いきなり「ガン2か所」と言われても。

いきなり「ガン2か所」と言われても。

ガンなんかになりたい人なんて、1人もいやしない。
私に限って、ならないよ。
と思っている方。
それは完全に過信です。
自分の身体は自分で守るしかないんだしね。

ご訪問ありがとう~です。\(^o^)/


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2012年8月:右側乳がん(非浸潤がんの乳管がん:ステージ0期)、

        甲状腺の乳頭がん告知。

       (腫瘍がかなり中央だったため、声帯を失うかもと言われたものの、

        前日の超音波検査により

        真ん中から若干ずれていたので、声帯は免れる)



2012年9月:乳がん温存手術並びに、甲状腺がん亜全摘手術(リンパ節廓清)


       (手術時間:10時間)


2012年10月:断端陽性の為、全摘手術+エキスパンダー挿入術

(手術時間:5時間)


2013年3月:広背筋皮弁法にて、再建手術(手術時間:3時間半)


ガンにも様々なタイプがあります。出来た場所、状態によって

え??と思う事も多々あります。


とはいえ、声帯を失う覚悟をしてくださいと

主治医より言われた時の動揺は、今でも忘れる事はできません。


告知を受けて以来、一層涙もろくなった気がしますが

どうせ生きるなら楽しく過ごす。

毎日笑う!!毎日を楽しむ!!

これをモットーに徒然なるままに、書いております。

不定期ですが、読んで下さると嬉しいです。


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あと。。。

時々頂くアメンバー申請ですが、めったに書かない限定記事には

再建手術の内容や、細かい記事等が書いております。

その為、申し訳ありませんが、女性で同病者の方限定でお願い致します。<(_ _)>

その時、一言メッセージを頂ければ・・・と思います。<(_ _)>


そして!

読者申請は大歓迎なのですが。。。

明らかに宣伝・営業目的の方は、不定期ながらも削除させて

頂いておりますので、ご了承願います。<(_ _)>


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5年ぶりのブログを書いてみる。

年を取るわけだ。


思い返せば

2012年8月。

人間ドックで

乳がんと甲状腺がんの発覚。

どちらも初期と言えども

甲状腺の方は手術の後

一生話せなくなるかも

しれないと言う主治医の言葉に

突然未来が見えなくなったのは

事実だ。

それでも。

手術までの間、

ネットで調べる事は食事の事のみ。

ネガティブ情報は一切見なかった。

何を食べたら、

がんになりづらい身体になるのか。

何を食べたら身体に良いのかを

ひたすら調べて実践。

その繰り返し。

後は病院のそばにある神社仏閣で

ひたすら神頼み。

基本的に何でも

良い風に考えるタチ。

大家族の1番下だった環境からか。


沢山の検査後、

生まれて初めての手術に臨む。

午前中4時間かけて甲状腺手術。

昼休憩挟んだ後、

午後から乳がんの手術だった。

トータル

10時間の大手術だったよ〜

と後から主治医から言われた。

当時、年間百件以上の

手術をこなしていた先生には、

感謝しかない。


〇〇さん〜と呼ばれ麻酔から覚めた。

今何時?と自分の声で

話せた時の嬉しさは

一生忘れない。

しかし、乳がんの方は

1ヶ月後に再手術。

そして年を跨いでの3度目の手術。

あれから13年。


あの時はセピア色にしか

見えなかった景色が

気がついたら

それぞれの四季の色に

見えるようになっていた。

ありがたい。


今年の9月。

年に2回の経過観察。

主治医にも

13年!すごいじゃん!

と言われたものの、

甲状腺エコーで

あれ?

はしもと病?違うかな?

と言われ

ハラハラの2週間。

何も無ければ電話しないよ。

結果は先生からの電話は無し。

電話が鳴るたびに

心臓の鼓動が早くなる魔の2週間。

今回も乗り切ったあ〜泣

年に2回の

1番嫌な期間が終わった。

早速ケーキとシュークリーム購入。

翌日はモンブラン購入。

どんだけ食う。

良いのだ。

この時期は何食べても。

自分へのご褒美。

安心と食欲は表裏一体だ。


✳︎*✳︎*✳︎*

10月に

とある国家試験に向けて、

夏前から始めた勉強。

9月からの2ヶ月間は

誰とも遊ばずに勉強に臨んだ。

今年も試験を受ける事は

家族しか知らない。

資格の学校には行かず、

参考書も買わなかった。

購入したのは予想問題のみ。

完全な独学。

頼みはネットでの勉強と

過去問だけ。

昔から見るだけで

覚える能力は皆無の為

自分で書かないと覚えない。

どんなに効率が悪くても、

とにかく書く。

書くのは昔から早い。

なので書きまくる。

時々合う旦那との休みも

最低限の買い物のみ。

仕事の日は全く勉強しない。

てか出来ない。

何故なら50代の目は

夜になるとしょぼしょぼするから。

単に老眼なだけ泣

1人休みの日。

朝から勉強して覚えても

翌週には忘れるという

スパイラルから抜け出せず。

これが50代の限界か。

びっくりするほど

日に日に

自己肯定感が低くなっていく。


迎えた10月の試験。

独特の緊張の中、

刻々と進む2時間。

終了後、

ぞろぞろと人が途絶えない波を

掻き分けて駅に進む。

数百人抜いて駅に着く。

道すがら何千人居た?

この中で何人受かるの?

こええ、、、

通常15%から18%と言われる

合格率。

去年は2点足らずに落ちた。

1ヶ月以上先の合格発表は

心にずっしり重い重しが

乗っかっているようだった。


そして迎えた

先週の合格発表日。

前日はぽぽ眠れず。

朝だ。

もう何しても結果は変わらん!

ドキドキしながら携帯を開く。

合格点数には達していたものの

9時半からの合格発表を

見るまでは安心出来ない。

自己肯定感下がりまくってるし。

9時半。

心臓の鼓動がどんどん早くなる中、

携帯で自分の受験番号を探す。

あった!!!結局3度見た。

国家資格受かったーーと

思わず1人で泣いてしまった。

1番に伝えたのは

もちろん家族だ。

これからやる事は沢山ある。


✳︎*✳︎*✳︎*

13年前には

全く予想していなかった

未来が今ここにある。


もしガンと診断されて

世の中全てがセピア色に

変わってしまった人が居るのなら。

こんなおばさんも居るよ。

なんとか頑張って生きているよ。


おこがましいかもしれない。

それでも。

世の中の誰か1人にでも

生きる活力を

見出すきっかけの

ひとつにでもなれたら

嬉しいなあと思ったんだ。


病気の症状、痛みも人それぞれ。

辛さも人によって違う。

だからこそ

簡単に大丈夫とは言えないけれど、

くっそーー!なんだよ病気!

なにくそーーっ

と思う気持ちは大事だ!

絶対負けるな!!


私も。

負けるな自分!!