はてなの外でも「ダラダラと・・・。」 -3ページ目

はてなの外でも「ダラダラと・・・。」

まあ、タイトルそのまんまです。

一番に届けよう。Happy Birthday...(以下略)
 
 
このタイトルで書くのは何回目だろう。
ということで、2月4日。誕生日を迎えました。

今は近所にできたスターバックスにいてこの文を書いています。
スターバックスに来た時はいつも頼んでるもの。
「ホットココア・ベンティ・エキストラホット」。
それプラス、ケーキを注文しちゃった。誕生日ケーキってやつで。
ブルーベリーとクッキーのチーズケーキ。地味にいい値段、でもおいしい。
(携帯カメラが壊れてるんで画像なし。
 ただデジカメで撮ったんであとでのせるかも)


今日は自分の誕生日でもあったけど、母親の四十九日でもあって。
近所に住んでるおばあちゃんが家に来たり、お墓参りに行ってきました。
(法要は先月に三十五日で済ませました。三月またぐのはだめみたいなので)

早いよなと。もうひと月半たったのかって。
まだまだひきずってるよ。ふと遺影を見ると涙出る時あるし。
まあそう簡単に立ち直るのは難しいってのは重々承知の上。

まあ、でも。
がんばるしかないんだよな。



こんな自分ではありますが、変わらずあしらってもらえたら幸いです。
そんなことで、今年もどうか宜しくお願いします。
今日の深夜、がんと闘っていた母親が天へ旅立っていきました。


何度か書いてたのでここでも報告をさせていただきました。
少しでも自分の母親のことを気に掛けて下さった方、
本当にありがとうございました。


いま自分でも驚くほど気落ちしててちょっと色々と危ういです。
吐き気が止まらなかったり、心ここにあらずといった状態でしょうか。
・・・でも、そんなことは言ってられません。少なくとも見送るまでは。

無理しない程度に最後までがんばってきます。


両親がご健在の方へ。
親は大切にしてあげてくださいね。

泣いてもいいですか。
てか、もう泣いてるんですが。
 
 
母親のがんがこの数ヶ月で一気に進行してしまいました。
 
前回書いた、肺に水が溜まってるという症状。
1週間~10日ほど入院して水を抜き、退院して同じくらい家にいて。それを3回繰り返し。
家にいる期間を長くできれば、と思っていたのですが。
この数日、手がむくむとか痺れるとか言っていて。
昨日診察してもらったところ、CTを撮ろうとなりまして。
今日から入院てのだったけど、どういう状態かを見るために。
 
 
で、今日。撮った結果・・・。
 
・肺に水が溜まってるのは変わりなし。
・(前から分かってた)鎖骨あたりに転移したがんが、腕の静脈を圧迫してる。
 腕がむくんでいたのはそれが原因。
・鎖骨あたりの水を出してる原因のそれは細かく多いから取るのは不可能。
 抗がん剤で抑えていくしかない。
・小脳に転移している。1cmあるかないかの小さなもの。
 (乳がんが脳に転移するのは珍しいことではないらしい)
・脳に転移したのは抗がん剤は効かない、手術で除去はリスク大。
・治療法は放射線をあてる。場所が場所なので一点集中のような形で。
・今はまだ小さいから早いうちにやった方がいい。
・ただ、いま入院してるとこにはそれができる機械がない。別の病院でそれを受ける。
・肺の水を抜けば動けるようになるから、数日後に一時外出でその病院に行くかも。
・その病院の脳外科の先生が今週来る、その時にCTを見せて放射線治療ができるかを見てもらう。
 
 
長々書きましたが、簡単に言えば、相当に厳しい状態。
 
最初に見つかった時から、たちの悪いタイプのがんだと分かってたのだけど
この2ヶ月ほどであまりに一気に進行してしまいました。
 
主治医の先生からは「考えてた方がいい」とも言われた。
・・・・・言われたけど、考えられないよ。。
 
 
自分が所用で病院を一時的に出てる間、ちょうど外来の順番になった母親にそれを先に伝え。
用を済ませて戻り、入院の時の荷物を整理しおえた自分に伝え、という状況だったけど。
自分がそれを聞き終え放心状態。その部屋で少し落ち着かせてもらって。
病室に戻ると、肺の水を抜く管を通し終えベッドに横になっていた母親から一言。
「ショック受けた?」


すべてお見通しされてました。本当なら誰よりもいちばんきついはずなのに。
自分らの前ではそんなそぶりは出さない。
だけど自分が面会を終えたあと、一人でいる時のことを考えると・・・。
 
 
近所に住むおばあちゃんに電話で報告したんだよね。
数日後に主治医から詳しい説明する場があるとか、上記のことを言った。
だんだん涙声になってくのが分かって。自分も途中から、、
明日とか近いうち、おばあちゃんは顔を見に行くみたい。
母親もその時になら自分には言えないこと言ったりで発散できたらな、と
 
 
いろいろ書いてたらえらく長くなってしまいました。
PCじゃなく携帯でポチポチやってこんなだから余計に時間も・・・。
 
 
泣いてもいいですよね・・・。
てか、すでにだいぶ泣きましたが・・・。

書くか書かぬべきか考えたけど、何度かここにも書いたことがあったので。




昨日から母親が入院することになりました。
母親は乳がんで2年前に片方を全摘出。経過観察中だったんだけど今年の冬に再発して。


今の時期は新しくできたがん細胞を抑える薬を飲んでて
それが数ヶ月続いて経過を見てどうするかって時だったんだけど。
この1週間くらいで急に体調が悪くなって。
息をするとポコポコ音がするとかいうので肺の方がおかしいのかな?とか。
そうしたらだんだんときつくなってきて、横になってなきゃだめとかいう状況に。


元々おとといがその経過観察の日だったんで病院に。
あまりにきついってことで自分が車を運転して病院まで乗せてって。
向こうに着いたら歩くのもしんどいってなったので車椅子で移動。



検査したら、片方の肺の半分くらい水が溜まってるとか。
その影響で音がしたり、息をするのも大変な状態になってたって。
それがちょっとずつでなく、数週間で一気に溜まったから体に負担がかかってしまったと。


薬を使って外に出す方法もあるんだけれど、管を通して抜いた方が水を出せるし、
どれくらいでまた溜まるか、もしかしたら溜まらないかもしれないし。
どっちにしても水を抜いたほうが楽になる。
ということで、昨日からまた入院することになりまして。
また水が溜まらなければすぐに退院できるけど、そうでなければ退院は未定。


母親が検査に行ってる間、自分が主治医の先生から呼ばれて経過報告を聞いたんだけど。
・・・なんだろうね、いろんなことを考えてしまうよね。
自分が主治医から話を聞くのが初めてだったんで、いろいろ聞いてしまったんだけど。
母親の体の中にいるがん細胞はなかなかたちの悪いタイプだとか、
今まで数種類投与した抗がん剤の耐性ができて残った厄介なものだとか。



これからしばらくは仕事の手伝いしつつ、ほぼ毎日病院と行き来して荷物とかを持ってったり。
そういうことをできるのがいま自分しかいないのでね。
妹2人は仕事や学校がある。父親は病院行ったりそういうのしたくないって。自分の奥さんなのになあ。
あとは家やお店とかの全てのお金の管理とかも代わりに自分がすることになってね。
月末の出入りの多い時期に間違えないようにしなきゃだよなとか思いつつ。
そして、もしも何かあった際の緊急連絡先が自分になったので。


そんなことで、週末に大阪に行く予定だったのですが×。
来月以降に何回かサッカー観に行こうか考えてたんだけど、しばらくできなくなったなと。
まあ事情が事情だけに、自分のことなんかよりも、ね。



最近ちょっと立て込んでたんだけど、母親の入院でさらにいろいろやることが増えて。
あまりに急だったこともあってちょっと動揺というかテンパってるというか。
でも、こんなんできついとか言ってられんわな。一番きついのは母親なんだし。
まあムリせずにやってきます。自分もおかしくなったらそれこそだもん。

仕事が朝から立て込んでたのもあって、松田直樹の告別式には行けなかった。
ただ、午後から時間ができたので桐生市役所に行ってきました。
今日まで献花台と記帳所が設置されてるので、そちらにと思ったので。

 

 

駐車場に停まってる車の中に県外ナンバーもちらほら。横浜とか足立とか山形とか。
市役所の中に入ると、ロビーの一角がお花でいっぱいになっていました。

 

 

 

近くにいて対応してる職員の方とちょっとお話させてもらったのですが、
土曜日から献花台が設置されて、今日までの4日間で献花が400~500くらい、
記帳も県内外あわせて1200人を超えてると言っていました。
自分が記帳をした少し前の記入欄には、岡山県や神奈川県の住所が書かれていて
本当に全国各地からお別れを言いに桐生に来てるんだなと再認識した瞬間。
(自分は午後3時半ごろだったけど、献花や記帳の数は最終的にもっと多くなってると)

 

 

しばらくの間、この献花台を眺めさせてもらってたんだけども、
「老若男女」って言葉はこういうことを言うんだなって思った。

告別式に参列したと思われる喪服を着た若い女性3人組。
部活か夏期講習の帰りに自転車で来た男子高校生たち。
マリノスのレプリカを着たカップル。女性はずっと目をタオルでおさえてた。
両親と小学生の兄弟と思われる4人は1人ずつ一輪の花を持っていた。
子供さんに手を引かれ、ゆっくり歩きながら来たおばあさんの手には花束。
(おばあさんは職員の方と顔見知りのようで「来られたんですね」と挨拶されてた)

桐生の、群馬の、全国の、松田直樹に対する想いがこれほどまでというのを
献花台を眺めていたほんの数十分の間で再認識しました。

 

 

 

お花や手紙などを置く台が最初に用意してたものでは置ききれなくなってしまい、
次々に追加して自分が行った時は長テーブル12卓に。それでもあふれそうなほど。
献花台の両端には市の広報があって、地元でサッカー教室をした時の記事が載ってたり。

 

 

 

お花などの他にも飲み物(横の自販機で買った?)や色紙など置かれてた。
その中に小学1年生の子が書いた松田の絵が置かれてたんだけども
絵の横に「がんばって まつになる」ていうようなメッセージが書かれてて。
・・・泣けてきたよ。

 

 

近くで写真を撮ってた方がいたので自分もいいかと無理を承知で尋ねたところ
「葬儀の祭壇ではないから大丈夫、桐生に来たくても平日だったり遠くて来れなかった人のためにも撮って、

 

 地元の市役所の献花台がどうなってるか伝えてあげて」と言ってくれたので。
お言葉にあまえて撮影させていただきました。

 


はてなの外でも「ダラダラと・・・。」   はてなの外でも「ダラダラと・・・。」

はてなの外でも「ダラダラと・・・。」

本当にたくさんのお花、メッセージに囲まれていました。

 

 

そして、桐生に来れなかった方々の分も勝手ながら手を合わせてきましたことをご報告させていただきます。