私はバツイチで、夫が家庭を去った後に何が一番堪えたかというと、母親のみならず父親の役割を兼任して、器用に使い分けることだった。

 

最近、息子は師弟制度という人間関係の枠組みで、新しい体験をして、苦悶して、悔し涙を流している。息子はチームスポーツが大好きな平凡な中学生。スポーツのチームワークで笑ったり泣いたりすることに人生の刺激を求めている。今年は初めて学区域主催のラクロス部に加入した。その男子部のコーチが凄まじく…今までとは異なる。実力のないものは、チームメートの前であろうと、所構わず罵倒し、ミスをするようなものなら試合の主要メンバーから引き抜く。フェアなコーチではない、といえばそれまでだが、これもコーチングの一種であることは親としてもよくわかる。闘争心を掻き立てさせるのだ。

 

私は息子にそういう環境も与えたこともないし、そういう育て方をしたこともない。というより、そういう育て方は自分には全く合わないと思っている。なぜなら、闘争心を掻き立てるためには、罵倒する必要もないと思うから。ただそれだけ。お互いに不愉快な気持ちになる必要はない。

 

でも、そうなってしまうコーチの気持ちもわかる。コーチはただ単に、勝つことに、強くなることに純粋に真剣なのだ。人の気持ちを汲み取ったり、気配りをしたり、そういうことがただ単にできない人といえばそれまでだが、そのコーチの純粋なコーチングの気持ちを肯定的に受け止めるように、息子に言い続けるしかない。それから、わからなかったら黙ったり、あるいは攻撃的に反論するのではなくて、『〇〇とおっしゃいましたが、具体的にどうやったらいいですか?』と、自分がしっかり理解するまで質問し続けるしかない。

 

一番辛いのは、練習やゲームの後に心乱れて塞ぎ込んでいる息子を見ることだ。母親の私には、なぜか自分の弱いところを見せたくない息子。2番目の夫が迎えに行くと、なぜだか泣いて大乱れする息子。この差は何だろう。

 

だから、母親・父親の役割を兼任することがほぼ不可能で、子供たちもシングルマザーの扱い方に困るんだろう、と思った。

司馬遼太郎の短編『胡桃と酒』を読んだ。短かったけど、ガラシャと明智家、ガラシャと忠興との夫婦関係、周りを取り込む次女や側近、人生の喜び・落胆、ひっくるめて全てが太く短くな人生であった。辞世『散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ』花は散るときを知っているからこそ美しい。潔く死を選んだガラシャ、苦労して家庭を築いた側室を持たない父と母の愛をたくさん受けて育ったガラシャは、新婚当時、忠興との関係もよかったが、家を守るために秀吉について父・光秀、母、姉を死に追いやった夫をどう受け止めたのか。その後、幽閉されても夫の執拗な愛を受け止めなければいけなかった気持ちをどう整理したのか、夫から高山右近の改宗を学んでカソリックになり、激怒した夫から側室宣言された夫とどう距離を置いて、その後、人質として包囲された時にどうして潔く死んだのか。妻としてか。母としてか。きっと後者だろうな。側室宣言された夫にはさぞかし心を乱されただろうなぁ。家庭を持ちながら愛人を持つ夫、どうやって受け止めたんだろうか。離婚を牧師さんから止められた時に神の愛を永遠に誓って、人間として一つ高い場所に行けた人なんだろうか。両親や夫から非常に愛された聡明美貌な彼女だからこそ、神にたくさんの愛を求めて潔く散っていってしまった人。日本の花の美意識はいつも桜に例えられるけど、ガラシャの壮絶な最期は、荘厳・可憐な真っ赤な大きな薔薇の花ビラがバサッと、と落ちたようなシーンだった。

久しぶりに内容の濃い絵本に出会った。娘が森の探索が大好きなので、題名を見た瞬間の直感で、中身もチェックせずに図書館でチェックアウトした。

書評は読まずに棚の端から『絵と題名』だけで楽しそうな本を選んでから何ヶ月目になるだろうか。決まって子供が吸い込まれていく本は名作・よく売れた本、となる。その共通点が何かとっても気になる。

Elsa Beskowはスエーデンの有名な絵本作家らしい、というのもこの本を読聞かせた後に調べてわかった。まず絵が素晴らしい。娘は印象派の絵が好きらしく、おとぎ話でもコミカルな漫画風よりも先代芸術家が描く油絵が好きだ。"Children of the Forest"の内容は、森の中に住む妖精(?)一家のお話で、フクロウが学校の先生だったり、森の動物や植物を含む冒険話・家庭でのできごとがページごとに簡素にまとめられている。この絵と場面設定が子供の創造力をかき立てるのであろうか?

明日にもう一度読み聞かせて、娘に『私たち家族が森に住んだらどんなお家に住むの?』『椎茸で何を料理してみる?』『途中で蛇にあったらどうする?』と聞きながら一緒に絵を描いてみようかな、と本を通じて親子のコミュニケーションが広がりそうな一冊でした。