『結婚して3年経っても赤ちゃんが出来なかったらその後も授かりにくいんですってよ。』

部屋に戻ったあと、アニーの頭の中ではイライザの言葉が反復していた。
まだ焦る歳ではないとは思っていたが、そう口に出されると不安が募る。
ステアが亡くなって、アーチーはたった1人のコーンウェル家の後継者になった。
もしこれからも自分たちに子供が出来ないとしたら、養子をとることになるのだろうか。そしたら今以上に大おば様から非難されるのは間違いない。そもそもアーチーは自分ほど子供を望んでいないのだろうか。普段なら考えないはずの様々なことがアニーの頭を堂々巡りし、彼女を混乱させた。


「アニー、入るよ。」

夫が部屋に入ってくることに気がついたアニーは、知らず知らずのうちに流れていた涙をそっとぬぐった。アーチーは、ゆっくりアニーが座るソファーに近づき、その肩にそっと手を置いた。

「アニー、イライザのさっきの言葉は全く気にすることないよ。僕達はまだ若いし、君だってイライザの性根が腐ってることはよく知ってるだろう?」

「・・・・」

「さっき子どもはまだ先でも良いって言ったけどあれも嘘じゃないんだ。子供は授かりものだって言うしね。アニー、君はなぜ焦ってるんだい?心配しなくても大丈夫さ。いつもの君らしくないよ?」

アーチーが、笑いかけながらそういうと、しばらく黙っていたアニーが口を開いた。

「どうして大丈夫だってあなたは笑えるのアーチー・・・・。私は色々努力してきたわ。でも、私にはもう限界なのよ。あのような大おば様たちの言葉は。子供は授かりものだってこともちゃんと分かってる。分かってるわ!だけど...いつも私ばかり責められて、あなたも帰りは遅いし、この家には私の話し相手は誰もいないわ。あなたはあなたも子供もいない家で私にどうしたらいいって言うのよ。」

 
大きな瞳にいっぱいの涙を涙をため真っ直ぐに自分を見つめている妻の様子にアーチーは驚いた。このように声を荒らげる妻は初めてだった。
もしかしたらイライザ達のあのような会話は初めてではないのかもしれない。
アニーがこれほどまでに追い込まれ、子供を切望していたとは知らなかった。
アーチーだって子供は授かればいいなと思っていた。しかし、自分以上に妻が子供に強い気持ちを抱いていると知った今、自分が妻を慰めるために口にした軽い言葉を深く後悔した。
そしてどうすれば妻に自分の気持ちを誠実に伝えることが出来るかを考えてから、落ち着いた口調を意識して語りかけた。

「アニー、ごめん。君がこんなにも子供を望むのは、僕のせいだったんだね。僕が君に寂しい思いをさせてしまったから。結婚してから、君は本当に素晴らしい奥さんになってくれた。なにも文句の付けようがないくらいね。でも僕は仕事で上手くいかないことがあったとき君にきつく当たったり、疲れを言い訳にしてろくに君の話を聞かないこともたくさんあったと思う。大おば様からも守ってやれなかった・・・。大おば様のことも家のことも君に任せてばっかりで、僕はちっともいい夫じゃなかった。君の本当の気持ちにも気づけなかった。アニー、本当にごめん・・・。」



「・・・・・いいのよ、アーチー。私こそ取り乱してしまってごめんなさい。あなたにこんな姿を見せるつもりはなかったの。
あなたは、・・いつもとても優しいわ。あなたが謝ることなんて、本当に何も無いの。アルバートさんの頼みを聞いたのも、大おば様の介護を引き受けたのもすべて私よ。ただ・・ずっと口に出さなかった気持ちがあふれただけなの。あなたに甘えてしまったのよ。私だって四六時中そればかりを考えてるわけじゃないわ・・。アーチー、あなたと二人きりの生活は幸せよ。少しだけ、あなたの留守を寂しく思うだけで・・・。荒らげた姿を見せてしまってごめんなさい。」

「・・・アニー、もしこれからイライザや、大おば様が今日のように言ってきたら、僕に遠慮なく言って欲しいんだ。君が隠れて泣いているのは、僕を1番悲しくさせるから・・・。」

アニーは真剣な顔でそう言う夫を見たあと静かに頷いた。

「・・・。ええ、アーチー、約束するわ。私これからあなたになんでも話すわ。その代わり、あなたも私に色々おしゃべりしてちょうだいね?」

その言葉に答えるようにアーチーが正面から椅子に座っているアニーを、包むように抱きしめた。

「約束するよ、アニー。・・・でも、君が僕の留守をちょっとしか寂しく思っていないのは、僕が寂しいよ。」

 ふてくされた幼子のような口調で言う夫の言葉に笑いながら、アニーはこの人と夫婦でいられることに大きな喜びを感じた。


それからはアニーは強くなった。イライザにどれほど悪口を言われようが気にしなくなったし、社交界でアニーに口にされる非難めいた言葉も賢く避けられるようになっていた。
アーチーは仕事を終えるとすぐに帰宅し、アニーとの時間を尊重した。お互いの気持ちをよく話し合うようになった2人はまごうことなく、世間でも評判のおしどり夫婦となった。


そして、2人の口論から半年した後・・・
2人の元にこうのとりが訪れた。