の幸せの中にしかないんだから、誰かの犠牲を無理に払わせて、人を殺して浮かれて満足なんて、地獄の形相である。そんなおぞましいものには、絶対になって欲しくない。私の子供達は私の本物の愛で育ったんだから本当の幸せを勝ち取って欲しい。
だから、ぎんなんには、こういう願いがこもりまして、
家でめんせんきなどの中に水をはってぎんなんを、浸して置いておく。半日程度でOK 。黄色いふにゃふにゃ部分は、捨てるところであり、中にぎんなんがありますので、種ですね。
種を、ふにゃふにゃ部分から手で押して取り出す。
全部取り出せたら、まだふにゃふにゃの果肉が綺麗には取れていないので、アルミホイルなどを丸めて数個作って、ぎんなんの種と一緒に水でかき回すように洗っていくと綺麗に果肉がとれる。
できれば、天日に干して、からっとさせましょう。殺菌のため。
一日くらいでOK 。
そこからが大変、ぎんなんって、美味しいけど【枝豆的な美味しさである】が、殻がね、けっこう堅くて、大変よ。
食べるまで、一苦労だ。